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推しと恋をする世界線 〜大好きな歌声に導かれてタイムリープした私が、疎遠になっていた親友からの溺愛に気づくまで  作者: 矢口愛留


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42/50

42 未来(1)



「ふぁぁ……眠い……」


 スマホのアラーム音に起こされた私は、大きなあくびをして、重い瞼をこする。

 昨日の夜は、悩みすぎてあまり眠れなかった。

 なんだか不思議な夢を見たような気がするが、ほとんど思い出せない。夢の内容を辿ろうとすると、手から砂がこぼれ落ちるように消えていってしまった。


「たった一日なのに、なんだか色々あったなぁ」


 優樹に告白され、さらに彼が私の最推し、公爵(デューク)だったことが判明。

 その上、masQuarAdesマスカレードのメンバーと引き合わせてもらい、演奏に参加。それだけに留まらず、伯爵(アール)としてバンドに加入しないかと打診を受ける――、まさに怒濤の一日だった。


「なんだか……夢よりも現実の方が、夢みたいだよね。でも……」


 私は、チェストの上に飾られている、三輪の薔薇を眺める。

 細い花瓶に活けてある深紅の薔薇は、今もつやつやと美しく咲き、甘い香りを放っていた。


「……ふふ。現実、なんだよね」


 優樹の告白を思い出して、私は笑みをこぼす。

 三本の赤い薔薇、その花言葉は――、


「あなたを愛しています、か。優樹って、けっこうロマンチストだよね」


 曲を作り歌詞を書いているからだろう。彼は、普段は飾らないタイプなのに、時折、ロマンチックな愛情表現をすることがある。

 私が倒れて、芹沢家に運び込まれた時も、そうだ。手の甲にキスをしようとするなんて、それこそ中世風ラブロマンスの漫画でしか見たことがない。

 それに、昨日の、髪に口づけをする仕草も。やはり、masQuarAdesマスカレードの、仮面をつけた貴族という設定が染みついて、そうさせるのかもしれない。


 けれど……嫌いではなかった。

 むしろ、こんな何の取り柄もないような私が、まるでお姫様になったみたいで、すごく嬉しい。


「優樹」


 その名前を呟くだけで、私の心は、ぽわぽわとあたたかくなる。幸せが言の葉からじわりとしみ出してきて、心の奥にやさしく火を灯してくれるみたいだ。


「……会いたいな。キーボードのこと、伯爵(アール)のことも、優樹に相談してみようかな」


 彼は、私がタイムリープしたことを知っている。

 だから、きっと私がバンドに加入できない事情があるということも、理解してくれるだろう。


 ――masQuarAdesマスカレードの皆さんとは、もっと、一緒に演奏をしてみたかったけれど。

 それは、私のわがままだ。彼らがこれから掴む栄光に、私は必要ない存在なのだから。


 私は大きくかぶりを振ると、学校に出かける支度を始めたのだった。



 翌日の夜、早くも優樹と会えることになった。

 優樹に『会いたい』とRINEを送ったら、すぐに『俺も』と返信してくれた。けれどその日は予定が合わず、短い時間にはなるものの、翌日なら会えそうということだった。

 そうして、私たちは、お互いの学校の後、待ち合わせをすることになったのである。


「優樹、急だったのに、ありがとう」

「いや、俺も愛梨に会いたかったから。嬉しい」


 外はもうすっかり暗くなっていて、コートに加えてマフラーや手袋もないと、凍えてしまいそうだ。

 けれど、いつもよりも甘く蕩けるように笑っている優樹の顔を見たら、なんだかドキドキして、少しだけあたたかくなった。


「じゃあひとまず、店がたくさんある方に向かうか」

「待って」


 優樹は、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで、歩き出そうとしていた。

 私はそれを止めて、手袋を外す。そして、右手を優樹の前に差し出した。


「はい」

「……?」

「手……つなご?」


 理解していない様子の優樹に、素直にそう伝えると、彼は街灯の明かりでも分かるぐらい、真っ赤になった。


「……ん」


 優樹は照れたように笑い、自分の左手で、私の右手をとる。

 繋いだ手はなんだかぎこちなく強張っていて、けれど大きくてあたたかかった。


「ふふ。嬉しい」

「ん、俺も」


 外気に晒されることになった手は、やはり寒い。けれど、優樹に触れているところから、幸せのかたまりが流れ込んでくる。


「嬉しいけど、やっぱ寒いな。ちょっといい?」


 優樹はそう言って、ダウンジャケットのポケットに、繋いだままの手を突っ込んだ。


「こうすると、あったかい」

「うん。あったかいね」


 私たちは寄り添いあって、歩く。

 クリスマスが近いから、街はキラキラとしたイルミネーションで溢れている。私たちのようにくっついて歩くカップルの姿も、珍しくない。


「で、どこ行こうか。俺はいいけど、あんまり遅くなると、愛梨のお母さん心配するだろ?」

「ううん、今日の夜は出かけてくるって言ってあるから、大丈夫。優樹と一緒って伝えたら、『なら安心ね』って言ってたよ」

「そっか」


 優樹はやさしく目を細めて、嬉しそうに笑う。


「俺、愛梨のお母さんに信頼されてんの?」

「うん。優樹は高校の時から、いつも礼儀正しくしてくれてたでしょ? だから、けっこう気に入られてると思うよ」

「はは。なら、ますます遅くなるわけにはいかないな。夕飯は?」

「それは平気。食べてくるかもって言ってあるから」

「じゃあ、ファミレス入ろっか」

「……ううん、その……個室のあるお店がいい」

「えっ?」


 優樹は私の言葉に固まって、ぼふんと顔を真っ赤に染めた。彼は、なぜか急に慌て始める。


「そそ、それは」

「ダメかな? 例のキーボードの件で、相談があるの」

「あ……うん、そっか。そういうことか。なら、そうだな……カラオケとかでいいか?」

「うん、そうだね」


 カラオケなら他の人に話を聞かれることもないし、食事メニューもある。込み入った話をするなら、最適だろう。

 特に、masQuerAdesマスカレードのメンバーに関する話は極秘なのだから。


 私たちは、カラオケ店の建物を目指して、並木道を歩いた。立ち並ぶ全ての街路樹がLEDで彩られていて、きらめく星のように、頭上を明るく美しく照らしている。

 いつもより近くにある優樹の横顔も、白い輝きを背負って眩しいぐらいだった。


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