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【7】時代の変化

 ガーシュの町の朝市は、田舎にしてはそれなりの規模がある。

 それというのも列車の開通による利便性の向上により、ヴィルのような研究職にある者やのどかな田舎暮らしを望む者たち、諸事情で身を隠して暮らさねばならない訳ありの者までが、移住してきたためだという。

 今では移住者も少なくなってきたが、かつてのガーシュとは比べものにならないほど人口が増え、必然と市場の賑やかさも増したのだ。

 

(本当に、変わりましたね)


 セラが生まれた時代のガーシュは、人口二百人ほどの村だった。

 兄は生涯をこの町で暮らし、結婚し、子を成して、死んでいった。


 ――『触れたかったよ、セラ』


 もし自分が肉体を持って生まれていたら、普通の家族のように生きて死ぬことが出来ただろうか。

 これまで幾度となく考えてきた自問に、自嘲で答えた。

 良い香りのする露店の一つから、チョリソーを挟んだパンを買う。

 たっぷりの辛子マヨネーズとケチャップがかかっていて、食べるとパリッとチョリソーが弾けるようによい音を立てた。

 道の端でもぐもぐとすべて食べ終えると、持ってきた水筒から水を飲む。

 空腹だったこともあって一気に食べてしまったが、まだ食べ足りない。


(食べ過ぎると眠くなりますからね。栄養も考えて、昼まで我慢しましょう)


 市場はまだ暫く開いているので、先に薬屋を探すことにした。

 周辺の人々に聞き込みを行いながらたどり着いたのは町に一つしかないという薬屋で、町の中央通りに面した立地の良い場にありながらも、古く寂れている建物だった。

 店内は薄暗いが、OPEN、という札が掛かっているので営業しているだろう。多分。


「失礼します」


 一応、断りを入れてドアをひらく。

 カラン、と鈍い呼び鈴の音がした。

 少女のくぐもった声が遠くから聞こえた。

 ややあって、カウンターの向こう側に、口元を布で覆った白頭巾の少女がやってくる。

 出で立ちからして、薬の調合をしていたのだろう。

 セラは少女に会釈をしながら、サッと店内に視線を滑らせた。

 古民家風の店は、ここにいるだけで不思議なぬくもりに包まれているような気がする。

 居心地がよい。

 けれど棚に並ぶ薬の多くはかなり古いもので、改めて手を加えないと使用できないものばかりだ。

 カウンターの向こう側に風邪薬や傷薬といった比較的使う頻度の高いものが並んでおり、それらはまだ新しい。

 実際に販売している薬は、ごく少数なのだろう。

 ふと、カウンターの向かい側の棚に、ハンドクリームが並んでいることに気づいた。


(国民にとって手荒れは、いつの時代も悩みの種ですからね)


 これから寒くなっていくと、さらに必要になるだろう。


「何がご入り用でしょうか?」

「少々、お話がありまして」


 少女の瞳に警戒が宿る。

 セラは自己紹介をして、持参した薬を幾つかカウンターに置いた。


「薬の卸売り先を探しておりまして、置いて頂けないかとご相談にきました」

「えっ、薬師なんですか?」


 少女は目をぱちぱちと瞬くと、セラの薬を手に取ってジッと見た。

 包みを開き、香りを嗅いで、指先につけて口に含む。

 途端に、感嘆の表情に変わった。


「すごい。おばあちゃんの薬と遜色ない……ううん、それより質がいい……!」


 少女は、ハッと我に返るとセラに微笑んだ。

 頭の布を外すと、ふわふわとした橙色の髪が肩にかかる。

 口元の布の下からは、ぷっくりとセクシーな唇とホクロが現れた。


「私は、アイラ。この町で薬屋を営んでるんだけど、私のメインはそっちなの」


 そう言って、ハンドクリームを示す。


「町の人たちが使う分の薬はなんとか作ってストックしてるんだけど――」


 今度は、カウンター奧から薬を一つ取ると、包みを開いてセラに見せた。


「私、あまり腕がよくなくてね」


 そっと眺めて、香りを嗅ぐ。

 それだけで、セラはこの薬が風邪薬であることと、効果が可もなく不可もなしといったところだとわかった。


「あなた、最近町に来たの?」

「昨日移住してきました。古代の森近くの屋敷で暮らしています」

「ああ、あの民家ね。どうしてまた、そんな不便な所に? 町に近い空き家もあると思うけど」

「薬品の研究のために移住してきたんです。古代の森から採れる素材を調べるには、近くで暮らすのがよいですから」

「あの森、研究者からすれば宝庫らしいわね。私は怖くて近づけないわ」


 アイラが肩をすくめる。

 

「遭難したら二度と出られないとか、小さいころによくおばあちゃんから聞かされたの。近づいちゃ駄目なんだって」

「確かに、知識の無い者には危険のようです。かなり入り組んでましたから」

「そういえば何年か前にも、植物学者とかいう人が移住してきたわね」


 おそらくヴィルのことだろう。

 アイラはその話は広げず、奧から書類を持ってきた。


「ここは元々おばあちゃんの店なの。私が継いでからは、ご覧の通り。必要最低限の薬とハンドクリーム専門の販売店。薬を卸して貰えるなら大助かりだわ」


 アイラは行動的な性分らしく、その場でさくさくと交渉を進めていく。


「じゃあ、取り分は3:7ね。もち、7がセラよ。卸売りする場合は役場に申請が必要だから、セラにも書いてもらうことになると思う。書類は用意しておくわ」

「ありがとうございます」

「こちらこそ。どれだけ売れるかによって、今後卸してもらう数とか頻度を決めたいと思うの。最初の納品はいつ頃になるかしら?」


 思っていたより遙かにサクサクと話が進み、面倒な手続きはアイラがしてくれることになった。

 途中で何気なく話した内容からすると、アイラの祖母がこの町最後の薬師だったのだという。

 アイラも薬の作り方を学んだものの、持ち前の不器用もあって生産性が壊滅的に低い。

 それでも薬は必要で、ガーシュにある病院にも卸さなければならない。

 当然手が回らず、足りない分の薬は役場がバルツァー公爵領のベルゼントッシュという街から取り寄せているという。

 配送料だけでもかなりの金額になるので、町内で賄えるならそれに越したことは無いだろうとアイラは言った。

 ウキウキのアイラに店の外まで見送られて、セラは買い出しを済ませると屋敷に戻った。

 魔法で以前自分の依り代にしていた『赤毛の人形』を取り出して、百年ほど前に知り合った精霊を人形に宿す。

 こうして仮の肉体を与えることで、助手として薬品の梱包などを手伝ってくれているのだ。


(ですがまさか、ガーシュに薬屋が一軒だけとは)

 

 薬不足は、命に直結する一大事だ。

 しかし、大きな街で売買するほうが収益が見込めるのも確かである。

 それに薬屋というのは基本的に儲からない職業だ。

 薬師が人を診る時代は重宝されていたが、医者という専門職が台頭してからは、薬師はあくまで薬を作るだけの裏方として扱われるようになった。

 しかも調合には失敗が許されず、緊張感と責任感もついて回る。

 それらの理由から、薬師が減っているという話は聞いていた。

 時代の変化による影響、といったところだろうか。


(時代は変わるものですね)


 セラは自嘲気味に笑った。

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