零話
この話は、語り部の続きのようで、完全に別の話と思ってくれて結構です。
一応繋がってはいますが、語り部を知らない方でも普通に読めます。
数日前まで立派に栄えていた街。
しかし、今は見る影もなく廃墟と化してた。
突如現れた殺戮集団に、人々は為す術もなく殺され、瞬く間にのその命の灯火を消してゆく。
そして、もうこの世界にほとんど命がなくなってしまった頃、ただの瓦礫の山となってしまった街に、彼女は立っていた。長い赤髪を乾いた風が攫う。険しい表情は、何者をも寄せ付けぬほど殺気立ち、周囲に気を配っていた。
と、突如凄まじい速さで何処からともなく現れた男が彼女に向かって刃を振るう。横一線に向かってくる刃の腹を手の甲で弾くと、今度は彼女が男に蹴りを放つ。が、男は身をかがめ易々とその攻撃をかわす。少女がギョッとしている間に、男は持ち直した剣を彼女に死角から突き出す。
彼女に避ける術はなく、その刃は少女の肉を易々と斬りつける。続けざまに少女は頭に蹴りを放たれ、体が宙を浮くという不思議な感覚を味わった。しかし、それはすぐに堅い岩にぶつかり、血を吐くような感覚に切り替わる。
間を置かず更に攻めようと剣を振り上げる男を一瞥し、少女は力を振り絞り力の限り叫ぶ。
「――っ炎よ!!」
瞬間、少女の目の前が真っ赤に染まる。
男が炎に呑まれ、見えなくなる。少ししてから、何かが倒れるような音がした。
それを確認したとたん、彼女はふぅと脱力した。
「……お、わった」
しかし、彼女の表情は言葉とは裏腹に悲しげに歪んだ。揺れる瞳が、炎を凝視する。まるで、中にいる男を見ようとするかのように。
その時、聞き覚えのある声を耳が拾った。
少女は目を見開き、驚いたように振り返る。
そこにいたのは、彼女と同じような年頃の少女。黒いウェーブのかかった髪が、炎で赤褐色に染まっている。
どうして、君が。
少女は思うが、口にしなかった。すぐさま彼女の側へ行き、その手を取ろうとした時。不意に、彼女の目が見開かれるのを確認した。そして、その表情が驚きと恐怖に彩られる瞬間を、見た。
「ウィーっ!逃げろっ!!」
彼女が口にするのは私の名前ではない。
彼女はきっと、私の名前すら知らないであろう。
彼女はただ、私に操られた哀れな友を助ける為に此処に来たのだろう。この人は、そう言うヒトだ。
危険だからと、今すぐにでも叱って連れて帰りたい。あの学院なら、きっと安全だろうから。
しかし、その願いが叶えられることは無かった。少女は、鈍い感覚と共に己の胸から突き出た刃をポカンと眺める。
一瞬後に、刃が引き抜かれ、灼熱の痛みと大量の血が溢れ出す。
何が起こったのか理解できぬまま倒れ込み、血反吐を吐く。
ザッという音がして、自分の正面に誰かが立ったのを認識する。激しい痛みに涙を流しながら、それでも少女は震える頭を持ち上げる。
そして、次の瞬間、痛みも忘れて目の前の光景に驚愕した。
「う、そ。お前は、さっき……」
先程炎のなかで倒れたはずの男は、不適に笑い片手を持ち上げる。その指先から、もどかしいほどゆっくりと炎が揺れる。禍々しいほど、深い漆黒の炎。
男は、異常なほど口の端をつり上げると、声は出さずに口だけを動かした。
《おしかったな、私の勝ちだよ。―クロラ。》
それは、何時か遠い昔に聞いた優しい父の言葉。
男は、少女の頬に涙が滑るのを確認した後、躊躇無く炎を放った。
また、守れなかった。