29 臆病(6)
「優樹……私……」
「待って。答えは、後でいい。俺も、ちゃんとした所で、ちゃんと言いたいから」
そう言って、優樹はベンチから立ち上がる。照れるように、頬を指先で掻き、目を逸らした。
「俺、墓参りしてくるよ。すぐ戻るから、ここで少し待ってて」
「あ……」
優樹は一人、お寺の境内に入っていく。備え付けられた棚からお線香をひと束取り出し、小銭を別の箱に入れると、蝋燭でお線香に火をつける。
手で仰いで余分な炎を消しながら、墓地の方へと向かっていった。
「……不思議ね」
恋に臆病だった私たちが、なんの因果か、こうして再会した。
どうして私がタイムリープしたのか。
どうして前の時間軸で疎遠になっていた優樹が、この時間軸では、私と交流を持ってくれたのか。
考えたところで答えは出ない。
怖いぐらいのこの幸せを、私が掴んでもいいのだろうかと、まだほんの少しだけ、ためらってしまう。
宙を舞う黄色を視界に収めながら、私はゆっくりと瞼を閉じて、息を吸った。
消毒液の匂いが、どこからか漂ってきて、鼻の奥をつんと刺す――。
◇◆◇
「――愛梨の様子、どう?」
「……さっき、一度だけ、指が動いたような気がしたんですけど。あれから、反応ないです」
「そう……付き添ってくれてありがとうね、優樹くん」
「いえ」
ここは……また、病室だ。
優樹とお母さんに挟まれて、私は眠っている。二人とも、どんよりと沈んだ表情だ。
私の顔を見下ろしながら、優樹が口を開く。
優樹は今より少し、大人びて……疲れたような顔をしている。
「救急車を呼んだのは、朋子だったって聞きました」
「ええ、そうなの。海に落ちてすぐ、近くにいた人たちと一緒に、引き上げてくれてね」
「朋子は、見舞いに来なかったんですか?」
「……会う資格がないから、って、断られたの。それから、理由も言わずにただ泣きながら謝られて……。目を覚ましたら、また連絡を入れてみるつもりよ」
「会う資格がない……?」
優樹は、首を傾げた。
朋子が私に会いたくないと思うのは、当然だ。
けれど……憎んでいたはずの私を救ってくれたことが、私のために涙を流してくれたことが、すごく嬉しくて。そして、何より、申し訳ない気持ちになった。
◇◆◇
いつの間にか重くなっていた瞼を持ち上げると、鮮やかな黄色と、淡い空色が目に飛び込んでくる。
真っ白な部屋にいたから、鮮やかすぎて、少し眩しい。
「……あれ?」
――真っ白な部屋?
私はどうして、そんなところにいたなんて、思ったのだろう。今日は、ずっと優樹と一緒に、外で過ごしているのに。
先ほどまで見ていた夢の影響だろうか。夢と現実がごっちゃになってしまっているのかもしれない。
そういえば、前にも一度……いや、二度、だろうか。どこかで眠っている自分自身を、俯瞰している夢を見た気がする。
もう、夢の内容はほとんど忘れてしまって、雰囲気程度しか覚えていないけれど、ずっと、誰かがそばにいてくれたような――。
「ただいま……ん? きょろきょろして、どうした? なんかあった?」
「あ、ううん。なんでもない。おかえり、優樹」
私は慌てて微笑み返す。
手に持っていたお線香と、パーカーのポケットに突っ込まれていた未開封のお茶が、なくなっている。無事にお参りを済ませてきたようだ。
「早かったね。ご挨拶、できた?」
「ああ、待たせてごめんな。さ、帰ろうか。手配したタクシーもそろそろ来るはずだから……って、噂をすれば」
曲がり角の先から聞こえてくるエンジン音に、私たちはそちらを向く。ほどなくして、道の先から、優樹がアプリで呼んだタクシーが現れたのだった。
*
次に優樹と会う約束をしたのは、お墓参りから三週間ほど後。十二月に入ってからだった。
RINEで、「大切な話があるから」と言われている。先日の、あのやり取りに対する答えを、くれるのだろうか――そう思うと、昨夜は浮き足立ってしまって、なかなか眠れなかった。
「よ、愛梨」
先に待ち合わせ場所にいた優樹は、いつものパーカーとジーンズ姿ではなかった。
襟のついた黒いロングコートに、首まである白いニット、黒のスリムパンツ。シルバーのネックレスを服の上からワンポイントでつけている。
シンプルな装いだが、優樹のスタイルの良さを引き立たせていた。すごく大人っぽくて、ドキドキしてしまう。
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
「いや、まだ約束の時間前だろ。俺が早く来すぎただけだよ」
そう言っていつものように目を細める優樹だが、鼻の頭が少し赤くなっていた。
コートのポケットに入れていたカイロを優樹に手渡すと、「お、サンキュ」と素直に受け取る。やはり寒かったのだろう。
私も約束の十分前に来てしまったのだけれど、優樹はいったいいつから、ここで待っていたのだろうか。
「ありがと」
私がそう言うと、優樹ははにかむように笑う。
「さ……じゃ、行くか」
優樹は、私を人の波から守るようにしながら、歩き出した。
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