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14 自覚(5)



「ここだな」

「着いたね、楽器屋さん」


 優樹の目的のお店は、楽器店だった。どうやら、ギターの弦やピックを買いたかったらしい。


「付き合ってもらっちゃったけど、大丈夫か? 退屈じゃない?」

「うん、全然大丈夫。楽器屋さん、久しぶりに来たなぁ……ピアノとか楽譜の売り場にはよく寄ったけど、こっちのギターとかのコーナーにはあんまり来たことなかったから、見てて楽しいよ」

「そっか、気ぃ使わしてごめん」

「ううん。本当に楽しいもん」


 狭い場所を最大限に利用して、壁や床、一面にギターやベースが飾られているさまは、近くで見ると圧倒されるものがある。

 形も色も模様も様々で、まるで動物やジャングルの絵が飾られている、賑やかな画廊みたいだ。

 所々にアンプと丸椅子が置かれていて、店員さんに声をかければ試奏できるようになっている。


 この辺りに飾られているのは初心者向けの楽器がほとんどで、比較的高価な楽器は、ガラスの壁で区切られた部屋の中に置いてあるようだ。

 クラフトマンの写真や説明文が付いていて、お値段も、ゼロの数が一つ二つ多くなっている。

 さすがに入りにくいので、ガラス壁の外からぼんやりと眺めていると、私は見たことのある形のギターを見つけた。


「あっ、あそこに掛かってるやつ、公爵(デューク)のギターに似てるかも」

「ん? ああ、ギブソンのレスポールか。確かに同じレスポールだけど、あの辺はモデルが違うな」

「そうなの? 私にはさっぱりだなあ」


 私の指し示す方を見て、優樹はすぐに答えてくれた。

 ぽってりしたフォルムの、レスポールらしきギターがたくさん並んでいるが、私には色と模様の微妙な違いぐらいしか判別がつかない。


「優樹、さすが専門学校通ってるだけあって、詳しいね」

「はは、まあそこそこな。それにしても、愛梨は本当にmasQuerAdesマスカレードが好きなんだな」

「うん! 大好き!」

「……っ」


 私が迷いなく断言すると、優樹はなぜか口元を手で覆った。耳が赤くなっているのは、私の声が大きかったからだろうか。


「ご、ごめん、大きな声出して」

「いや、そうじゃなくて……まあ、うん、大丈夫」


 優樹はいまだに耳を赤くしている。その口元は、何かを我慢しているかのように、ヒクヒクしていた。


「ところで、いつの間にmasQuerAdesマスカレードの使ってるギター、調べたの?」

「えっ、あ、ああ。まあ、ほら、愛梨から話聞いてたら気になっちゃってさ……」

「本当に!? じゃあさ、じゃあさ、今度一緒にライブ行かない!? きっと楽しいよ!」


 私はテンション高めに優樹を誘ったが、優樹は困ったように目を泳がせて、曖昧に微笑んだ。


「ん……そうしたいけど、遠慮しとく。推し活友達もいるんだろ?」

「……そっか。知らない人と話したり、知らない雰囲気の中に入るの、気まずいよね。ごめんね、気が利かなくて……masQuerAdesマスカレード公爵(デューク)のことが好きすぎて、ついつい布教したくなっちゃうんだ」


 私は、しゅんと項垂れる。確かに、知り合いが一人ぐらいいたところで、ファンの輪に突然飛び込むのは、勇気のいることだ。

 ただ、なんとなく……いつも面白そうに私の話を聞いてくれる優樹だったら、一緒にライブへ行くのも楽しいだろうな、と思ってしまった。


「……俺は今、俺に――してるよ」

「ん? 今、何て言った?」

「っ、な、なんでもない」


 優樹が何かをぼそりと呟いたが、私は心の中で猛烈に反省していて、大事な部分を聞き逃してしまった。


「さて。目当ての弦とピックも買ったし、そろそろ行くか」


 優樹は気を取り直したように、買い物袋を目の前に掲げて、明るい口調で言う。どうやら、私が店内を眺めている間に、優樹は買い物を済ませていたようだ。


「いつか優樹の演奏するギターも、聴きたいなぁ」

「ん、ああ。そうだな」


 やさしく微笑む優樹の、買い物袋を持っている手が、目に入る。

 しなやかで長い指。ほっそりとした、大きな手。

 同じギタリストだからだろうか、ライブで見る公爵(デューク)の手元とよく似ている気がした。


「まだ時間ある? どっか行きたいとこあったら、付き合うぞ」

「うん、そしたら、ちょっとだけいい?」

「もちろん。どこ行きたい?」

「あのね、雑貨屋さんなんだけど――」



 私は楽器店を後にして、優樹と並んで繁華街を歩き出す。お昼時だからか、かなり人出が多い。

 歩いてきた人を避けた拍子に、一瞬、私の右手が、優樹の左手に触れた。


「あ、ごめん」

「ん、いいよ。混んでるな」

「そうだね」


 ギターを弾く優樹の左手。

 先程、公爵(デューク)と重ねてしまったからだろうか……なんだか触れてはいけないものに触れてしまったような気がして、すごくドキドキしてしまう。

 私は胸の高鳴りを悟られないように気をつけながら、優樹の隣で、わざといつもよりも元気に、笑いかけたのだった。





     ――――Next『ファンサービス』


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