21 親友(4)
「親友だった二人を……私は、誰にも言えずに失ったんだよ」
私は、重いため息をついて、うなだれた。
優樹は、自己嫌悪でまた固く閉じていた私の手を取ると、きゅっと握る。そして、あくまでもやさしい声色で慰めてくれた。
「でもさ……愛梨は、知らなかったんだろ?」
「……うん。けど、知らなかったからって、許されることじゃないでしょ?」
「それは……どうだろうな。俺からしたら、ただ修二が悪いだけのように思うけど」
私は、力なく首を横に振る。
優樹はそう言うけれど、もし私が朋子と逆の立場だったら……私は、絶望したと思う。朋子を憎み、侮蔑し、彼女と友達だった過去の自分自身を恨んで、友人に手を出した修二のことも嫌悪したはずだ。
だから、朋子はむしろ、私よりも心が広いのかもしれない。修二の行為を知っていてなお、彼を受け入れたのだから。
「――なあ、愛梨。ひとつ聞きたいんだけどさ……その時の俺、どうしてたわけ? 修二が酷いことして、愛梨が苦しんでて、俺は何もしなかったのか?」
「優樹は、元の時間軸では、私と疎遠になってたの。こっちでは、タイムリープしてきた直後――五月頃に、優樹が家を訪ねてきてくれたでしょ? でも、あっちでは、高校を卒業してからそのまま連絡が取れなくなって」
「あ、そういえばそうだったっけ」
優樹は、思い当たる節があったようだ。私の手の甲から、彼の指が離れていく。
優樹は、腕を組んで、難しい顔で何かを思案し始めた。しばらくして、優樹は、ぽつりと呟く。
「……そっか。愛梨はタイムリープ前は、masQuerAdesを知らなかったから……だから、きっかけがなくて、俺は愛梨と再会しなかったんだな」
「……masQuerAdes? どういう意味?」
「あっ! その……何でもない!」
優樹は、慌てて首を横に振る。何故だか、耳が少し赤くなっていた。
「とにかく、そっちの俺は、愛梨の力になってやれなかったんだな。我ながら情けねえ」
「情けなくなんかないよ」
「いや、情けないよ。だって俺、愛梨とろくに話もしないまま、愛梨のことを諦めようとしてたんだから。そっちの俺は、実際そうしたってことなんだろ? それが愛梨を孤独に追い込むことになるかもしれないって、考えもせずに」
「諦めた、って……?」
「俺が、愛梨のことを……」
言いかけて、優樹は口をつぐむ。
「……いや、このタイミングで言うことじゃないな」
それきり、優樹は黙ってしまった。考え込んでいるようだ。
「ねえ、優樹……その」
「ん?」
「信じて……くれるの? 突拍子もない話なのに」
「ん、信じるよ」
優樹は、自信たっぷりに言い切った。
「その……どうして」
「今はまだ言えないけど、愛梨の話聞いて、思い当たることがいくつもあったんだ。これまで、どう考えても理由が分からなかったんだけど、愛梨がタイムリープしてきたっていうなら、説明がつく」
「思い当たること……?」
優樹は頷いて、いつものやさしい眼差しで私を見つめ、微笑む。
「なあ、愛梨」
その声はすごくあたたかくて、陽だまりのように心地良いのに、力強い。
「色々あって、きっと、今の愛梨は、人を信じるのが難しくなってるんだよな? でも――俺は、いつだって、愛梨の味方だ。不実なことは絶対にしないし、裏切ったりもしない」
「……優樹……」
「ああ、もう。言葉にすると何で薄っぺらくなるんだろうな。もどかしいよ」
切なさを滲ませた瞳は、しかし決意に満ち、強い光を宿している。
優樹は椅子から立ち上がって、床に片膝をつくと、片方の手で私の手を取った。
「そっちの時間には、俺は愛梨を支えてやれなかったかもしれない。でも――今の俺は、ここにいる。愛梨のすぐそばに。たとえ世界を敵に回したとしても、俺は愛梨のこと、離す気はないから」
そう言って、優樹は私の手を持ち上げ、自らの口元に近づける。
それはまるで、物語の王子様がお姫様にする仕草のようで、私の顔はみるみるうちに熱くなってゆく。
「ゆ、優樹?」
「愛梨。もう気づいてるかもしれないけど、俺――」
優樹の吐息が、私の手の甲をくすぐる。
緊張を乗せて震える唇が、言葉を紡ごうとしたその時。
「お坊ちゃま、お嬢様。よろしいでしょうか」
控えめなノックの音と共に、家政婦の伊東さんの声が扉の外から聞こえてきた。優樹は慌てて私の手を離し、立ち上がる。
「な、なに?」
「お車のご用意が整いました。いかがなさいますか?」
「あー……、うん、ありがとう。すぐ行く」
「かしこまりました」
伊東さんは、優樹の返答を聞くと、そのまま部屋の前を去っていく。
「愛梨。家の近くまで、車で送ってくれるって。もう、体は平気?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「ゆっくりでいいからな。ほら、掴まって」
優樹は、やさしく綺麗に笑って、私に手のひらを向ける。私がその手を取ると、彼は目を嬉しそうに細めた。
優樹は、私がベッドから下りるのを手伝うと、近くに置かれていた荷物を持ち、扉を開く。
「あ、荷物――」
「いいよ、車まで持つから。さ、お手をどうぞ」
「でも……」
「――今日ぐらい、俺にいいカッコさせてよ」
「……っ、あ、ありがとう」
再び手を差し出してくれた優樹の仕草はとてもスマートだ。なのに、イタズラに片目を瞑ってくすりと笑う仕草は、いつもの優樹で。
私は、緊張やら混乱やら、喜びやら胸の高鳴りやら、色んな感情が限界突破して、また目が回りそうになったのだった。




