挑戦者
ボンドルドの後ろについて歩く。稼げる場所と聞いてついてきたものの、進むにつれだんだんと町並みが廃れていく様子に不安がつのっていく。もう既に日は暮れ、辺りはすっかり暗くなっており、周囲に人の気配もない。……判断を間違えただろうか。
「そういえば、名前をまだ聞いてなかったなァ。なんて名だ?」
「……レン。レンだ。」
「へぇ、レンか。俺様はボンドルドだ。まァ、長い付き合いになりそうだからよろしくな。」
名前はもうとっくに知っているし、できれば長い付き合いは避けたいのだが。やはり断るべきだったか。後悔し始めているとボンドルドは路地裏へと入っていった。
「おい!ちょっと待てよ。」
急いでレンも後を追った。
「稼げる場所ってここのことか?」
目の前には装飾が凝られた扉と、瓶とコップのような絵が描かれた看板。あの後一つの建物へと入ったレンたちは地下へと続く階段を降りた。そうして目の前に現れたのはこの扉。この場所が『稼げる場所』なのだろうか。
「いいや、まだ先だ」
一体どういうことなのか。詳しい説明はなく、ボンドルドは扉の中へと入っていった。
中は洒落た雰囲気のバーになっていた。バーに入るのなんて初めてだ。辺りをキョロキョロ見回していると、店主らしき人と話していたボンドルドはカウンターの中へと進んでいく。
「ちょ、そんなとこ入っていいのかよ。」
「あ?いいんだよ。おまえさんも早く来い。」
一瞬躊躇するも言われた通りレンもカウンターの中へ入った。店主に軽く頭を下げると、相手も会釈を返してくれる。ボンドルドはカウンターの奥にある扉を開けた。
扉の奥は倉庫になっているようで大量の酒瓶が並んでいる。そこそこ広い倉庫の中を進んでいくと、さらに扉が。ボンドルドがその扉を開けると、真っ直ぐ一本道の狭いトンネルが続いていた。あまり整備はされていないようで吊り下げられた明かりのいくつかが途切れそうにチカチカと瞬いている。あのお洒落な店にまったくそぐわない空間だった。
レンは不気味な様子に一抹の不安を覚えたが、ボンドルドは躊躇することなくその奥へ進んでいく。ここまで来たのだからもう進むしかあるまい。腹をくくり、トンネルの中へと踏み入った。
異様に静かな空間だったが、進んでいくとわずかにガヤガヤとした音が聞こえ始めた。それは進むにつれて大きくなり、しばらく進んだところでかなりの喧噪であることが分かる。そして――
「よし、この奥だ。」
道の終わりに現れた、このトンネルに不釣り合いな重厚感のある扉。今度はレンが扉に手をかける。この奥に一体何があるのか。恐る恐る押し開いた。
「いっけぇえええ!!そこだ!」
「頼む……!オレの今日の晩メシはお前に懸かってるんだ!!やってくれ!」
「バッカヤロー!!なぁあにモロで喰らってんだ!そこは防げたとこだろ!!」
あちこちから聞こえてくるそんな声。
狭いトンネルを抜けると現れたのは広い大きな部屋。その中に大勢の人がひしめき合っていた。中央にライトアップされたステージがあり、人々はそこへ向けて野次を飛ばしている。ステージの上では屈強な男2人が猛然と殴り合っていた。テレビなんかで見るレスリングの会場によく似ている。この場所は……
「闘技場……?」
「おう。この辺のゴロツキは毎晩ここに集まってんだ。賭けてもよし、闘ってもよしの娯楽さ。」
なるほど。道中、人の気配を感じなかったのはここに集まっていたためか。
屈強な男たちが殴り合っている様はなかなか迫力がある。さらに自分の金を賭けているとなるとこの盛り上がりも納得だ。
ステージを眺めていると、1人の男が手を振りながらこちらに近づいてきた。
「アニキー!!お疲れ様ッス!今ちょうどいいとこだったんスよ!トビーのやつ、さっき相手の頭にキョーレツな一発をかまして……」
ボンドルドへ興奮した様子で話しかけてきた男がこちらに気づく。
「お!新入りッスか?これまた随分とヒョロヒョロのやつッスね〜」
男はこちらへ向き、手を差し出した。
「マクロスっていうッス!よろしくッス!!」
「あ、ああ。オレはレン。よろしく。」
この場所に似つかわしくない快活そうな青年だ。……少し苦手なタイプかもしれない。レンは苦笑いになりながら差し出された手を握った。
カンカンカンカンと唐突にゴングの鐘が鳴らされる。
「勝者!!アレキサンダーーー!!!」
司会者らしき人物が声を張り上げた。ステージ上を見れば闘っていた1人が両腕を掲げている。もう一人は地に倒れ伏していた。あれがトビーとやらか。
「あー!!トビーやられたんスか!?結構賭けてたのに!もう今日は賭けれないじゃないッスかぁ!!そんなぁ」
悲痛そうな声をあげ、頭を抱えてしゃがみ込むマクロス。少し可哀想だが、賭けというものはこういうものだ。仕方がない。
――それにしても、賭けとは賭ける金がなければ成立しないものである。確かにここは大きく稼ぐこともできるのだろうが、あいにく今のレンは一銭も持ち合わせていない。ボンドルドは一体どういうつもりでレンをここまで連れてきたのか。まさか金を貸してくれるわけではあるまい。となると……
「さぁーて!アレキサンダーはこれで8連勝目だぁ!!果たしてこの記録を止められる者が現れるのだろうか!それともこのまま賞金を手にするのはアレキサンダーとなるのか!?次の挑戦者はどこのどいつだぁ〜!?」
――賞金。狙うはこれだろう。アレキサンダーは獰猛そうな大男。分厚い筋肉を纏い、8連勝というのも頷ける恐ろしさだ。前のレンでは闘おうなんて露ほども思わなかっただろう。しかし、今のレンにはチート能力がついている。レンはにやりと嗤った。
「……その様子なら言わなくても分かっているようだなァ。」
ボンドルドを見やると真っ直ぐとこちらを見つめている。マクロスはその2人を交互に見やり目を見開いた。
「え…………えぇ!?もしかしてアニキ、レンくんをアイツと闘わせるつもりじゃないッスよね!?こんなヒョロヒョロの体じゃあ、簡単に捻り潰されるッス!負けるどころか殺されちまうッスよ!!」
「安心しろ。コイツはこんなナリだがなァ、俺様に勝てるほど、強い。」
マクロスの目が飛び出すんじゃないかと思うほどさらに大きく見開かれた。
「ハァ!?!?レンくん、アニキに勝ったんスか!?一体どうやって!?ちょ、アニキ!!説明してくださいッス!!!」
「よォし。あいつに参加することを伝えろ。あとは任せておけばいい。」
喚くマクロスを無視してボンドルドは司会者を指差す。
「わかった。」
レンはステージへと向かった。