表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/50

18 親友(1)



 ハロウィンのイベントが終わって、一週間ほど経った頃のこと。

 私と優樹は、ようやく予定が落ち着いたこともあって、久々に会う約束をしていた。

 今日も、地元駅の改札前で待ち合わせだ。


「あれ? 愛梨じゃん?」


 優樹を待つ私は、突然声をかけられ、振り返った。


「朋子……?」

「あ、やっぱ愛梨だ。あは、変わってないね」


 私に明るく声をかけてきたのは、高校時代の友人、新見朋子(にいみともこ)だった。


 もう寒くなり始めているというのに、朋子はオフショルダーのトップスと、身体のラインが出る革のスカートを着用していた。

 しっかり巻いてある茶髪を、白いストーンのついたネイルの先で、くるくると弄んでいる。

 ラメの入ったアイシャドウと、強めに引かれたアイライン、真っ赤なルージュは、私には到底似合わないメイクだ。


「え、えと、朋子は元気だった?」

「あは、何そのぎこちない感じ。アタシのこと忘れちゃった?」

「……忘れるわけないよ」


 私は、無理矢理笑顔を作って、そう答える。

 ――忘れるわけがない。だって、朋子に最後に会った時のことは、今もこんなに心をえぐっている。


 とはいえ、今目の前にいる朋子は、私を傷つけた朋子とは別人だ。

 修二に対する想いは、すでに私の中から綺麗さっぱり消えているのだから、あんな恐ろしい未来は、もう来ない。来ないはずだ。


「愛梨は、誰かと待ち合わせ?」

「え、うん、まあ。朋子は?」

「アタシもここで待ち合わせ。これからデートなの」

「……デート?」


 私は背筋が冷える思いがした。

 デートということは――このままここにいたら、修二と鉢合わせしてしまうのではないだろうか。


 どうしよう、会いたくない。顔を見たら、きっと私は、苦しくなってしまう。

 私は、どんな顔をして修二に会えばいい? 修二は、どんな顔をして私に会うの?

 また、私を騙そうとする? それとも、朋子がいるから、そんな事はしない?

 朋子は、どんな顔をして修二と会うの? 話すの? 触れ合うの?

 そもそも……、修二は、一体、どんな顔をしていた?


 ぐるぐると色々な考えが一気に頭を駆け巡る。修二の顔が、私の脳内で、黒く塗りつぶされていく。


 怖い。怖い。怖い……!


 次第に私の視界は揺れて、呼吸も速くなってゆく。


「――愛梨? 愛梨! ちょっと、大丈夫!?」

「はっ、はぁっ、は――」

「愛梨っ!」


 目の前が真っ白になり、膝に力が入らなくなる。

 しかし、私が倒れ込んでしまうことはなかった。

 倒れそうになったところを支えてくれたのは、朋子ではなく、急ぎ駆け寄ってきた男性の、骨張った、しかししなやかな力強い腕だった――。



◇◆◇



 夢を、見ていた。

 ハロウィンの日、海に落ちてしまった私が、まだ命を繋いでいる夢。

 ただし、身体中にたくさんの管が取り付けられ、指一本も動かせない。


 真っ白な病室の中、私の手を握って、誰かがひたすら天に祈っている。


「――愛梨。目を覚ましてくれよ。お願いだよ、愛梨――」


 やさしい声。しなやかで、あたたかい手。

 それは、あちらの世界(・・・・・・)で何度も聞いた声。

 あちらの世界(・・・・・・)で、私が倒れる前に、抱き留めてくれた力強い手。


 強い祈りに応えるように、私の指が、ぴくりと動く――。



◇◆◇



 次に目を覚ましたときに見えたのは、知らない天井だった。


 どうやら、朋子と話しながら動揺しすぎて、気を失ってしまったらしい。

 白ではなくブラウンが基調となっているから、病院ではなさそうだ。遮光カーテンが引かれていて、室内の照明は最低限に落としてある。

 そのまま視線を動かすと、薄型のテレビやドレッサーが目に入った。どちらかというと、ホテルの一室のような造りの部屋である。


 私は、もっと良く状況を確認しようと、ベッドの上に身を起こす。しかし、私が完全に起き上がるよりも早く、控えめに近づいてくる足音が聞こえたのだった。


「おはようございます、お嬢様。お目覚めになられましたか。ご気分はいかがですか?」

「え……?」


 私に話しかけてきたのは、初対面と思われる人だった。エプロンと三角巾をつけている、中年の女性だ。


「あ、あの、あなたは」

「申し遅れました、わたくし、家政婦の伊東(いとう)と申します。お坊ちゃまは少し席を外されていますが、すぐにお戻りになりますからね」


 女性は、人好きのする笑みを浮かべて、部屋に置かれていたピッチャーからグラスにレモン水を注ぐ。そして、私が寝ていたベッドのサイドテーブルに、グラスをそっと置いてくれた。


 私は、目を瞬かせて、女性におずおずと尋ねる。

 彼女の様子からして、危ない状況ではなさそうだが、どうしてこんな場所で眠っていたのか、知りたい。


「その……私、何も覚えていないのですが、ここは……?」

芹沢(せりざわ)家のゲストルームにございます。お嬢様は、突然倒れられたとのことで、お坊ちゃまが急いで連れて来られたのですよ。こちらには看護師が常駐しておりますし、医師の方もすぐに呼べますから」

「芹沢家……?」

「ええ」


 女性は大きく頷いたが、私は逆に、眉をひそめる。

 朋子は、新見。修二は、近藤。そして、優樹は、藤堂。

 短大の友人やバイト先の同僚を思い浮かべても、芹沢という苗字の知り合いは、思い浮かばなかった。


 しかし、女性は私が訝しんでいることを意に介した様子もなく、話を続ける。


「普段は穏やかなお坊ちゃまが、血相を変えて駆け込んで来られた時には、驚きましたとも。お嬢様のことがよほど大切なのでしょうね。担架をお持ちしようとしたのですが、お嬢様のことを横抱きにして離さず、この部屋までお一人で運ばれたのですよ」


 女性は楽しそうに、微笑んでいる。私を安心させようとして、話し相手になってくれているのかもしれない。


「つい先ほどまで、ずっと手を握っておいででした。それはもう熱心に、天に祈るように」

「――手、を」


 それを聞いた瞬間、私は気を失っている間に見た夢を、思い出した。

 夢で、手を握ってくれていたのは。

 私の名前を呼んでくれていたのは――、


「――優樹」

「愛梨っ!」


 私の声に応えるように、慌てて部屋に飛び込んできたのは、やはり――、


「……ああ。良かった……目が覚めたんだな……!」


 ――泣きそうな顔で私に駆け寄り、その手をぎゅっと握る、優樹だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ