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【12】王家の破滅

 魔法薬を渡す条件として、ポーリッシュ伯爵に「自分も連れて行って欲しい」と告げた。

 予想していたのか、ポーリッシュ伯爵はさほど興味を見せずに頷く。


 急いで旅支度を整え、王都に向かう途中でカルロスが無事に解放されたことを聞いた。

 だが依然としてバルツァー公爵の怒りは収まらないという。

 王家が苦境に立たされたとき、真っ先に救いの手を差し伸べてきたのがバルツァー公爵だっただけに、今回の確執の意味は大きい。


 セラは優しいだけの国王ドーガを思い出し、鼻を鳴らす。

 国王として相応しい男ではない。

 彼の優しさや実直な面に惹かれる者もいるが、国王としての判断力に欠ける者だ。

 ドーガもまた、強く決めれば他者の助言を一切聞かず突っ走るところがある。

 ドルトンへの対応がまさにそれだ。

 これまでどれほどの者が、ドルトンへの対応をドーガに助言してきただろう。


(似た者親子ですね)


 そんなふうに嘲笑し、すぐに真顔になる。

 親子。

 それは特別な絆と血で結ばれた、関係だ。

 そういった意味では、ドーガの対応は当然のことなのかもしれない。


「浮かない顔をしているな。緊張しているのかね?」


 正面に座るポーリッシュ伯爵から尋ねられて、セラはフッと笑った。


「親子とはかくも難しいものなのか、と考えていたのです」

「考えても疲れるだけだろう。セラ殿も親になればわかるのではないか?」


 セラは目を丸くする。


「それは……考えたことがありませんでした」

「子は可愛いものだ」


 ポーリッシュ伯爵は、セラを見つめたまま別のところを見ていた。


 列車が王都の駅に到着した。

 ポーリッシュ伯爵の屋敷でセザンが合流する。彼はディアンナが亡くなっていることを知ると号泣した。

 彼女の肉体を使っているセラを責めるかと思ったが、生前のディアンナが決めたことだからと、複雑な表情を見せた。


 国王への謁見申請は意外なほど早く降りて、ポーリッシュ伯爵、セザン、セラの三人で王宮に向かう。

 馬車のなかは沈黙が降りていた。


 ――命は決して軽くない。


 セラは、ヴィルの言葉を脳裏で反芻した。

 

 ◆


 王宮は驚くほど物悲しい雰囲気を醸していた。

 理由を考えて、かつては頻繁にすれ違った使用人の姿が減っていることに気づく。


「最近、使用人たちが辞めているらしいね」


 セザンの言葉に、セラは首を傾げる。


「解雇されたのですか? なぜ?」

「依願退職だよ。先週頃にね、バルツァー公爵が王家に対する資金援助を打ち切ったんだ。それ以前から離職者は出始めてたんだけど、これが決定的になったらしい」

「……当然でしょうね。何かと国王や王太子の尻拭いをしていたのは、バルツァー公爵でしたから」


 彼は早々に王族を抜けて公爵家へ養子に入ったことを、申し訳なく思っていたらしい。

 そのため、できる限り王家を援助すると言っていた。

 ――だが、それにも限界がある。

 バルツァー公爵は、王家を完全に見捨てたのだ。


「そもそも、なぜドルトンは婚約破棄を申し出たと思う?」

「ディアンナが鬱陶しくなったのでしょう」

「そ。彼にそう思わせたのは、ポーリッシュ伯爵家を敵対視している貴族だ。ディアンナが王妃になり、我が家が力を得ることを阻止したかったのだよ」

「愚かですね。そのようなことをして王権が失墜すれば、貴族社会そのものが破綻するでしょうに」


 そのような事情があることは知らなかったが、なるほど、愚かな貴族らしい考えだ。

 だがもっとも愚かなのは、そのような者たちの言葉に耳を傾けたドルトンである。いや、彼を甘やかして最低限の勉強しかさせず、人を見る目を養わせなかったドーガのほうが愚かか。


「ははっ、セラ殿は本当に辛辣だ」

「そうでしょうか。国王や王太子に興味をもてないから、冷ややかになるのでしょう」

「興味がなかったら、ここまでこないと思うよ。本当は、ドルトンを恨んでるんじゃない?」


 その通りだ。

 興味がないと王都を離れたあとも、ディアンナを思うたびにドルトンへの怒りがわき上がるのを感じていた。

 自分にはどうしようもないことだと言い聞かせながら。

 

 謁見の間に着くと、ドーガが玉座にいた。

 彼の側には、護衛騎士が二人と王族専用医であるアルゼンが立っている。


 ポーリッシュ伯爵は定型的な挨拶を述べると、ドーガを見据えた。


「お話があって参りました」


 ドーガは頷く。どこか安堵した表情をしていることに、セラは違和感を覚えた。

 ふいに、ドーガがセラに視線を向けた。


「ディアンナ嬢、愚息がすまなかった。どうか、許してやってほしい」

(……は?)


 社交辞令の笑みを浮かべていたセラは、そのまま固まってしまう。

 そんなセラを見て何を思ったのか、ドーガは頷いた。


「やはり、ディアンナ嬢の愛は大きく広いのだな。これからもどうか、ドルトンを支えてやってくれ。頼む」


 そう言いながら、玉座から頭を下げるドーガ。

 

(もしかして、再びドルトンと婚約を結ぶために来た、って思われているんでしょうか……?)

「おめでたいにも程があるね」


 セザンの呟きに、全力で同意した。


「――世迷い言は結構」


 ぴしゃりと言い放ったのは、ポーリッシュ伯爵だった。

 ドーガがぎょっと顔をあげたとき、謁見室のドアが大きく開く。


 侍従長に支えられて、おぼつかない足取りのドルトンが入ってきた。

 顔は骸骨のように痩せ細り、目の下には大きな隈が出来ている。体重のほとんどを侍従長に預けるかたちで、彼はゆっくりとこちらに近づいてきた。


「ディアンナ……お前が望むのならば、長期に渡って私へ会いに来なかったこと、許してやろう」


 そう言いながら、侍従長から離れてよろよろと近づいてくる。


「再び、婚約を結んでやっても構わない」


 薄らと微笑むドルトンだったが、ふいに足を止めた。

 ディアンナ――セラと視線が交わった瞬間のことだ。

 彼の表情が、強ばっていく。


「誰だ、お前は」


 セラは彼の言葉に少なからず驚いた。

 冷ややかな目をしているだろうセラを見て訝ることはあっても、はっきり「誰だ」と問われるなんて思わなかったのだ。


「ディアンナはどこだ?」

「死にました」


 セラは、感情のこもらない声で言う。

 謁見室に戸惑いが広がる。

 

「……ディアンナ嬢、何を言っておるのだ?」


 ドーガが尋ねる。

 答えを求めるようにポーリッシュ伯爵を振り返るが、ポーリッシュ伯爵は真面目な顔で無言を貫いていた。


「私は、薬師のセラといいます。ディアンナ嬢からの依頼で、魔法薬の生成を行っておりました」


 つと、セラはドルトンに視線を戻した。


「ディアンナ嬢は、私と取引をしました。彼女は、自らの死後の肉体を私に譲るという条件で、あなた専用の魔法薬を望んだのです」

「……どう、いう……ディアンナは」

「死んだと言ったでしょう? 馬車の事故のあと、あなたが『死んでくれていれば、よかったのにな』と言ったあとです」


 謁見の間の気温が数度下がったようだった。

 ポーリッシュ伯爵とセザンが、目を血走らせてドルトンを睨んだのだ。

 しかし、ドルトンは両手でがしがしと己の頭を掻くばかりで、焦点も定まっていない。


「嘘だ……ディアンナ……魔法薬……ああ、離脱症状は……ディアンナ、が、死……」

 

 彼の前にスッと歩み寄る。

 ドルトンは恐怖したように後退し、尻もちをついた。


「あなたは、王太子に相応しくない。――ディアンナに相応しくない」

「どういうことだ、ポーリッシュ伯爵! ドルトンとディアンナ嬢の婚約を結び直すためにきたのではないのか!」


 玉座から立ち上がり、ドーガが叫ぶ。


「ご冗談を、陛下」


 ポーリッシュ伯爵は取り合わず、セラに続けるよう促した。

 頷いて、セラはより冷徹な目をする。


「ドルトン、あなたの処遇は私に一任されています」


 たかだか一介の伯爵令嬢にそんな権限はない。

 セザンを王位につけるという企みを、当然ながらドルトンとドーガは知らないのだ。

 ドーガが怒りに任せて玉座から何かを叫んでいるが、ドルトンはただ、セラを見ていた。


 彼が患っている不治の病は、呪いの一種である。

 呪詛の色からみても、ドーガの恨みを代わりに浴びているというわけではない。

 幼少期に、誰かの――あるいは何かの――恨みをかったのだ。


 自業自得だ。

 救いようのない愚か者だ。

 ディアンナを傷つけ、やりたい放題生きてきた男なのだから、怒りのまま殺してやりたい。


 ――命は決して軽くない。


 ヴィルの言葉を噛みしめて、静かに息を吐く。

 今ならば、ドーガから王位継承権を貰うだけでよい。

 謀反や反乱、革命として強引に王座を奪わなくてもいいのだ。


 血を流させないために、ポーリッシュ伯爵やセザンは今ここにいる。

 国民は勿論、王族ですら傷つけることなく、国を変えていける――。


「あなたの、もっとも大切なものはなんですか?」


 ドルトンは何も言わない。

 セラは感情のこもらない声で続けた。


「あなたがもっとも大切なものだけを、差し上げましょう」


 王太子の地位がもっとも大切ならば、王太子のまま病に侵されて亡くなればいい。

 命がもっとも大切ならば、廃王子となり、その後は奴隷として生きていくといい。


 もっとも大切なもの以外はすべて奪う。

 それが、セラがドルトンに与える罰だ。


 ドルトンは、がくりと膝をついて肩を落とす。

 視線は床に縫い止められ、ぼそぼそ「ディアンナ」と呟いている。

 喚くことも、反発もなかった。

 しばらくしてドルトンは嗚咽を漏らし、両目から涙をこぼした。


「――陛下」


 怒りに震えていたドーガは、ポーリッシュ伯爵の呼びかけに大きく身体を震わせた。

 ポーリッシュ伯爵は大股で玉座まで歩み寄ると国王の護衛騎士を視線だけで止め、握りしめていた用紙を渡す。

 

 訝りながら手紙に目を通したドーガは、驚愕の表情になる。

 書類にはバルツァー公爵をはじめその他大勢の有力貴族らが、国王交代を望むと記載してあるのだ。

 各々直筆のサインと家紋が入っているので、決して偽造できる代物ではない。

 次期国王にはセザンを推すこと、さらには、国王自ら玉座を退かない場合、強行的な手段に出ることも記されていた。


 謀反が起きても、ドーガに防ぐ手立てはない。

 使用人すらほぼいない王宮で、彼を守る者などいるはずがないのだ。

 

 玉座に固執して殺害されるよりも、大人しく王位を渡して静かに暮らすほうがいい。

 ドーガがそのような考えになることも計算の上。


 予想通りドーガは何もかもを諦めたように、王位をセザンに譲ると誓約した。


 閲覧ありがとうございます。

 次、最終章です。

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