20 親友(3)
「あのね、信じてもらえないかもしれないけど……これから話すのは、全部、本当のことよ」
優樹に秘密を打ち明けることを決めた私は、そう前置きをして、大きく息を吸う。
「私ね……、未来から来たの」
「…………えっ?」
その言葉はさすがに予想外だったのだろう、優樹は目をまん丸にして、固まった。
「三年後の秋から今年の五月まで、時間を跳んできたみたいなの」
「時間を……跳んだ?」
「うん。タイムリープ、ってやつだと思う。だから、私が松原愛梨であることは間違いないんだけど、本来の、この時間の私より三年分、先までの記憶があるの」
「え、待って、マジか……ああ、でもそうか。だからあの時……うん、なるほど」
突然こんなことを言われたら、混乱して当然だろう。けれど優樹は、混乱しつつも、なぜか少し納得したようなそぶりを見せた。
「なるほどって……?」
「あ、いや。俺が五月に、愛梨の家に行った時のこと、思い出してさ」
そういえば、あの時、「何か変わったことがあったか」という世間話で取り乱してしまったり、直近の記憶が曖昧だと言って優樹を心配させたりしてしまったのだった。
「……あの時はごめん。私、タイムリープしてまだ日が浅かったから、ちょっと混乱してて」
「そうだよな、ようやく納得いったよ。……あ、話遮ってごめん、続けて」
「うん。それで……タイムリープのきっかけは、多分だけど、海に落ちたことだと思うの。私自身も、さっきまで忘れてたんだけどね」
先程、気を失ってしまった時に見た夢。
あれを見て、私はタイムリープ直前に自分に何が起こったのか、はっきりと思い出した。
ただ、病院で眠り続ける私の手を握る、優樹の姿――あれは、単なる私の願望だったのかもしれない。
「ハロウィンの夜のことだった。私、海浜公園の欄干に座ってたの。大好きなmasQuerAdesの曲を聴きながら。そしたら、突然強い風が吹いて、私は真っ黒な海に落ちたの」
「……masQuerAdes?」
「うん。masQuerAdesはね、三年後には、すごく有名なバンドになってるの。テレビにもよく出てたし、ライブツアーもやってたんだよ」
「……そう、なのか。だから愛梨は、有名でもないmasQuerAdesを、最初から知ってたんだな」
優樹は、妙に納得した様子で、うんうんと何度も頷いている。ひとしきり頷き終わると、優樹は、再び私に質問をした。
「それで、どうして愛梨は、そんな危ないとこに座ったりしたんだ?」
「……あの日、私、失恋したんだ」
「……失恋?」
「うん。私……、騙されてたの。修二に」
「修二に……?」
思い出すと、胸が苦しくなる。
もう修二への想いは全くないし、この時間軸では、まだ彼には一度も会っていない。優樹とは真逆だ。
なのに、まだこんなにも、心が傷ついている。
「修二とは、成人式の同窓会で再会したの。こっちの時間だと、今から一年後ぐらいかな。それで……私、修二と仲良くなって……」
「それをきっかけに、付き合うようになったってこと?」
「……私は、付き合ってると思ってた。でも、実際は、違かった」
はぁ、はぁ、とまた息が詰まり始める。
優樹は私の背中に手を伸ばし、ゆっくりさすってくれた。
「無理、すんなよ」
「……ううん、大丈夫。私も、いい加減乗り越えたいの」
「……そっか」
優樹は、私よりも苦しそうな顔をして、私が落ち着くのを待つ。――彼は、本当に、やさしい人だ。
「修二は、朋子と付き合ってた。その上で、お金を貸してくれる女性を、言葉巧みに勘違いさせて、侍らせてたの。私……修二がそんな人だってことも、本命が朋子だったってことも、全然知らなくて」
「修二が、そんなことを……?」
優樹も、ショックを受けているようだった。高校時代は、彼も修二と仲良くしていたのだから、当然の反応だ。
「よく考えれば分かることだったのに、私、馬鹿だよね。修二はブランド物を好んで身につけてたのに、いつもお金がなかったの。お金を貸しても返ってこなかったし、恋人らしいことも、ほとんどしなかった」
私は、悔しくて、恥ずかしくて、目を伏せる。
「修二は、私がいないと駄目って思わせるのが上手だった。それに、高校時代からよく知ってる人だと思ってたから……」
優樹は、眉をひそめて難しい顔をしている。普段はやさしいその表情も、今は鳴りをひそめ、わずかに怒りを滲ませていた。
――その怒りは、修二に向けたものだろうか。それとも、愚かな私に向けているものだろうか。
また、息が苦しくなる。
は、は、と息を浅く吐くと、優樹はそれに気がついたようで、すぐに表情を和らげて再び背中をさすってくれた。
「愛梨……、修二のこと、本当に好きだったんだな。……辛かったな」
「……うん。あ、でもね、今はもう何とも思ってないよ。というより……むしろ、怖い。できれば、会いたくないの」
辛かったな、と声をかけながら、優樹は、私以上に辛そうな表情をした。彼の辛そうな表情を見て、私はすぐにフォローを入れたのだった。
「さっき、ね。朋子がデートの待ち合わせだって言ってたから、そのままあの場所にいたら、修二が現れるんじゃないかって。修二のことを考えたら、怖くて、怖くて。パニックになっちゃって」
「それで、いっぱいいっぱいになって、倒れたんだな」
「うん」
私は、正直に頷いた。
「タイムリープからもう半年も経ったし、こっちの私は修二とも朋子とも関わってない。だから、もう大丈夫だと思ってたんだけど……やっぱり、トラウマになっちゃってたみたい」
「……そっか」
「私は……修二に裏切られたと同時に、朋子のことを裏切ってたの。しかも、時間が巻き戻っちゃったから、ちゃんと話をすることも、謝ることもできない。……よりによって、親友だった二人を……私は、誰にも言えずに失ったんだよ」
私は、重いため息をついて、うなだれた。




