4 タイムリープ(4)
テーマパークに行った時の写真を眺めているうちに、私はあることに気が付いてしまった。
私はくまのキャラクター、優樹はうさぎのキャラクターという、全然関係のない、各々好きなグッズを身につけている。
一方で修二と朋子は、帽子も、鞄につけているキーホルダーも、全部ねこのカップルのキャラクター。二人で、それぞれ対になるグッズをつけている。
もしかしたら、この写真たちを撮った頃にはもう、修二と朋子は付き合っていたのかもしれない。修二の方は飄々としているから不明だが、少なくとも朋子が修二に向ける視線には、すでにあからさまな熱がこもっていた。
――写真の中だというにも関わらず、朋子はこんなにも分かりやすく気持ちを露わにしている。なのに、どうして当時の私は気が付かなかったんだろう。
「R和元年の五月ってことは、三年半前……高校を卒業してすぐ、か」
私は短大、修二は四年制大学、優樹は専門学校に進学。朋子はそのまま就職した。
道が別々になって、私たち四人はそのまま疎遠になっていたのだが、成人式の同窓会で修二と再会して……私は修二と付き合うようになったのだ。
この時間軸では、まだ修二と私は付き合っていない。
一方で、修二と朋子は、もう付き合っているのかもしれないのだ。少なくとも、朋子は修二に連絡を取り続けているに違いない。
「なんだか、馬鹿みたい」
修二にひたすら尽くしてきた日々。
結婚だなんて、私に言ったわけでもない薄っぺらな言葉を信じて、喜んでいた自分。
一方、海浜公園で見た、幸せそうな二人の姿。
朋子が私に向けた、あの勝ち誇った笑顔。
朋子の、左手薬指の輝き――。
すべてが、私の心にぐさりと深く刺さっている。
今思えば、付き合い始めた当初から、修二は何かと言葉を濁したり、曖昧な態度を取っていた気がする。
バイトをして貯めていたお金も、就職してからもらったお給料も、たくさん貸した。けれど、一度たりとも返ってきたことはなかった。
それでも、付き合っている――と思っている――男性から、『結婚したい』という言葉が出たら、誰だって自分のことだと信じて疑わないものではないだろうか。私も、まんまと彼を信じてしまった。
――私が、浅はかだった。きっと、浮かれていたのだ。
「今度は……バイト代、推しのためにでも使おうかな」
そう、私には推しがいる。
大好きなバンド『masQuerAdes』のギターヴォーカル、『公爵』だ。
masQuarAdesはギターヴォーカルの『公爵』、ギターの『士爵』、ベースの『男爵』、ドラムの『侯爵』、キーボードの『伯爵』の五人で構成されるロックバンドである。
メンバー全員が仮面で顔の上半分を隠していて、その素性は不明。
紅一点の『伯爵』がドレスを着ている他は、煌びやかな貴族男性のような衣装を身に纏っている。
私は、masQuerAdesを箱推ししてはいるのだが、その中でも『公爵』だけは私にとって別格。最推しだ。
伸びやかで透き通った歌声。美しいハイトーンボイス。繊細なメロディ。
ギターをかき鳴らすその指はしなやかで、踊るようにネックを滑っていく。
「三年半前ってことは、まだ結成したばかりだわ。デビュー前、ブレイクする前のmasQuarAdesを、生で観れるかも」
推しのことを考えていたら、少しずつ元気が出てきた。
よくよく考えれば、この時間軸では、私はまだ何も失っていないのだ。
修二にも騙されていないし、朋子という親友も失っていない。
バイトも確か、春休みから始めたばかりだ。通帳アプリを開いてみると、初めて貰ったバイト代が、ちゃんとまるまる残っていた。
そうと決まったら、早速。
スマホで『masQuarAdes』と検索をかけると、すぐにヒットする。
予想通り、まだデビュー前だった。今の段階では、キーボードの伯爵は加入していなくて、四人編成だ。今週末、近くにある小さなライブハウスへの出演が予定されている。
「早速チケット取らなくちゃ。よーし、今度は修二みたいな男になんて引っかからないぞ。バイト代もお給料も、私が好きなように使うんだから!」
ふと、部屋のすみに目をやる。
そこに置かれた電子ピアノには、うっすらと埃が積もっていた。
受験のためにやめてしまったピアノの上――タイムリープ前はmasQuarAdesのグッズが所狭しと並んでいたが、今は音楽誌とファッション誌が雑に放り投げてあるだけだ。
そうだ。
まだmasQuerAdesのCDがないのなら、自分で彼らの曲を演奏して、浸ってみるのもいいかもしれない。
音楽の海に沈んでいると、失恋の痛みも、親友を失った痛みも、全部忘れられる。
タイムリープの謎は、私ごときが考えたところで、分かるはずもない。
けれど。
私は、全てを失う前に戻ってきた。
――そうとなったら、今度こそ、幸せな人生を謳歌してやるんだから。
私は強く心に決めて立ち上がり、ピアノの埃を払って、その蓋を開いたのだった。
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