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推しと恋をする世界線 〜大好きな歌声に導かれてタイムリープした私が、疎遠になっていた親友からの溺愛に気づくまで  作者: 矢口愛留


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35 マスカレード(2)



 閉まる二重扉を横目で見て、優樹は頭を掻き、ため息をつく。


「愛梨、ごめんな。気づいたかもしれないけど、あいつら、masQuarAdesマスカレードのメンバーだよ。琢磨がドラムの侯爵(マーカス)、陽菜先輩がベースの男爵(バロン)

「えっ、男爵(バロン)は女性だったの!?」


 優樹は頷いた。

 masQuarAdesマスカレードの現在のメンバーは四人。全員が貴族男性の衣装を着ていて、今後加入するはずの伯爵(アール)以外は男性だと、ファンの中でも認識されていた。


「で、キーボード持ってきたあいつが、沖田竜斗(おきたりゅうと)。ギターの士爵(ナイト)だよ。このスタジオの経営者と知り合いってのも、あいつ」

「そうなんだ……わぁ、masQuarAdesマスカレードのメンバー……!」


 急に色んなことが起こりすぎて混乱していたが、ここはmasQuarAdesマスカレードの専用スタジオだ。落ち着いて考えると、彼らがメンバーだというのも簡単に想像がついた。

 こうして優樹に改めて紹介してもらって、私は急にテンションが上がる。優樹は私の表情を見て、やさしく微笑んだ。


「それで、今、実は、キーボードを加入させようかって話が出ててさ。愛梨はそのために呼ばれたんだって思われたみたいだな」

「キーボード!? わぁ、そうなんだね! キーボード……!」


 優樹の言葉に、私のテンションはさらに上がった。

 キーボード……それはすなわち、これから加入する、伯爵(アール)のことだろう。彼女が正式メンバーとして加入するのは来年のハロウィンの日だが、その前も、サポートメンバーとしてバンドに参加していたはずだ。

 masQuarAdesマスカレード伯爵(アール)の出会う日が、もうすぐということだろう。


「で……愛梨。実は、頼みがあって……」

「ん? なあに?」


 私は、ふわふわとした気持ちで、優樹に微笑みかけた。

 優樹は、楽しい気分全開の私とは逆に、申し訳なさそうに縮こまって、上目遣いで尋ねる。


「……あのさ、スタジオに入って、ちょちょいっとキーボード弾いてみてくれないかな……?」

「………………え?」


 今、なんか、おかしな言葉が優樹の口から発せられた気がする。

 私の顔は、笑顔のままぴしりと固まった。


「……スタジオって、ここの?」

「うん」

「……masQuarAdesマスカレードの皆さんと一緒に?」

「うん」

「……私、が? キーボードを?」

「うん」


 推しのスタジオで。

 推しの曲を。

 推しの前で。

 推しの演奏に合わせて。

 演 奏 し ろ と ?


「ほら、あいつらやる気満々で、引っ込みつかないし」

「………………」

「愛梨、前に俺たちの曲、譜面に起こしてアレンジも入れてたじゃん」

「………………」


 私が固まっているのを見て、優樹がだんだん困り顔になっていく。


「……ダメ?」

「………ひえええぇぇぇえっ!?」


 こてんと首を倒して可愛くお願いをする優樹。

 私は、頭を抱えて変な声が出たのだった。



「よよよ、よろしく、お願いもうしたてまつるるる」

「愛梨、緊張しすぎだろ」

「そそそそりゃあそうでござるよ無理言わないでくださらんか」

「ぷっ、何で武士みたいな言葉遣いになってんの」


 結局、優樹に押し切られるようにしてスタジオに入ることになってしまった。「せっかくだし、俺は愛梨と一緒に演奏してみたい」「失敗しても大丈夫。いきなり正式加入とかにはならないし」と説得されたのだ。


 私としても、こんな機会はめったに……というか、もう二度とないだろうし、やってみようと決意した。

 決意した、のだが……推しに囲まれて、当然、私はガチガチに緊張していた。


「愛梨さん、大丈夫よ。取って食いやしないから」

「そうさ。そんなに緊張していたら、ミスタッチしてしまうよ、ベイビー」

「せっかくだから楽しもうよ、松原さん」


 それぞれベースとギターを担いだ陽菜さん、竜斗くん、そしてドラムセットに座った琢磨くんが、私を励ましてくれる。優樹もギターのセッティングを済ませ、マイクの位置を調整しながら、私に微笑みかけた。


「大丈夫だよ、愛梨。何曲かやってみよう、そのうち緊張もほぐれるだろ」

「何曲か、って、大丈夫なの? キーボーディスト探そうって私が言ってから、まだ二、三日しか経ってないわよ。そんなに何曲も、練習時間が取れてるとは思えないけど」

「ああ。愛梨なら、どの曲が来ても平気だろ?」

「うん、一応、一通りは……」


 私がぼそりと返答すると、陽菜さんは「へぇ」と感心したように、わずかに目をみはった。


「じゃあ――この曲でも、ついてこれる?」


 そう言うと、陽菜さんは挑戦的に口角を上げ、指でベースの弦をはじき始めた。


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