43 未来(2)
私と優樹は、カラオケ店に入ることにした。キーボードとして、masQuerAdesに加入しないかと誘われた件について、相談するためだ。
飲み物と軽食を注文してテレビの音量を下げると、L字型のソファーにそれぞれ斜めに座る。
「それで、早速だけど……キーボードの件、考えてくれたってことだよな?」
優樹は、緊張を隠せない様子で、すぐさま私に尋ねた。私はひとつ頷いて、話し始める。
「あのね……私、タイムリープしてるって、話したことがあるでしょ?」
「ああ。覚えてるよ」
「それでね。私の知ってる未来だと、masQuarAdesは五人編成のバンドなの。それも、話したっけ?」
「いや、聞いてないな」
優樹はわずかに眉をひそめたものの、すぐに、はっとしたような表情に変わった。
「……もしかして、それって」
「うん。キーボード担当で、バンドの紅一点。メンバーカラーは白……ステージネーム、『伯爵』だよ」
「伯爵が……、元の未来で?」
「そう。そして、その時間には私はmasQuarAdesのファンではあったけど、優樹とも、他の皆とも関わりを持っていなかったの。つまり……」
「――伯爵は、愛梨とは別人?」
声を低くして尋ねる優樹に、私が頷いたところで、部屋がノックされた。注文していた飲み物と軽食が届いたようだ。
テーブルに品物が並べられ、店員さんが部屋から出て行っても、優樹は難しい顔をしたまま黙っている。
「……なあ、愛梨。一つ、聞いてもいいかな」
「うん。なあに?」
「元の未来の伯爵のことは、一旦置いといて、さ。愛梨自身は、今回の話、どう思ってるんだ?」
「私自身……?」
予想外の質問に、私は大きくまばたきをする。優樹は、辛抱強く、もう一度私に尋ねた。
「ああ。未来が変わるかもしれないってことは、今は抜きにして……愛梨は、俺たちのバンドに加入すること、本心ではどう思ってる?」
「……私……、私ね、正直言って、すごく興味ある」
「うん。続けて」
「――あのね、優樹と、masQuerAdesの皆さんと一緒に演奏した時……本当に、楽しくて。なんだか、すごく満たされた気持ちになったの」
思い出すだけで、胸がほかほかしてくる。
自分の心が、魂が。もっと、もっと、と叫んでいる。
演奏していた間は、翼を得たように自由で、楽しくて、嬉しくて。メンバーになったら、もっと深いところまで、遠いところまで、満たされるのだろうか。
「もっと……たくさん、演奏したいな。音の空を飛び回りたい。白い雲を突き抜けて、虹色に染めてみたい。――もっとたくさんの音に、絆に、自由に、触れていたいの」
私は胸に手を当てて、素直に、心の赴くままに、優樹に告げる。彼は、真剣な表情で、けれどやさしいまなざしで私を見つめて、大きく頷いた。
「そっか。ならさ……いいんじゃないか? 俺たちは全員、愛梨を歓迎するぞ?」
「ううん。そんな単純な問題じゃないんだよ」
「――未来が変わるのが、そんなに怖い?」
優樹は、わずかに声色を低くして、私に問いかけた。私は、少し戸惑いながらも、頷く。
「あのさ、愛梨。はっきり言うけどさ、もうこの時点で、愛梨の見てきた時間軸とは、かなり違ってるはずだろ? 正直言って、今更じゃないのか?」
「……でも、大きく変わったのは、私の周りのことだけだよ。masQuerAdesが快進撃を続けてるのは――」
「忘れたの? 俺は愛梨の彼氏で、そのmasQuerAdesのメンバーだよ?」
優樹は、私の言葉を遮って、少し怒ったように告げる。普段穏やかな彼が怒りをあらわにするのが珍しくて、私は驚き、びくりと肩を揺らした。
「俺、言ったよな? 俺は愛梨のことを想いながら、何曲も歌を書いてる。だから、愛梨と俺との関係性と、masQuerAdesの曲には、深い繋がりがあるんだよ」
「あ……」
私は、優樹の言葉に、目が覚める思いがした。
――そうだった。私は、もう、優樹を自分の人生に巻き込んでしまったのだ。
それはつまり、大好きなmasQuerAdesが、私の未来に、過去に、現在に、もうすでに密接に関わっているということに他ならない。
「……優樹……、ごめん」
「分かってくれればいい。俺も、怒ったりして、ごめん」
罪悪感と後悔に襲われ、私は下を向く。
私は、もうすでに、優樹の人生を。masQuerAdesを、変えてしまっていたんだ――。
「……私、何てことを。本当に、ごめ――」
「――なあ、愛梨」
しかし、私の謝罪を途中で遮った優樹の声色は、この上なくやさしいものに変わった。
「そこは、謝らないでくれよ。今の俺たちがあるのは、俺たち自身が望んだから――だろ?」
「優樹……、うん」
タイムリープ前も後も、私が愛し続けてきたその澄んだ声は、否応なしに私の心を揺らして、ふわりと抱擁する。
私は、彼の目を見つめながら、しっかりと頷いた。
「俺の人生は、俺が決める。誰と恋をして、誰と曲を作って、誰とステージに立つのか――全部、俺自身が決めるもんだ。定められた未来とか、約束された成功になんて、俺は興味ないよ」
うつむく私の頬に、あたたかなものが触れる。
やさしくて、しなやかで、大きな手だ。
ギターを鳴らす、繊細な最推しの指先。
いつでも私を包み込んでくれる、大好きな恋人の手のひら――。
決然とした言葉と、深いやさしさに促されて、私は顔を上げる。
「俺は、愛梨がいい。恋をするのも、一緒にステージに立つのも」
はっきりとそう言った優樹の茶色い瞳には、私だけが映っていた。




