可哀想は劇薬
何とか折れずに背を伸ばしたまま、動揺を抑えるためにミルクティーに口を付ける。舌に触れる甘さに少しだけ心を和らいだ。
「基本は全部同じよ。結婚が出来ない、うまく行かない女性の大半がすること……してしまっていることって何だか分かる?」
「分かりません」
「相手任せの挙げ句に文句を付けること」
「そんなことしてません」
「本間さんがしてないならそれはそれで良いのよ。じゃあデートに行くなら自分でプランを作って提案出来るのよね」
「ぐっ」
「相手が出したのがもし気に入らないプランでも、ニコニコ嬉しいって言えて付き合えるのね」
「うっ」
「間違ってもこの男は全然私の事を愛してくれていないとか、分かってくれていないとか、気遣いができないとか思わないのよね」
「三木元さんはマシンガンなんですか!」
思わず痛すぎる胸を抑えて呻く。覚えがありすぎて死にそうだ。
「振り返りは大事よ。失敗しないことよりも第一にね」
ブラックコーヒーのカップに口を付けてから、三木元さんがサラッと悪びれなく言う。
「本間さん、お母さんとか身近な人とかから伴侶の愚痴をきいた事はない?家事しないだとか、ご飯を作ってもありがとうも言わないだとか」
「あります。めちゃくちゃ聞きます」
「なのに最近よく結婚しろ、それが女性の幸せなんだって言われない?」
「言われますね。矛盾してると思います」
「全然矛盾してなくて、それは彼女たちには当然の事よ」
ふっと憂いを帯びた視線を手元のコーヒーカップに落としながら、彼女が呟く。
「本間さんはシンデレラのその後って考えたことはある?」
「王子様と幸せに暮らしたんじゃないですか?」
「そうかしら。そもそもシンデレラはどうして王子様に選ばれたの?」
「それは、シンデレラが綺麗で性格が良いからじゃないいんですか?」
「それもあると思うけど、私はシンデレラが『可哀想』だったからだと思ってる。可哀想な女性を救う男性って英雄みたいに感じるわよね」
「そうですね」
「でもシンデレラは王子様に救われて『可哀想』でなくなった。歳を経るごとに外見は劣化する。彼女に残されるのは性格が良いという曖昧なふわっとした長所だけだけど…本間さんは何もしなくても性格が良ければ愛されると思う?」
「それは……」
自分はめちゃくちゃ性格が悪いと思わないけど、男性に愛されたことはほとんどない。他にもそんな人は山程いる。有名な曲の歌詞でもありえないと歌っている。
「もちろん、そこでシンデレラが努力して王子様と幸せにくらそうという道もある。でもね、人間は1度あったことは2度目もあるかもしれないって思う生き物なのよ。そもそも女性にとってのシンデレラの魅力って、自分から何もしないでも素敵な人に救って貰えるって話じゃない。そうするとどうなると思う?」
「……分かりません」
「自分は夫に見向きされない『可哀想』な妃だと思うようになる。自分はちゃんとやっている、悪いこともしていない、なのにそれを認めないなんて夫が酷いってなるの」
言葉の鋭さに首筋がヒヤッとして息を呑む。けれど何でだろう、三木元さんは泣きそうに見えた。
「王子様からすれば、英雄になった興奮と充足感が過ぎれば残ったのは、劣化していくだけの自分が面倒を見なければならないただの女よ。面倒を見るなら役立ってほしいし、人間は慣れる生き物だから特に自分が優位だと思う時には感謝を忘れる。そしてシンデレラは『可哀想』だから『優しくするべき』と夫の保護を強請る側に回るから、当然に地位は夫より低くなる。あっという間にみんなが嫌がる前時代的な家庭の出来上がり……『可哀想』は劇薬なのよ」
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