表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/50

17 ファンサービス(3)




 真っ暗なステージに、光が差し込む。

 黒い布に無数に穴を開けてあるのだろう、ステージの後ろから当たる照明が、即席のプラネタリウムを作り出す。

 次にスポットライトが照らし出したのは、燦然と輝く星空を背負って立つ、メンバーたちの姿。


「レディースアンドジェントルマン、今宵は星月夜の仮面舞踏会スターリー・ナイト・マスカレード。美しい星空の下、身分など忘れて、踊りなさい」


 たっぷりと息を含んだ色っぽい声で公爵(デューク)が語りかけると、きゃあ、と大きな歓声が上がる。


 夜空を流れる星屑のように、キラキラと輝く音色で、ギターの士爵(ナイト)がアルペジオを奏で始める。

 彼のギターは、ストラトキャスター。公爵(デューク)のレスポールは温かみのある中低音が特徴なのに対し、ストラトは軽やかで透き通った高音が鳴るギターだ。


「――ひそかな夜に、君は囁く

 遥か闇の向こう側から

 空を見上げて、僕は瞬く――」


 公爵(デューク)がギターを背中に回し、マイクスタンドに両手をのせて、歌い始めた。夜空に囁きかけるような甘く切ない歌声が、変化するアルペジオを追いかけていく。


「――手を伸ばしても、遠く届かない

 なのに鮮やかに映るんだ、聞こえるんだ

 君の姿も、君の祈りも

 瞼を閉じれば、あの日の君が――」


 ぽつり、ぽつりと流れていた輝く星に、徐々にベースやドラムも重なり合い、やがて流星群のような音の奔流となっていった。

 観客の熱も、一気に膨れ上がっていく。


 そうして、一夜の仮面舞踏会は、幕を開けたのだった――。




 

 ライブの最後に、本日限定ということで、簡単なハイタッチ会が開かれた。

 会場に来ていたお客の一人ひとりに、メンバー手作りのカードが手渡され、ハイタッチをしてくれるのだ。

 ミステリアスなイメージを守るためか、メンバーが口を開くことはなかったけれど、ファンからの一言に、みな口元を緩ませていた。


 ただ、少しだけ残念だったのが、公爵(デューク)は「ありがとう」と言ってカードを手渡す役だったので、ハイタッチできなかったことだ。

 けれど、仮面に隠された、色素の薄い焦茶色の瞳――憧れの公爵(デューク)と、至近距離で目が合ったというだけで、充分幸せな気持ちになれる。


 マイクを通さず間近で聞く公爵(デューク)の声は、歌声やMCの声ともまた違っていて、あたたかみのある声で驚いた。

 なんだか聞いたことがあるような、親しみの持てる感じの声で、公爵(デューク)の人間味というか……新たな一面を垣間見れたような気がする。


 手渡してくれたカードには、赤い薔薇のイラストと、メンバーからのメッセージがプリントされていた。

 推し友達はみな一様に、ピンクの薔薇を八本束ねたブーケがプリントされていると言っていた。けれど、私のカードには、赤い薔薇が一本だけ。たまたまだろうか。

 花言葉に詳しい推し友達によると、ピンクの薔薇八本の花言葉は、「かわいい人、あなたの思いやりと励ましに感謝します」だそうだ。


 私は言い出せなかったけれど、一本の赤い薔薇にも、何か意味があるのかもしれない。

 公爵(デューク)が手渡してくれた赤い薔薇のメッセージカード――偶然だろうけれど、私だけの特別なカードのようで、すごく嬉しい。

 家に帰ったら写真立てに入れて、大切に飾ることにしようと決めた。





 かくして、masQuerAdesマスカレード初のワンマンライブは、大成功に終わった。

 彼らは間を開けずして、少し大きなライブハウスに拠点を移すことが決定。

 こうしてmasQuerAdesマスカレードが着実に人気バンドへの階段を上り始めているのを、間近で見ることができるのが、何よりも嬉しい。


 タイムリープしてからmasQuerAdesマスカレード以外で最も大きく変わったのが、やはり優樹との関係だ。それから、見えない部分では、自分自身の意識や生き方も。


 修二の件があってから、私は、恋なんて二度としないだろうと思っていた。むしろ、そういった立場から自分で自分を遠ざけようとしていた。


 けれど最近……私は自分の気持ちが、もうこれ以上無視できなくなってきたことを、感じていた。

 優樹といると、ふとした瞬間に、彼を友達ではなく、異性として意識してしまうことがあるのだ。


 もしも、優樹が恋愛に前向きになってくれていたら。

 もしも、優樹が私を好きになってくれたなら。

 ――もしも、優樹が恋人だったら。


 考えてみて、私はぶるりと身震いをした。


 優樹はよく気が利くし、連絡もマメにしてくれる。かといって、私が拒めば必要以上に踏み込んでこない。

 私の元気がない時はちゃんと気付いてくれる。許可なく触れてきたり、心ないことを言ったり、私の嫌がることは絶対にしない。心地良い距離感なのだ。


 けれど、それは本来、『友達として』正しい姿なのだろう。

 それ以上を求めるのは……やはり、まだ少し、怖かった。何よりも、好きになった人に、また裏切られて騙されてしまったらと思うと、どうしてももう一歩先へ踏み出せないのだ。


 もちろん、優樹のことは信頼している。

 彼のやさしさも、誠実さも、修二には最初からなかったものだ。頭では理解しているのだが、傷ついてしまった心だけが、まだその場で足踏みを続けている。


 タイムリープによる未来の変化に関しては、正直、もうそんなに怖くない。

 そもそも、タイムリープ前は疎遠になっていた優樹と、こうして交流を続けていること自体が、変化の最たる部分だ。


 それに。

 よくよく考えれば、未来が捻じ曲がることを恐れるのなら、私は結局修二にいいようにされ、朋子に憎悪を向けられる未来を、避けられないことになるのではないか?

 いくらなんでも、そんな未来を知っていて甘んじて受け入れるなんて、絶対に嫌である。

 むしろ、その未来を避けるために、一生懸命学業に励んでいるところなのだから。


 だったらもう、タイムリープ前のことは忘れ、修二のことも忘れて、自分の好きなように過ごしてもいいのかもしれない。


 タイムリープ前、優樹には、想い人がいたのだろうか。

 タイムリープ後の今は、いないのだろうか。それとも、これから現れるのだろうか。

 もしくはやはり、恋をする気は、ないのだろうか。


 彼の中で、私は一体、どういう存在なのだろうか――。





        ――――Next『親友』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ