48 推しと恋をする世界線で(3)
「五月のライブはさ、masQuerAdesとしての、三本目のライブだったんだ」
「え? 三本目?」
「うん、そう」
確かに優樹の言うとおり、私がタイムリープした直後、masQuarAdesはバンドを結成したばかりの頃だった。
けれどまさか、結成三本目のライブだったなんて。
「実はさ……俺も琢磨も、masQuarAdesのこと、親以外には全く伝えてないんだ。愛梨が最初に俺たちのライブに来てくれた時――あの時にいた観客は、ほとんどが陽菜先輩や竜斗の関係者か、対バンの人たちを観に来てた客だった」
「え? そうなの?」
「うん。結成したばっかで、お客も少なかったから、よく覚えてる。だから、愛梨が来てくれてるのに気づいた時は、すげえびっくりした」
私は、あの日のライブで公爵と目が合ったことを思い出した。
あの時、公爵は……優樹は、私を見つけてくれたんだ。
「対バンに知り合いがいるのかなって思ったけど、愛梨は俺たちのバンドだけ観て帰っちゃったし。どうして愛梨がライブに来てくれたのか、ずっと不思議だった」
「そっか……そうだったんだね」
「ああ。それで、ライブの次の日……愛梨がmasQuarAdesのことをどうやって知ったのか気になって、家に行ったんだよ」
優樹は懐かしそうに目を細め、「結局masQuerAdesのことは言い出せなかったけどな」と苦笑をこぼした。
「それで、優樹は家に……。そっか」
「そ。だから、タイムリープしたんだって言われて、俺、すとんと納得したんだよな。不思議な話だけどさ」
「――masQuerAdesが、この時間軸で、私と優樹を繋いでくれたんだね」
優樹はやさしく笑って、頷いた。
そうして、静かな夜に染み込むような澄んだ声で、ぽつりと呟く。
「……俺、実は、愛梨に再会するあの日まで、諦めてたんだ」
「え?」
「だって、愛梨は修二のことが好きだったろ? だから……本当は、スマホ水没したんじゃなくて、連絡先、自分で全部消したんだよ。愛梨のことをすっぱり諦めるためにさ」
「え……」
優樹はやはり、私が修二に想いを寄せていたことに気がついていた。当時の私に告白する勇気がなくて、修二を諦めたように、優樹も私を忘れようと努力したんだ。
そしてそのせいで、タイムリープ前は、優樹と疎遠になっていたということ――。
「けど、あの日、愛梨は俺たちのライブを一人で観に来た。俺のことを、ずっと目で追ってくれてた。幸せそうに、曲を聴いてくれた」
その時のことを思い出したのか、優樹は嬉しそうに笑った。彼はブランコから降りると、私の背中の方へ回って、座ったままの私を後ろからぎゅっと抱きしめる。
「あの時は、本当嬉しかったんだ。愛梨とまた、繋がりを持てるかもしれない、って。忘れようと思ってたはずだったのに、愛梨の顔を見たら、俺にはやっぱり、愛梨を諦めるなんてできなかった」
「優樹……」
後ろから私を抱く優樹の腕に、私はそっと触れる。
優樹は嬉しそうに吐息をこぼして、抱きしめる力を少しだけ強くした。
「それで、意を決して家に行って、さ。masQuarAdesのこともそうだけど……修二とはどうなったのか、他に好きな奴ができてないか、探ろうとした。だから、あんな世間話みたいな変な聞き方になっちゃって……あの時は、無神経なこと言って、辛いこと思い出させたりして、ごめん」
「ううん。優樹は悪くないよ」
私は、首を横に振った。
「話してみて脈がなさそうだったら、やっぱりなかったことにして、演者とお客としての関係をそのまま続けようと思った。でもさ、愛梨は修二のこと、もう好きじゃない……どころか、何か嫌な思いをしたみたいだってこと、すぐ分かったから」
「それで、私ともう一度、連絡先を交換してくれたんだね」
「そゆこと。……はは、俺、かっこ悪いよな」
「ううん。優樹は、かっこ悪くなんかないよ」
私は優樹の腕を優しくほどいて、ブランコから立ち上がる。そうして、ブランコの横に立つと、まっすぐ彼と向かい合った。
にこりと笑って、優樹の綺麗な顔を正面から見上げる。
「むしろ――最高にかっこ良くて、やさしくて、誠実で。私にはもったいないぐらいの、自慢の彼氏だよ」
そう言って、今度は私から彼の背中に手を回す。
優樹は、目を丸くし頬を赤く染めた。はにかむように笑いながら、彼も私に応えて、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。
私はその胸に顔をうずめながら、ありったけの想いを込めて、優樹に伝える。
「――私ね、優樹に感謝してるの。今の私があるのは、全部優樹のおかげなんだよ」
タイムリープしたばかりで周りとの関係に悩んでいた時に、私に手を差し伸べてくれたのは、公爵ではない。優樹なのだ。
優樹の存在は、あの日から、私の中で少しずつ大きくなって、かけがえのないものになった。
「きっかけは確かにmasQuerAdesだったのかもしれないけど、私がこうして前を向くことができたのは、間違いなく優樹のおかげなの。優樹が、隣でやさしく寄り添ってくれたから、私は前に進めたの」
「愛梨……」
「優樹。私に生きる力をくれたのは、あなたなんだよ。ありがとう――大好き」
「――っ」
端正な顔を喜色に染め、その口元を夜空に浮かぶ月と同じ形に変えて。
大切な人は、私の名を呼び、幸せの詰まった言の葉を囁く。
優樹は少しかがんで、私は少し背伸びして。
互いの唇が、ゆっくりと重なり合った。
本当に想い合う人との、大切なキス。
初めての味は、砂糖菓子みたいにふわふわとして、この上なく甘かった。
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