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10 自覚(1)




「レディースアンドジェントルマン、仮面舞踏会(マスカレード)へようこそ。今宵だけは、身分など忘れて、踊りなさい」


 私は今日も、masQuerAdesマスカレードのライブに来ている。

 今まで何度か観に来ているが、今日は初めて最前列のチケットが取れた。


 さらに、出来たてほやほやのファンクラブにも加入。グッズもしっかり買い揃えている。


 ちなみに、masQuerAdesのメンバーは、それぞれメンバーカラーを持っている。

 ギターヴォーカルの『公爵(デューク)』は紫。ギターの『士爵(ナイト)』は青。ベースの『男爵(バロン)』は緑。ドラムの『侯爵(マーカス)』は赤。キーボードの『伯爵(アール)』は白だ。


 彼らの衣装は黒と金銀を基調にしていて、差し色でそれぞれのメンバーカラーが入っている。

 私が購入したグッズは、もちろん紫一色だ。公爵(デューク)の高貴なイメージにぴったりのメンバーカラーである。



 貴族が踊るように、優雅に、時には大胆に。

 ミステリアスで華やかな旋律に、胸が高鳴る。


 今はまだ加入していないが、キーボードの伯爵(アール)が加入すると、ますます色鮮やかな、メロディアスな曲が増えてゆく。

 だが、私からすると、masQuerAdesは四人でも充分魅力的なバンドだ。何と言っても、メンバー同士の絶妙なコンビネーションが素晴らしい。


 ギターが歌えば、ベースがそれに合わせて踊り出す。

 ドラムが鼓舞すると、メンバーも観客も一体になって世界を創り出す。


 メンバー全員の息がぴったりで、それぞれの良さを余すところなく引き立てているのだ。

 そんな素晴らしいメンバーの中でも、やっぱり私の目と耳は、センターに立つ公爵(デューク)の一挙手一投足を追ってしまう。



 今日も公爵(デューク)と目が合った。

 目が合うだけでなく、仮面の下で柔らかく微笑んでくれたような気さえして、私はその後一日、ずっと幸せな気分だった。





 穏やかな季節はあっという間に過ぎ去り、照りつける太陽に辟易(へきえき)とする時期が来てしまった。

 夏祭り、花火大会、海にバーベキュー……この時期のレジャーは色々あるが、毎年、私の一番の楽しみだったのは――、


「夏といえば、やっぱり夏フェスだよね!」

「お? 愛梨、夏フェスとか行くの? なんか意外」


 カラカラと音を立ててアイスコーヒーのグラスをかき混ぜながら、優樹は形良い目を見張った。


「えー、意外かなあ?」

「うん。高校ん時、行ったって話聞かなかったから」

「あー、そういえばそうかも」


 私はレモンソーダのグラスにストローを差し、喉を潤す。外が暑かったから、爽やかな甘酸っぱさが心地良い。


 あれから私は、こうして優樹との交流を続けていた。

 タイムリープ前の世界線では完全に疎遠になっていたのに、不思議なものである。


 優樹とはしょっちゅう、メッセージアプリのRINEでだらだらと他愛ないやり取りをしたり、時間が合えば外で食事やお茶をしたりすることもあった。

 優樹という友人がいてくれるおかげで、私はタイムリープ前よりずっと充実した生活を送ることができている。


 ちなみに優樹は、先日私がいきなり泣いてしまったことがずっと気がかりになっているのか、時折心配そうに顔色をうかがうことがある。

 けれど、その件について、無理に聞き出そうとはしなかった。優樹は、私が話してくれるのを――もしくは、私の心がきちんと癒えるのを待ってくれているのだろう。

 話すことができなくても、こうして見守って気にかけてくれる人がいるというのは、本当に幸せなことだ。


 今日も私は、優樹と二人で、駅前のファミレスに来ていた。

 外は陽炎が揺らめき、陽射しが肌を焼く猛暑だが、店内は冷房が効いていて快適だ。お昼の時間を過ぎているからか、客足も落ち着いている。


 私が注文していたパンケーキと、優樹の頼んだチョコレートパフェが届き、店員さんが下がっていったところで、私たちは中断していた話を再開した。


「夏フェス、行く……って言いたいところだけど、今年は行かないかな。推しのバンドが出ないから」

「推しのバンド……って、前に愛梨が譜面に起こしてた曲の?」

「うん、そうだよ」


 私はパンケーキにメープルシロップをかけながら、頷く。

 優樹はミントが苦手なのか、ホイップクリームの上に乗った小さな葉を、指でつまんでよけていた。


 masQuerAdesマスカレードが夏フェスに出るのは、実はまだ先の話である。

 彼らが初めて夏フェスに出演するのは、伯爵(アール)が加入した後。今から二年後のことだ。


「まだ有名じゃないんだけど、いつか絶対、フェスに出るぐらい人気になるよ。間違いないんだから」

「……へえ、そっか」


 優樹は暑そうに、赤くなった顔を手でパタパタと仰ぎながら、パフェのアイスを口に運ぶ。

 冷房のきいた室内に入ってしばらく経つが、外は猛暑。まだ暑さが引かないのだろう。


「愛梨は、masQuerAdesマスカレードが本当に好きなんだな」

「うん! masQuerAdesマスカレードは私の生きがいと言っても過言ではないっ」

「はは、生きがいかあ。そりゃ重大だ」


 優樹は笑っているが、実際、タイムリープ前から今の私に、ずっと生きるパワーをくれていたのがmasQuerAdesマスカレードなのだ。

 大袈裟ではなく、推し活が私の心の支え、心の栄養になっていた。


「私ね、masQuerAdesマスカレードがデビューして、大きくなっていくのを本当に楽しみにしてるんだ! 彼らにはこれからも頑張ってもらわないとね」

「そっか……頑張らないとだな」

「うん。あ、でも、そしたらチケット取りづらくなっちゃうかな?」


 今はかなり前の方の席でも、余裕で確保できている。なのに、人気が出てチケットが取れなくなったら大変だ……急にそんなことが心配になって、私はううむと唸る。


「……愛梨、あのさ」

「ん?」


 声をかけられて正面を向くと、唸っている私を見て、優樹は困ったような……どこか居心地の悪そうな表情をしていた。


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