第21話 えまち
40階にある転移門を通って地上に到着。
夕方過ぎだからか、人が多いな。
「二人とも、今日はお疲れ。明日以降は主に動きの訓練をやるからそのつもりでいてくれ」
「はーい」
「今日は助かった。ありがとう颯――ッ」
エマが息を呑む。
視線は俺の後ろ――ハンター協会の入り口に向いている。
何か事件か?
振り返るが、騒々しいだけで何も起っていない。
「どうしたんだエマ」
「……わ、私のシツジが入り口に」
羊?
ああ、執事か。
――って、ええっ!?
エマん家に執事!
あーいや、前の跳ねっ返り娘じゃなくて、今は財閥令嬢だったな。
わかっちゃいるけど、エマの口から執事って言葉を聞くとビックリだ。
「……まずいのか?」
「すごく、まずいのだ」
親に秘密でこっそりダンジョンに来たけど、全部筒抜けだったと。
こりゃ家庭内で一波乱あるな。
まあ頑張れよって送り出したいけど、クランに勧誘したばかりだ。
ここで「やっぱりクラン加入辞めます」ってなったら、せっかくのパワーレベリングの努力もパァだし、萌木も連鎖して辞めかねん。
「よし、いくぞエマ」
「えっ」
「俺が説明する」
たぶん執事だろう、ビシッとスーツを着込んだ初老の男性に近づく。
隙がない。こいつできるな。
引退したハンターかな。
「お嬢様。わたしの言いたいことはおわかりですか?」
「……」
「ご主人様は大層お怒りでございます」
「……私はハンターになるために学校に入ったのだ。それなのに何故、ダンジョンに入るだけでもお父様の許可を得なきゃ行けないのだッ!」
「話してるところ悪いが――」
エマから怒気を感じたところで割って入る。
位階が上がったばっかりだからな。
下手にカッとなると力加減を間違いかねん。
「あなたは?」
「エマの同級生の白河だ。新しく立ち上げたクランの代表を務めてる」
「ほお、それはそれは。その年齢でクラン代表ですか。将来が楽しみですね。……で?」
部外者が口出しすんなオオン? みたいな圧がぶつかる。
おうおう、態度は紳士だが視線は喧嘩っぱやいな。
「エマは俺のクランに加入予定だ。さらに今日、ダンジョンにエマたちを連れてきたのも俺だ」
責任者は俺だぞジジィ。
満面の笑みで喧嘩を売る。
「ほっほっほ(クソガキがしゃしゃり出んな)」
「くっくっく(クソジジイははよ引退しろ)」
バチバチ。
周囲で空気が悲鳴を上げる。
「はわわ!」
圧に耐えきれない萌木が泣きそうな声を漏らす。
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着くのだ。斉藤、あなたは私を迎えにきたのだな?」
「はい、お嬢様。家に戻りましたら、旦那様と話し合いにございます」
「そうか。では颯、今日のところはこれで――」
「俺はエマに付いていく」
「えっ、それは――」
「朝比奈さんはどうする?」
「行きます!」
「ってわけで、行こうか」
「ちょ、ちょっと待つのだ。これは私の家の問題で――」
「エマ、こういう時は責任者が真っ先に責任を取るもんだろ?」
「それは、そうだが……」
「じゃあ、全部俺に任せとけ」
「……わ、わかったのだ」
エマの唇が震えた。
これは悲しみや恐れじゃない、怒りだな。
小学校の頃と、怒る時の癖が変わってないからわかる。
うん、エマはめちゃくちゃ怒ってる。
怒っているのはせっかく自分が築き上げた場を乱そうとするオヤジに対してか。あるいは、そんなオヤジに何も出来ない自分の無力さか。
エマの怒気を感じたからか、執事斉藤が黙って俺たちを車に乗せた。
「……(うちの車を汚すんじゃねぇぞクソガキ)」
「……(さっさと車を出せクソジジィ)」
ニコニコ。
罵倒って笑顔でも通じるのな。
このじいさん、ちょっと好きかも。
「はえー」
「朝比奈さん、口、閉じた方がいいよ」
「はわっ! し、失礼しました」
わかるよ、その気持ち。
俺だって同じ思いだ。
「お前ん家すげぇデカいんだな……」
俺が知ってるエマの家って、サラリーマンが無理して都内に一戸建てを買いました! みたいな、狭い三階建てだったはずなんだが……。
いま目の前にあるのは、文字通り豪邸だ。
超高級旅館かな?
星のやって看板があっても驚かないわ。
庭だけじゃなくて、建物も無駄に広い。
エントランスを掃除するだけで半日かかりそうだ。
こういう建物って、使い勝手は考慮しないんだろうか?
エントランスから入って、一番近くの部屋に通される。
普通に応接間だ――と思う。
普通の家のリビングより広いから、自信がねぇ。
上座に飾ってる壺とか、いくらするんだろう?
「待たせた」
渋い声と共に、扉からナイスミドルが登場。
おそらくおじさんだろうけど、年齢の離れた兄みたいだ
辛うじて年齢がわかるのは、白髪くらいだ。
それ以外、背筋はしゃんと伸びてるし、顔に皺はないし、なにより腹も出ていない!
中学校時代にエマの父親を見たことあるけど、メタボ体型だったよな……。
それにしても、威圧感がヤバイな。
部下に組長って呼ばれてても驚かないわ。
「ただいま戻りました、お父様」
「ダンジョンに行ったって聞いて心臓が止まるかと思ったよ、エマチー!」
「ほえっ!?」
「え、えまちー?」
「……はぁ」
喫驚する萌木。
頭が真っ白になる俺。
ため息を付くエマ。
キリキリとした緊張感が、音を立てて崩れ去った。




