30 告白(1)
優樹は、私を人の波から守るようにしながら、歩き出した。優樹の隣を歩きながら、私は、彼の服装を素直に褒める。
「今日の優樹、大人っぽい」
「だろ? ここぞって日にいつものパーカーじゃダメだって伊東さんに言われて。雑誌買ったりして、ちょっと頑張ってみた」
「ふふ。すごく似合ってるよ」
「マジ? 良かったぁ」
優樹は照れくさそうに頬を指先で掻き、私に甘さを含んだ視線を向けて、口元を綻ばせた。
「愛梨も、いつも可愛いけど、今日はさらに可愛い」
「えっ」
頬が熱くなる。誰かにそんなことを言われたのは、いつ以来だろう。
はっきりと口に出して言われたことなんてなかったから、なんだかすごく恥ずかしくて、どぎまぎしてしまう。
「も、もう。冗談やめてよね」
「冗談なんか言うかよ。その、なんか、ふわふわってしてフリフリってしてすごい触り心地よさそう」
今日は毛足の長いニットと、腰上から裾にかけてドレープのあるコートに、フレアスカートを合わせている。確かに、布地の遊びが多い服装だ。優樹は上手く説明できないのか、空中で手をわちゃわちゃさせながら頑張って伝えようとしてくれていた。
「ふふ、なにその語彙力。台無し!」
「悪かったな! ファッションとか、分かんねえんだよ。実はこれも雑誌に載ってたコーデ、ほぼそのまんまなんだよな……」
「あはは、なんか優樹らしくて安心するわ」
「なんでだよ」
優樹は不満げに唇を尖らせているが、その目は楽しそうに細まっている。
というか、モデルさんの着ている服をかっこ良く着こなせること自体、すごいことだと思う。
実際、優樹はすれ違う女性の視線を、間違いなく集めている。
――隣に立つ私は、見劣りしていないだろうか。
恥ずかしくなって、少しだけうつむくと、優樹が心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
普段から彼がよくしている仕草ではあるが、今日の優樹は、なんだか破壊力が爆増している。私は思いっきり赤面してしまった。
「どした?」
「な、なんでもない。それで、どこに向かってるの?」
「ん。音楽練習用のスタジオなんだけど……いいかな?」
「えっ、スタジオ!? 楽しそう、行く行く、もちろん行く!」
「はは、乗り気になってくれて良かったよ。さ、ここの信号渡るぞ」
優樹の楽しそうな提案に、私は満面の笑みを浮かべて、再び顔を上げた。優樹と目が合うと、彼は、満足そうに頷いた。
優樹と二人、腕が触れそうで触れない距離で、並んで歩く。今日の優樹からは、なんだか甘酸っぱくて、くすぐったい空気が流れてくる気がする。
隣を歩く優樹を見上げると、やはりまだ寒いのか、耳がほんのり赤くなっていた。私が時折、視線を向けていることに気づくと、優樹はそのたびにやさしく微笑む。
胸がきゅう、となって、顔だけが火照る。いつもより速い心音が、ひたすら甘く、胸を打ち続けていた。
*
そうして私たちは、音楽練習用の貸しスタジオに到着した。
「突然、こんなとこに連れてきてごめんな」
「ううん、大丈夫だよ。私も興味あったし。――すごいね、スタジオってこんな感じなんだ」
個人練習用の狭い部屋から、大人数で入ってダンスの練習をすることもできるような大きい部屋まで、様々な広さのスタジオがある。入り口の扉は全て二重になっていて、重い扉を二枚とも閉めることで、防音できる仕様だ。
ドラムやアンプ、マイクなどの機材も全て揃っている。元から設置してある機材に関しては、利用した時間分の室料を払えば、無料で使わせてもらえるらしい。
有料の貸し出し用機材も、別途用意されているそうだ。
「ここは、いつも俺たちが拠点にしてるスタジオなんだ。普通は予約をして時間制で借りるんだけど、メンバーの一人が、このスタジオの経営者と知り合いでさ。その人が俺たちのスポンサーをしてくれてて、ご厚意で、この部屋は俺たち専用にいつでも空けてくれてるんだ」
「えっ、スポンサー?」
「うん。ありがたいよな」
そう言われてから、先ほど通りがかった部屋とは異なり、二重扉の前に、オートロック付きの扉が設置されていたことを思い出した。
きちんと清掃も行き届いているし、紙袋や缶など雑多な荷物の置かれているテーブルの方からだろうか、なんだか甘い良い香りもする。
優樹が楽器を持たずに来たことが不思議だったけれど、スタジオの中に、メンバーたちのものと思われる楽器やエフェクターが保管されていて、私はようやく合点がいった。
「スポンサーがいるってことは……優樹のバンドって、実はかなり有名だったりする?」
「かなりってほどじゃないけど、最近はそこそこ人気出てきたな」
「えーっ、そうなの? どうして全然教えてくれなかったの?」
優樹がバンド活動をしていることは知っていたけれど、私が何度尋ねても、優樹は全然バンド名を教えてくれなかったのである。
知らないうちに、スポンサーがつくほど人気のバンドになっていたとは……なんだか、少し寂しい。私はぷう、と頬を膨らませた。
「言ってくれたら、全力で応援したのになぁ」
「――もう、充分応援してもらってるよ」
「……?」
照れが混ざったような優樹の返答に、私は首を傾げる。
「あのさ。今日、ここに来てもらったのは、こないだのこと、ちゃんと話をするためっていうのと……もう一つ、理由があるんだ。俺が今まで、秘密にしてたこと」
そう宣言する優樹の瞳には、隠しようもない緊張が宿っていた。




