酩酊感
※今回のお話には未成年飲酒の描写が出てきますが、推奨しているわけではございません。
この場にある唯一の光源が男の鍛え上げられた肉体を照らし出す。光と影によって強調された、その身に付いた筋肉の隆々しさが、これまでの男の生き様を物語っていた。
男――アレキサンダーがこの場に立つのは初めてではない。10年前、男が味わわされた屈辱。その雪辱を果たすために男はこの場に立っていた。
男がステージ上に上がってからこれで9戦目。もちろんまだまだ戦えるが小さな疲労感が積もっているのも確か。アレキサンダーの圧勝だったとはいえ、どれも油断ならない相手だった。ここに居るのは皆自分の身一つで生き抜いてきた者ばかりなのだから。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。このまま勝ち抜いていけば必ず奴は姿を現すだろう。それまで勝ち続けるしかないのだ。
「次の挑戦者はーー!!初参加の少年!!!レン!!」
さて、次の相手はどんな脅威になり得るだろうか。僅かに期待を込めながら視線を上げる。だが、司会の合図とともに舞台に上がってきた姿は予想外のものだった。
肉付きが薄い体に、だぼっとした明らかに戦闘に不向きな服装。手入れされていないことが一目で分かる伸ばされた髪は顔にかかっていて視界が悪そうだ。間違って迷い込んでしまったのだとしか思えなかった。それほど新たな対戦相手はこの場に合っていない。
「本当にコイツが次の対戦相手なのか?」
気づかない内に声に出ていた疑問の声。それに対して司会者は頷きを返した。
正気を疑いつつもアレキサンダーは気持ちを切り替える。まあ手違いでないのならば良い。対戦相手が誰であろうと目的はただ一つ、勝つことのみ。
「ふん。体力温存にはちょうどいい相手だ」
ポキリポキリと肩を鳴らす。退屈しない相手であればなお良い。
「皆、準備はよろしいだろうか!!!それではぁぁぁあ!!8連勝中の怪物アレキサンダー対!実力が未知数なミステリアス少年レン!対戦!!!開始!!!!」
ゴングが高らかに鳴らされたと同時に会場中が罵詈雑言に包まれる。一体どうして他人の戦う姿を見てそんなに盛り上がれるのか全くもって理解出来ない。理解出来ないが、少なくともこの雰囲気は嫌いじゃなかった。
ヒョロヒョロの少年、レンに目を向ける。長い前髪が邪魔をしてその目がどんな色を灯しているかも分からない。まずは様子見といこう。
いつでも防御や回避行動が取れるよう身構えながら少しずつにじり寄る。段々と距離が縮まっていくが、なおも相手は棒立ちのまま。攻撃を試みようとも、防御態勢をとろうともせず、ただただ猫背のまま立ち尽くす。その様は不気味としか言いようがなかった。
アレキサンダーがこの世に生まれ落ちてから、今まで戦ってきた者の中には無謀に挑んできた弱者もいた。勝つことは不可能だと分かっていながらも譲れない何かのために果敢に挑む。そんな者たちが。初めはレンもその類かと思っていたがしかし、明らかに様相が違う。
もしかすると、これは予想以上の脅威なのかもしれない。ならば手加減は不要。全力でいかせてもらう――!
アレキサンダーは大きく足を踏み込むと同時に、目にも留まらないスピードで左拳をレンの頭めがけて叩き込んだ。常人であればそう簡単に反応できないであろう研ぎ澄まされた速度。アレキサンダーが長年かけて磨き上げてきた自慢の『速さ』はしかし、
「っな……!?」
レンの片腕にいとも容易く防がれていた。
ドンッ!と会場中に重い打撃音が轟いた。音の発信源はレンの頭のすぐ隣。その音の痛々しさに反してレンのダメージは全くと言っていいほどない。ボンドルドとの戦いでもそうだが、並大抵の攻撃ではレンにダメージを通すことは出来ないようだ。内心では少しひやりとしたが。
アレキサンダーの攻撃の直前、レンにはその攻撃がゆっくりと見えた。これもスキルによるものなのだろうか。
思案していると、拳を引いたアレキサンダーが追撃を始めた。今度は溜めた一撃ではなく、隙を生まない連続での打撃。次から次へと繰り出される拳の雨を避けることは常人にとって決して容易ではない。はずだったのだが……
(まるでゲームみたいだ)
ゆっくりと近づいてくる拳を避けて避けて避けて。何十もの打撃の全てを一度も触れることなく避けきってみせた。
アレキサンダーの目は信じられないとばかりに見開かれている。レンはにたり、と音のつくような悪どい笑みを浮かべた。今まで守勢でいたのを転じて攻勢に出る。
ぐっと力強く握られた拳。あまりにも頼りなく見えるそれは真っ直ぐとアレキサンダーの顎へと吸い込まれた。
瞬間、アレキサンダーの体が軽く浮かび上がる。
「……は?」
ぽつりと発せられた音はアレキサンダーのものか、それとも観客のものか。
会場中の時が止まり、遅れて理解が追いついてくる。アレキサンダーの額から汗が一筋流れ落ちた。
そこからは圧巻の勝負だった。お互いに拳を繰り出し、避けて防いで、また攻撃を試みる。試合が始まって以来まともに攻撃を食らっていないレンに対して、アレキサンダーは段々と自身の限界が近づいていることを悟りつつあった。
一体その細腕からどうやってこの威力を繰り出しているのか。一体どうしてこの速さの攻撃を避けきることができるのか。一体その体でどうやってこの重さの攻撃を受け止めているのか。アレキサンダーには何も分からない。何も、分からなかった。
果たして試合が開始してからどれほど経っただろう。ゴングが再び鳴らされた時、地に伏していたのはアレキサンダーの方だった。
普段勝敗が決した時、会場は罵声なり、歓声なり、何かしらの声で溢れかえる。しかし、この試合は異様だった。声を挙げる者は誰もいない。
――否、一人だけ。時が止まってしまった空間を打ち破る者がいた。
「やっったああああ!!レンくん、ナイスッス!」
響き渡る一人の青年の声。レンが声の主に目を向けると喜びを顕わにしたマクロスが拳を大きく掲げている。その隣ではボンドルドの口角が満足そうに上がっていた。
「いや〜レンくん、オレは信じてたッスよ!おかげさまでぼろ儲けッス!」
肩を強引に組まれ、手に持った袋を見せつけられた。満杯であることが目に見えて分かる形をした袋からは揺らされるたびにチャリン、と音がする。
「うん、すごかった」
そのマクロスの反対側に立つ男。大きな体をレン以上に丸めた男には見覚えがあった。レンがこの場にやってきた時にアレキサンダーと闘っていた男だ。男はレンの視線に気づくと途端に挙動をおかしくさせた。
「あ、ご、ごめん。紹介が遅れた、ね。おいらは、トビー。おいら、君の前にあいつと戦って、負けちまったんだ。だから、その、あ、ありがとう」
トビー。そういえばマクロスがそう呼んでいた気がする。レンが記憶を掘り返しているとトビーは俯いてしまった。
「ご、ごめん!へ、変だよね。おいらがお礼を言うの。ただ、おいらが言いたかっただけ、だから、全然、気にしないで……」
話しているうちにどんどんと小さくなっている声。最後の方など消え入りそうである。レンは人好きのいい笑みを貼り付けた。
「いや、こちらこそ。キミが粘ってくれたおかげであいつも消耗してたから」
「そ、それならよかった……」
心底安堵したといった様子で胸を撫でおろす。普段からこの調子なのだろうか。大変そうだ。
「よォし、お前ら!今夜は俺様の奢りだ!」
「よっしゃあ!!流石アニキッス!有り難くご馳走になるッス!!」
ボンドルドが言い切った瞬間のレスポンス。目をキラキラさせながらマクロスは闘技場の出入り口へと駆けて行く。
「おい」
レン達もその後に続こうとした時、後ろから重圧感のある声がかけられた。ぱっと後ろを振り返るとそこには先ほどまで闘っていた相手、アレキサンダーが。アレキサンダーは眉にしわを寄せ集めて唸った後、大きくため息をついて掌を差し出した。
「レン……だったか。俺はいつか必ずここへ戻って来よう。その時はまた手合わせしてくれ」
レンはアレキサンダーの手を見、顔を見、その手をとった。
「ああ。またやろう」
アレキサンダーはふん、と鼻を鳴らすとレンの後方――ボンドルドとトビーの方向を見つめた。しかし、何も発することなく背を向け闘技場の奥へと向かっていく。
「みんなー!遅いッスよー!!何もたもたしてるんスかー!?」
扉の奥からマクロスが声を張り上げる。引き留められた足を再び動かし、レン達も出口へ向かった。
初めのバーへと戻ってきた。そのまま外へ出るのかと思いきや、皆バーのテーブル席に腰を下ろす。お洒落な雰囲気のバーにガラの悪い格好の男たち。なんだかミスマッチな光景だった。お客さんは他に誰もいないようなので周りの目を気にする必要はないだろうが、本当にここで食べていくつもりなのか。
「ここで食べるのか?」
「うん。お祝いごとの時は、いつも、ここで食べてるんだ」
「ほら!レンくんも座るッスよ!」
てっきり酒場的な所で食べるのかと思っていた。バーに行ったことはないが、あまりご飯を食べる場所というイメージはない。レンとしてはそろそろ空腹過ぎて限界なのでガッツリと食べたいところなのだが。
「マスター!リーブ4つよろしくッス!」
「はあぁ……全く。何度も言いますがここは酒場なんかではなくバーです」
「とかいいつつ、いつも用意してくれるじゃないッスか〜!」
「ご、ごめんなさい。いつもありがとうございます。マスターさん」
マスターはもう一度盛大にため息をつくと、ジョッキを4つ持ってきた。ジョッキ一杯に注がれた透き通ったきれいな黄色の液体と、淵からたらりと垂れる白い泡。マスターが持ってきたのは明らかにビールであった。
「これって、ビール……だよな?」
「びーる?なぁに言ってんスか!リーブッスよ!」
名前も少し似ているがどう見てもビールである。異世界版のビールか。じっと見つめていると、
「もしかしてレンくん飲めないんスか?」
レンの様子を見かねたマクロスが尋ねた。未成年だから飲めない、と断ろうとした所でふと思い出す。
――そうだ。もう『良い子』は辞めるって、決めたじゃないか。
目の前に置かれたジョッキを掴んで口づける。ぐっぐっと勢いよく喉へと流し込んだ。口の中に苦味が広がり、喉を冷たい炭酸が通っていく。これがお酒か。
「おぉ~良い飲みっぷりッスね〜」
「マスター、メシも頼む」
「だぁからここはバーだって何度も言ってるじゃないですか……」
「お、おいらも、いただきます」
レンはその賑やかな様子をぼーっと眺めて、
なんだか良いなって思った。
「…………あれ。なんか忘れてるような……」
何か大事なことを忘れている気がする。
「一体何を…………あっ!!賞金!!!」
突然のレンの大声に皆が一斉に振り向いた。
そうだ。勝てた興奮ですっかり忘れていた。そもそも参加した目的の賞金を貰っていないじゃないか。
すると、何がおかしいのかボンドルドが大爆笑し始める。
「はー全くお前さんは実に面白い。賞金のことなら安心しな。そろそろ来るころだろうからなァ」
「流石はボンドルドさん。よく分かりましたねぇ」
「おまたせしました」と言ってレンの隣の席に座ったどこか見覚えのある男。
「えっと……」
どこで見たのか必死に記憶を探っていると、
「レンくん、レンくん。多分気づいてないだろうけど、この人司会してた人ッスよ」
マクロスからこそりと耳打ちされた。驚いて男の顔を見る。確かに司会をしていた人だ。眼鏡と服装以外同じはずなのに全く分からなかった。あまりにも別人のようだ。
「どうもどうも。この度はご参加いただきありがとうございました。賞金をお持ちいたしましたよ」
そうして、ドン!と机上に乗せられた大きな袋。マクロスが見せびらかした物よりはるかに大きな袋の中にはぎっしりと何かが詰まっている。
「うっひょ~〜!こんなに貰えることなかなかないッスよ、レンくん!」
ガタリ、と音を立てて前のめりになるマクロス。普段はこんなに貰えないのか。
「いやあ、レンさんのご活躍のおかげでございます。こちらとしても非常に『良い試合』でした」
なんだか含みのある発言が気にかかる。その疑念を感じとったのかボンドルドが口を開いた。
「こいつが闘技場の運営をしてんだよ。設備やら賭けやら、あそこに関わるもん全部こいつが管理してる。賭けの『手数料』は全部こいつの懐に入っていくからなァ。盛り上がれば盛り上がるほどこいつが得するようになってんだよ」
ああ、なるほど。今回ほとんどの人がアレキサンダーに賭けていただろうから、運営にとってもレンが勝った方が『美味しい』のだ。
「人聞きの悪い言い方をしないでください。設備の維持費などお金はかかるものですから仕方なく、参加費として少々頂いているだけですよ。我々は皆さんに楽しんでいただくために行っているんです」
ボンドルドは司会者の反論に鼻で笑う。
「ハッ、良いように言いやがって」
ボンドルドがそっぽを向いたタイミングでマクロスが再び耳打ちしてきた。
「例えお金がなくなったとしてもこの人から絶対に借りない方がいいッスよぉ〜」
「ふふふ、お金に困った時はぜひご相談ください」
にこりと張り付けられた笑顔が恐ろしい。思わず身震いしてしまった。
「と言っても、レンさんほどのお方でしたらお金に困ることなんてないかもしれませんが」
と付け足しながら司会者は運ばれてきたお酒を呷った。リーブとやらではない、別のお酒だ。
「おっと、忘れるところでした」
突然司会者は手を打ちボンドルドに何かを手渡す。
「今回の『お礼』です。いやはやこんな逸材を一体どこで見つけてきたんです?」
「あ?そうだなァ……偶然、道で拾ったんだよ」
二人の会話が気になりつつ、レンはいつの間にか運ばれていた料理を口に運ぶ。どれも名前が分からない料理ばかり。この世界特有のものだろうか。
レンが口に入れたのは肉料理だった。一口噛んだ途端じゅわっと肉の旨味が口の中に満ちる。うまい。よく噛んで呑み込んだ。
今度は湯気が立ち上るスープを手に取る。これもまた格別だった。濃すぎない優しい味わいが喉を通り、空腹の体に温かさが染み渡る。
どうしてこんなに美味しく感じるのだろう。空腹だったから?いや、これまでも空腹だった時はあるが、こんなにも美味しく感じることはなかった。この世界の料理が特別美味しいのだろうか?でも、味自体は大差ないように感じる。
しばらく何も口にしていなかったからか少し食べただけで満足してしまった。ここ最近は特に、あまり物を胃に入れていなかったから。
――ふと、いつもレンの部屋の前に置かれていた食事たちを思い出す。冷え切っていたそれらはしっかりと栄養のバランスが考えられていたメニューだった。
――今頃母は、父は、弟は。どうしているのだろう……
「だ、だいじょうぶ……?」
ハッと顔を持ち上げる。向かいに座ったトビーが心配そうにこちらを伺っていた。
「あ、ああ。何でもない」
余計な思考回路に陥っていた。頭を振ってジョッキに残ったリーブを飲み干す。胸に巣食った飲み込みきれない感情をリーブの苦味で上書きするために。
「レンく〜〜ん!!!起きるッスよ〜〜!!!!」
耳元で大声で叫ばれ、レンは反射的に飛び起きた。状況がのみ込めないまま、辺りを見回す。テーブルの上に大量にあった料理たちは全て平らげられており、結構な時間が経った事が分かる。いつの間に寝ていたのだろうか。
「もう今日はお開きッス!帰るッスよ!」
「分かった」と返して椅子から立ち上がろうとしたのだが、
「うわっ」
視界がぐらぐらして体が傾いた。なんとか倒れるギリギリでテーブルに手をついたのだが、しっかりと2本足で立つことができない。まるで浮いているかのようにふわふわとした感覚に戸惑いを隠せない。
「あちゃ〜。レンくん浴びるように飲んでたから心配だったけど、やっぱりそうなるッスよね〜」
他人事だとばかりに軽い口調で言ってくれる。そう思ったなら止めて欲しかった。はっきりとは覚えてないもののレンの前にある空のグラスの量から相当飲んでしまったことがうかがえた。
「だいじょうぶ?手、貸すよ」
トビーがそう言って体を支える。このままこの状態で居ても仕方がない。大人しく肩に手を回した。
「……ごめん」
「あ、謝らないで、いいよ。おいら、力だけはあるから……」
「それしかないんだけれど……」なんて自分で言って落ち込みながらレンを支え、扉へと向かう。扉の前ではボンドルドが仁王立ちで立っていた。
「遅え」
一言だけ放ち、外へと出て行く。その後に続いた。
「またお越しくださいませ」
背後からマスターの声が聞こえ、扉が軽快な音を立てながら閉じた。
寒空の下、止まらないマクロスの喋りと時々挟まれるトビーの相槌をBGMに歩き続ける。街灯はなく、月明かりを頼りに進んで行った。外気に触れ体が冷えたことで少しずつ先ほどよりも意識が覚醒してきたようだ。
「もう大丈夫。ありがとう」
「ほ、ほんと?」
恐る恐るといった様子で降ろされる。まだ少しふらつきはあるが、歩けないことはない。一人で歩いていける。
「そういえば、今どこに向かってるんだ?」
「帰る」とは言うがこの世界にレンの家はないし、宿もとっていない。2番目ぐらいに懸念していたことをすっかり忘れていた。急に不安を覚えたレンに対し、マクロスは明るい声で告げる。
「今向かってるのはオレたちの拠点ッス!レンくんも今後はオレたちの拠点を使っていいッスからね〜」
そびえ立つ大きな建物を前にして、皆は立ち止まった。
「ここがオレたちの拠点ッス!どうッスか?立派ッスよね〜」
確かに立派だ。元の世界でもきっと買うにはかなりの値段になるであろう立派な家。確かにそうなのだが……
「こんなの廃墟じゃん……」
ぽつりと呟いた声は誰の耳にも拾われなかったらしい。皆気にせず中へと入っていった。
壁中に蔦が伝い、今にも朽ちてしまいそうな木造づくりの廃墟は幽霊が出るのではないかと不安に思うほど暗い雰囲気を醸し出している。夜だからこんなに怪しげに見えるのか。いや、きっといつ見ても同じ感想が浮かぶだろう。
正直、入りたくはない。がしかし、他に行く当てもない。
「お邪魔しまぁす……」
ギギギ、と嫌な音が鳴る扉を押し、そろりと入った。入ってすぐの場所は広い空間になっており、少しボロいソファやテーブルなんかが置かれて生活感がある。外見に反して中は案外、しっかりとした造りになっていた。雨風は防げるだろうし、確かに住めば都なのかもしれない。
「部屋数が多いんでなんと一人一部屋使えるんスよ。今からレンくんの部屋に案内するッス!」
ひょこりとマクロスが顔を覗かせた。案内してくれると言うのでついて行く。長い廊下には扉がいくつもあり、そのうちの一つへと案内された。
ガチャリとドアノブを捻る。質素なベッドが一つ、小さな机が一つ。カーテンのない窓からは月明かりが差し込んでいた。
「いい部屋ッスよね。オレたちがここに来たときからこんな感じだったんスよ」
「本当に使っていいのか?」
「いいんスよ!オレたちも持て余してたところだし」
歯を見せて笑うマクロスの顔に気遣いは見えない。それなら、心置きなく使わせてもらおう。
「それじゃ、案内したんでオレは寝るッス!おやすみッス!」
マクロスが廊下へ出ていき、扉がパタリと閉じられる。1人になった部屋でレンは体をベッドへ投げ出した。少し固いが寝れない程でもない。顔を上げるとちょうど窓から夜空が見えた。
「星、綺麗だな……」
横になってすぐにうとうとし始めた。そして、ようやく気がつく。今まで常に感じていた原因不明の漠然とした不安や恐怖が消え去っていることに。これらのせいで今まで眠りにつこうとした時、散々苦しめられていたはずなのに、何故。
この酩酊感のせいだろうか。頭の中が空っぽで不安や恐怖など微塵も感じない。
なんだか今日はぐっすりと眠れそうな気がする。