32 告白(3)
たった一人、私だけに向けて開かれたライブが終わり、静かになった部屋で。
マイクを通して、優樹は、歌うように、たっぷりと息を混ぜて、言葉を紡ぎはじめた。
「……レディースアンドジェントルマン。仮面舞踏会へようこそ――」
「「今宵だけは身分など忘れて、踊りなさい」」
私と優樹の声が、ぴったり重なる。
先ほどの熱量の余韻を残したその瞳は、不安と緊張に揺れながらも、真っ直ぐに私を見つめていた。
「優樹が、公爵、なの……?」
「――うん」
「知らなかった」
「そうだよな」
優樹の瞳が、公爵の仮面の下の瞳と重なる。
やさしい目元だ。色素の薄い、焦茶色の瞳。
今は、自信に満ちたライブ中の公爵とは異なり、ただ不安そうに揺れている。
「……知ってると思うけど、私、masQuerAdesの大ファンなの。それでね、公爵は、最推しで……ライブ、いつも見に行ってた」
「最初から……五月のライブの時から、気付いてたよ。演奏中、ずっと、俺のこと見ててくれてた」
「もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「言えるかよ」
自分で言っておいてなんだが、それはそうだな、と思う。私が逆の立場でも、言えないだろう。
正体を隠してやっているバンドを、友人がそれと知らずに毎回見にきて、熱い視線を送っているのだ。
夢を壊したくないとか、バレたくないとか、色々な思いがあって言い出せないに違いない。
「……まあ、気付いてもらえたらいいなと思ってはいたよ。それで、イベントで特別なメッセージ渡したりもしたけど……愛梨は全然気付きそうな様子もなかったしな」
その言葉に、私は、ハロウィンに開催された『星月夜の仮面舞踏会』のことを思い出す。
あの時、他のファンの子たちはピンクの薔薇のブーケがプリントされた、メッセージカードをもらっていた。
しかし、私のカードには、赤い薔薇が一本だけ描かれていたのだ。
「メッセージって、もしかして……薔薇のメッセージカード? 偶然じゃ、なかったの?」
「偶然じゃない。俺が……公爵が自分でカード手渡してただろ、あの時」
「そう、だったね」
――あの時、どこかで聞いたことのあるような、親しみのある声だと思ったのだ。
よくよく思い返せば、仮面の奥のやさしい瞳も、柔らかく微笑む口元も、優樹と合致する。
どうして、気がつかなかったんだろう。公爵も優樹も、しょっちゅう見ていたし、どちらもこんなに大好きなのに……。
「愛梨さ、薔薇の花言葉って、知ってる?」
「……ううん」
そういえば、気になっていたのに、結局調べていなかった。私は正直に、首を横に振る。
「知らないなら知らないでいいんだ。今思うと、俺、ちょっとキモいことしちゃったよなって後悔してる……公爵の仮面を着けるとさ、なんかゾーンに入るっていうか、気持ちが大きくなっちゃうんだよ」
優樹は、照れくさそうに顔をそむけて、肩から下げていたギターを下ろし、ギタースタンドに置く。
「なんなの? 赤い薔薇の花言葉」
「薔薇は、贈る本数によって花言葉が変わるんだ」
優樹はミキサー卓の方へ移動し、マイクをオフにする。マイクスタンドを端によけ、アンプの音量も下げた。
「一本の赤い薔薇を贈る場合は、『あなたしかいない』とか、『一目惚れ』とかそういう意味」
俺としては前者の意味に取ってほしかったけど、と頬を掻きながら、今度は荷物が置かれている小さなテーブルへ手を伸ばす。
「愛梨に意識を向けてほしかったのと、もし万が一、他の人に見られても偶然のサプライズってことで済むように、そうしたんだ。本当に贈りたかったのは――こっち」
そう言いながら優樹は、テーブルに置いてあった紙袋から、何かを取り出す。その瞬間、部屋にふわりと香っていた、甘い香りが強くなった。
優樹は紙袋から取り出したものを背中に隠して、再び私に真っ直ぐ向き合う。
「これが、公爵じゃなく――俺の気持ち」
そう言って、優樹は背中から、綺麗にラッピングされた、小さな真紅の花束を取り出した。
「赤い薔薇が、三本?」
優樹は、頬を染めて、頷いた。
彼の手の中で、美しい薔薇たちが、気高くこちらを向き、甘く良い香りを放っている。
「――愛梨」
私をしっかり見つめて、一旦言葉を切った優樹は、大きく深呼吸をする。気持ちを整えているようだ。
私の胸は、壊れそうなほどの早鐘を打ち始めている。この静かな空間で、互いの心音が聞こえてしまうのではないかと思うぐらい。
そして。
優樹は、椅子に座る私の前で片膝をつくと、形良い唇を、ゆっくりと開く。
「――愛梨のことが好きです。俺と付き合って下さい」




