33 告白(4)
「――愛梨のことが好きです。俺と付き合って下さい」
飾らない、ストレートな言葉だった。
優樹は私のことを見上げて、薔薇の花束を、目の前へ差し出している。
――公爵ではなく、優樹自身の言葉。
素直で、誠実で、飾らない――私ひとりに向けた、ありのままの、優樹の言葉だ。
「……なんだか、夢みたい」
私は、花束を持っている優樹の手を、自らの両手で包み込む。
触れ合ったところが、ぴくりと揺れて。
彼は、私の言葉を促すように、ゆっくりと瞬きをした。
「推しの正体が、優樹だったなんて」
ミステリアスで、クールで、スマートな公爵に、ずっと憧れていた。
けれど。
「推しは、手が届かないからこそ、推しだったの。憧れの存在で、良い夢を見させてくれて、灰色の日々をカラフルに彩ってくれる人」
「……っ」
優樹は私の言葉に、目を伏せた。その手から、力が抜ける。
「……そっか。ごめん」
「待って、違うの」
私は、掴んだままだった優樹の手を、きゅっと包みなおす。
優樹は、諦めの混ざった色を瞳に浮かべ、いまだ下を向いている。
――自分が公爵だと明かしたことを、後悔しているのだろう。私を幻滅させてしまったと、そう思っているのだろう。
「……言い方が悪かったよね。でも、そうじゃない。優樹の思ったこととは、違うよ。私が言いたかったのは――」
私は、優樹の手から、花束を受け取る。
甘く香る花束を左腕で抱くと、離れていこうとする優樹の右手の指先を追いかけて、掴む。
優樹はうつむいたまま、私の表情を窺うように、視線だけをこちらに向けた。
「憧れてた推しの正体が、私の好きな人だったなんて。――私は、世界一の幸せ者だってこと」
跪きこうべを垂れる王子様の手を裏返し、その甲に、私はそっと顔を近づける。
――以前、優樹がそうしようとしてくれた時のように。
「優樹」
優樹の手の甲に私の額が触れると、優樹は、はっと目を見開いて顔を上げた。
唇で触れる勇気は、まだなかったけれど、想いは充分伝わっただろう。私は、繋いだ手を額から離し、優樹を見つめる。
「これからは……公爵じゃなく、優樹と一緒に夢を見て、優樹と一緒に日々を彩っていけるんだよね」
優樹は理解していないのかもしれないけれど、私にとって、推しと恋愛は別物だ。
だから、公爵への憧れに引っ張られて、優樹を好きになったわけではない。この場の雰囲気に流されて、返事をするのではない。
――それだけは、優樹に、知っておいてもらいたかった。
私は、手の届かない偶像の公爵ではなく、目の前にいる優樹が。
素直で、やさしくて、飾らない優樹のことが。
今ここで、私が手を触れている、優樹のことが――、
「大好き」
私がそう囁くと、優樹の瞳に、みるみるうちに輝きが戻ってくる。
「私も、優樹のことが、好き。だから――」
私の手を、優樹がそっと握り返す。
輝きを取り戻した目が嬉しそうに細まり、頬には朱がさしていく。
「――お付き合い、よろしくお願いします」
「……愛梨……!」
優樹はその場で立ち上がると、そのまま私を、上からふわりと抱きしめた。
私が苦しくないように、花束を潰さないように、やさしく。薔薇も恥じ入りそうなほどに、甘く。
「ああ、良かった……断られるかと思った」
耳元で囁く声は、安堵にゆるんでいる。
私は、空いている方の手を、優樹の背中に回す。
「ん……」
優樹は嬉しそうに、小さな笑みをこぼし、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「……ずっと、こうしたかった。嬉しい……幸せ」
「優樹……」
「愛梨……好き。好きだよ」
愛しいひとは、私を抱きしめながら、小刻みに震えていた。
*
こうして私は、優樹とお付き合いすることになった。
優樹に告白されたあと、私たちは一度スタジオの外に出た。
二重扉のすぐ外側、オートロックの扉内には、簡易的な休憩所が用意されている。広めのテーブルと複数の椅子があって、メンバーや外部の人たちと会議をすることができる仕様だ。
優樹は私に椅子を勧めると、「外の自販機で飲み物買ってくる」と言って、出ていった。
私は優樹から貰った、薔薇の花束を眺める。
細くラッピングされた小さな花束からは、すごく良い香りがする。
私がその香りを堪能していると、出入り口の扉が開錠された音がした。飲み物を買って戻ってくるには早すぎる気がするけれど、財布でも忘れたのだろうか。
「おや、もう誰かいるのかい? グッドアフタヌーン……って、あれ? 君は誰だい?」
鍵を開けて中に入ってきたのは、やたらとキザっぽい話し方をする、男性だった。
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