最終話
セラは、ぐつぐつと煮立ってきた鍋の火を止めた。
蓋をしめて部屋を出る。
しっかりと鍵をかけてから、軽やかな足取りで階下に向かった。
結局、春に行われたセザンの戴冠式を見届けるまで滞在することになったため、王都でまるまる冬を越した。
その間、ポーリッシュ伯爵とセザンは多忙を極め、当たり前のようにセラを顎で使った。
文句を言いながらも、セラはディアンナとして――ポーリッシュ伯爵家の一員として、何かと仕事をこなしたのだ。
その甲斐あってか無事に戴冠式を終え、セラはガーシュに戻ってきた。
リビングを覗くと、夕暮れ時の陽光を浴びながらドルトンが薬草の選別を行っている。
採ってきた薬草に混ざった雑草を取り除く地道な作業だ。
セラはドアの側から、じっとドルトンを見据える。
――あなたの、もっとも大切なものはなんですか?
セラの問いに、彼は長考の末に『命』だと答えた。
彼は、どのような立場になろうとも生き続けることを選んだのだ。
そのため、国家の資金を使い込んだ大罪人として、生涯働くことを贖罪とさせた。
ドルトンの手の甲には、罪人奴隷を示す焼き印が刻まれている。
(しっかりと働いているようですね)
ドルトンを連れていってはどうか、と提案したのはセザンだった。
提案というよりも、頼まれたというほうが正しいのだが、表向きはセラが望んで『罪人奴隷を引き取った』ということになっている。
それというのも、元王太子を他の囚人と同じ場に置くと、彼の血筋を悪用しようとする者が現れるかもしれないからだ。
かといって、特別枠として扱う余裕が今のアンガストニアにはない。
何より、彼は魔法薬を定期的に摂取しなければならない身体であり、扱いがとても難しい。
そういった理由から、セラがガーシュに連れ帰ってきたのだ。
元々、ドルトン自身が生きると決めたときから、彼の生涯を抱えるつもりだったので構わない。
ちなみに、ドルトンは体調が悪化して獄中死した――ということになっている。
ふと、セラは視線を落とす。
(ディアンナは、ドルトンがこのまま死にゆくのを望まないでしょうね)
彼女はドルトンを愛していた。
きっと、愛した者の幸福を願うだろう。
罪を犯した者であっても、生きている限り償う機会はあるとセラは考える。
もしかすると、ドルトンは今後誰かを愛し、心から微笑んで生涯を終えることがあるかもしれない。
彼の生き方次第では、ありえる未来だ。
今のドルトンは、己が犯した罪やディアンナの死と、向き合っている途中なのだろうけれど――。
「ドク」
罪人奴隷として与えられた名前で呼ぶ。
王太子ドルトンはもういない。二度と彼を本名で呼ぶ者はいないのだ。
彼は小さく頷き、片付けを始める。
彼には今後、魔法薬の代金分はきっちり働いてもらうつもりだ。
ふいに、ドアを叩く音がした。
この叩き方はヴィルだろう。
出迎えると、ヴィルはセラを見て微笑んだ。
それからリビングを覗き込み、ドルトンを睨みつける。
「……やはり、男と二人暮らしはよくないと思うのだが」
「魔法使いですよ、私。危険はありません」
「町の者が、噂をしている。セラに夫ができたと」
「今はそう思わせておけばいいです、そちらのほうが楽ですから」
ドルトンの手の焼き印は、魔法で他人から見えないようにしてあるため、周囲が勘ぐるのも無理からぬことだ。
事情を知っているヴィルは心配らしく、一日に何度もこうして様子を見に来るようになった。
「セラ、今日は……話があって来たんだ」
ドアを大きく開き、彼を屋敷に招きながら振り返る。
ヴィルは後ろに隠していたのだろう、たっぷりの花束を差し出した。
見覚えのある花だ。
すらりと長い茎に、小さな白い花が沢山咲いている。
他にも色とりどりの花が包んであるが、どれも小さな白い花を飾るよう添えてあった。
「以前温室で育てていた花ですね」
「そうだ。やっと、また咲いてくれてな。……開花する頃、伝えようと思っていた。あのとき話した花言葉を覚えているか?」
「ええ。確か――」
セラは、ハッと目を丸くする。
差し出された花を見て、そして、ヴィルを見た。
緊張しているようで、彼にしては珍しく表情が強ばっている。
それなのに、ほんのり目尻の辺りが赤い。
花言葉は、『生涯ともに生きていこう』。
「セラ」
「……はい」
「もしよければ、俺と――」
終
ここまで読んでくださり、感謝致します。
いいねや評価を下さった方々、ありがとうございます。
ブクマも、とても嬉しいです。
ザマァの部分を強調しつつ、主人公を書きたい。
そんなお話でした。