11 自覚(2)
「……愛梨、あのさ」
「ん?」
声をかけられて正面を向くと、唸っている私を見て、優樹は困ったような……どこか居心地の悪そうな表情をしていた。
私は、自分ばかりが喋ってしまっていたことに今更気付き、慌てて謝る。
「わわ、ごめん、優樹! ついつい自分の世界に入っちゃって。退屈だったよね、ごめんね」
「いや、全然退屈じゃなかったけどさ、そうじゃなくて……」
口ごもる優樹を見て、私は首を傾げるも、優樹は何も言わない。
言いづらいことだろうかと考えて、私ははたと気がついた。
「あ、そっか! もしかして、パンケーキ一口ほしい? 全然いいよ」
「いや確かに美味そうだけどさ。……あ、パフェ、食う?」
「えっ、いいの? じゃあ一口ずつ交換こね!」
そう言って私はパンケーキを切り分け、優樹の口元に持っていく。
優樹は目を丸くしたかと思うと、途端に真っ赤になってのけぞった。
「ちょ、それは流石にハードル高っ……、じゃなくて、ほら、シロップ垂れるから」
「ん? あっ、ほんとだ! ごめん、お皿ごと交換こした方がいいね」
「う、うん。サンキュ」
私がパンケーキのお皿を優樹の前に置くと、優樹もパフェのグラスを差し出した。
「わぁ、美味しそう! バニラのとこもらっていい?」
「ああ、好きなだけ食っていいよ」
「ありがと! んー、冷たくて美味しい。優樹もトッピングたっぷりのせて食べてね」
「おう」
優樹は、何がおかしいのか、ふっと笑い、優しげな視線をこちらに向けている。
「愛梨ってほんと美味そうに食うよな」
「甘いものは正義なのです」
「はは」
結局チョコレートパフェを二口もらった私は、優樹にグラスを返す。
優樹はなぜかパンケーキには手をつけず、にこにことこちらを眺めるばかり。
「あれ? 食べないの?」
「ん、愛梨のこと見てたら腹いっぱいになった」
「ええ?」
優樹は、結局パンケーキを食べることなく、私の前にお皿を戻した。
「そういえば、さっき何か言おうとしてたよね? パンケーキじゃないなら、何だったの?」
「ん……ああ。あのさ、その……」
優樹は、真剣な表情をして、やはりまだ言いづらそうに口ごもっている。
「……どしたの?」
「愛梨さ……今の俺のこと、どう思う?」
優樹の発したその言葉に、私の心臓は、おもむろにうるさい音を立て始めた。
「え……? どう、って?」
真剣なまなざし。ほんのりと赤く染まっている目元。
どう思うとは、一体どういう意味なのか――。
「いや、その……やっぱ何でもない。それよりさ、もっと聞かせてよ、masQuerAdesのこと」
「えっ、いいの? もちろんだよ!」
優樹は、私がmasQuerAdesのことを話すのを見て、終始楽しそうに相槌を打ってくれた。
特に最推しの公爵の話になると、また顔を赤くしていた。熱くなってしまった私に当てられたのだろうか。
推しの話をしているうちに、優樹が先ほど見せた真剣なまなざしは消え、いつものやさしい表情に戻っていた。
私の方も、優樹の言ったことはすっかり頭のすみに追いやられ、普段通りのおしゃべりタイムになったのだった。
*
ひと通り話して優樹と別れる頃には、私はすっかり満足していた。
ただ、結局優樹の話をほとんど聞けなかったことに気がつき、私は申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、私ばっかり話しちゃって」
「いや、いいんだよ。俺は愛梨の楽しそうな顔が見れたから満足」
「ううん、反省してる。でも、すっごく楽しかった! 今度は優樹のお話いっぱい聞くから、またご飯行こうね」
「おう! 楽しみにしてる」
優樹と次に会う約束を交わして、私は帰路についた。
「あれ? そういえば……」
あれほど話していて今更だけれど。
「私の推しがmasQuerAdesだって、優樹に伝えたことあったっけ?」
先程は、確かに優樹の方から、masQuerAdesの名前を出してきた。私は、バンド名を言っても分からないと思って言わなかったのだから、確かだ。
けれど、有名なわけでもないmasQuerAdesの名前を優樹が知っていたということは、いつだか名前を出したことがあったのだろう。
「それに……あの時、優樹は、何を……」
――『今の俺のこと、どう思う?』
あれは……どういうつもりで言ったのだろう。
この間と同じように、また私が変な風に受け取っているだけで、あれも世間話……だったのだろうか。
「でも……」
あの時の優樹の、真剣な表情。言いづらそうに宙を彷徨う視線。ほんのり染まった頬と、緊張したような声色。
「これじゃあ、まるで……」
――優樹が、私のことを意識しているみたいではないか。
「ううん、違う。そんなはずない」
しかし、私はすぐにかぶりを振って、その考えを否定する。
なぜなら、優樹は――。
「……いや、やめよう。気のせいだよね、きっと」
高校の時に優樹が言っていたあることを思い出して、私はため息をつく。
優樹の事情や気持ちが今も変わっていないなら、彼はきっと恋愛にうつつを抜かしたりはしないだろう。
それに、優樹の事情がなかったとしても、私は彼に想われる価値なんてない。そんな未来が存在しないことも、別の世界線を経験した私は、よく知っている。
むしろ、今現在、優樹と交流があることの方が不思議なぐらいなのだ。そんな風に変に意識してしまったら、親友としての優樹の信頼を裏切ることになるのではないか?
今はとにかく、恋愛にのめり込んで、別世界線の私の二の舞にならないように……人に流されたりしないで、自分の力だけで生きていけるように、準備しなくてはならないのだ。
資格を取ったり勉強したり、より安定した未来のために、やるべきことはたくさんある。
「……はぁ」
――これ以上考えると、優樹のことばかりではなく、思い出したくない人のことまで思い出してしまいそうだ。
せっかくさっきまで楽しく過ごしていたのだから、その気持ちに水を差したくない。
私は、ため息を吐き出すと、それっきり深く考えるのをやめた。
自分の気持ちには、しっかりと蓋をして、仕舞い込んでおけばいい。
そうすれば、まだ、優樹との穏やかなときを過ごせるはずなのだから――。