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13 自覚(4)



「へえ、じゃあ、夏休みもバイトと推し活で忙しいんだな」


 優樹の言った通り、私は夏休みに入ってから、masQuerAdesマスカレード三昧、バイト三昧で過ごしていた。

 推し活は生きる糧だしすごく楽しいが、それなりにお金がかかるのだ。


「ごめんな、そんな中、時間作ってもらっちゃって」

「ううん、いいの。優樹と過ごすのも、すっごく楽しいから」

「……っ、そか」


 優樹は私の方を見て、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 私がすぐに首を横に振ると、優樹は照れたように耳を赤くし、進行方向へ視線を戻す。


「でも、優樹も忙しそうだよね。こちらこそ、私のために時間とってくれて、ありがとう」

「いや、俺が愛梨に会いたいだけだから。今日だって、俺の都合で買い物付き合わせちゃってるし……あ、着いたぞ。えっと、あの店、何階だったかな」


 目的の建物に到着した優樹は、入り口扉の横についているフロアマップを眺める。お店がどこのフロアか探しているようだ。


 私は優樹の横顔をぼんやりと見ながら、改めて、綺麗な顔だなあと感心する。やさしい茶の瞳は澄んでいて、輪郭はシャープだが骨張っておらず、中性的だ。

 口元は柔らかく弧を描いていることが多いが、時折見せる真剣な表情は少し大人びていて、どきりとさせられる。


 ――あれ以降、優樹は思わせぶりな態度を取ることもなく、私たちの関係は進みも戻りもしていない。

 優樹のことが好きなのかもしれない、と自覚しはじめはしたが、心の中では、まだ恋愛への恐怖を拭いきれずにいる。

 だから、曖昧なままのこの関係性が、今の私にとってはちょうどいいのかもしれない。


 優樹も、もしかしたら私の抱く不安感や恐怖心を、分かっているのかもしれない。

 彼はいつも飾らず自然体だが、私のことを本当によく見てくれている。そんな優樹のやさしさを、誠実さを、私は折に触れて感じていた。


「あ、あった。七階みたいだ」

「エレベーター待とっか」

「ああ、そうだな。……って」


 優樹はひとつ頷くと、突然、少しかがんで私の顔を覗き込む。


「……大丈夫か? 具合悪い?」

「えっ? そんなことないよ。平気平気」

「そうか? 顔赤いからさ……外、暑いもんな」

「う、うん」


 私は両手で頬を押さえる。……優樹のことを考えていたら顔が熱くなってしまった、なんて、とてもじゃないけれど、言えない。


 エレベーターを待ち、目的階に着くまでの間、優樹は無言だった。私の方をちらちら見ては、まだ心配そうな表情をしている。


 優樹は……今の優樹は、恋をしたいとか、そういう気持ちはあるのだろうか。高校の時から、何か心に変化があったのだろうか。

 私が自意識過剰なのでなければ、彼も、私に友達以上の想いを多少なりとも抱いているはずだ。

 けれど、私から何かを尋ねることなんて、できない。


 優樹も、私の事情に踏み込んでこないのだから、お互い様、ということだろう。――まあ、彼の場合、臆病なだけの私と異なり、その根底にあるのはやさしさだと思うが。

 彼のことを知りたいのなら、私も自分の抱えている秘密をさらけ出すべきだと思う。しかし、私にはまだ、タイムリープのことを言い出す勇気はなかった。


 それに、優樹の気持ちが変わって、恋愛に前向きになっていたとしても――本来の時間軸では、優樹が大切に想い、想われる相手がきっといたはず。ならば、突然優樹の前に現れた私は、異物でしかない。


 私は、優樹の幸せな未来を壊したくはないのだ。


 それに何より、好きになった人に、また誰かと比べられ、捨てられてしまうことになったら……私はもう、耐えられない。

 ――まあ、そんなことを考えている時点で、私はもう優樹のことを、かなり好きになってしまっているのだろう。



 こうして、あれこれ考えている間に、エレベーターは目的階へと到着した。


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