哀しい涙 優しい涙
ペットは家族。
家族を失うのは、心に痛みを負う。
そんな心のありかた。
わたしがうんと、小さい時。
大好きなおばあちゃんに、教わったこと。
その日は、大好きで大切な大切なお友達。
うさぎのペチカが死んじゃった日。
ふあふあで、真っ白くて、さくらんぼみたいなお目目がくるくるした、女の子。
どこに行くんだって、足元についてきたペチカ。
わたしの大切な妹ペチカ。
わたし、聞いたの。
まだ小学校にも行ってなかったけれど、わたし、わかった。聞いたんだよ。
生まれつき、しんぞうが弱かったんだって。
わかってたけど…
それでも、ペチカが起きてくれなくて。
哀しくて、辛くて、心のなかが、冷たくなって。
動物のお医者さんに、どうして助けてくれなかったの!って、ひどいことを言ったりしたの。
あと何日かで、3つになるはずだった可愛いペチカ。
もう、温かなペチカに触れられない。
頭をくっつけて撫でて、撫でて!ってしてくれない。
干し草のような、お日様のような匂いもしない。
優しくぎゅってすると、お返しにしてくれた、おはなでチュウだって…
哀しくて哀しくて、心細くて、いっぱい涙が出たの。
目が腫れて前が見えなくなっても、擦りすぎてヒリヒリしてきても、いっぱい涙が出たの。
わたしに、お母さんたちは言うの。
「そんなに泣いてばかりだと、ペチカが天国行けないわよ」
「笑って送り出してあげないと可哀想よ」
こんなに涙が止まらないのに、笑えですって?
急にお母さんたちが怖いひとに見えて、たまらず、おばあちゃんのお膝のなかに隠れたわ。
おばあちゃん、あのね…
「なぁんだ?」
おばあちゃん、わたし、泣いちゃだめ?笑ってあげなくちゃだめ?
「どうして?」
お母さん、ペチカが可哀想だって言うの…
泣いちゃ、あのこ天国いけないって言うの…
おばあちゃんはわたしを抱っこしたまま、お外にでた。
ペチカがくったりした頃は、まだお昼ごはんの時間だったのに、すっかり日が暮れて、お月さまが見えた。
9月の風は、ほっぺたの涙のあとにあたって、ちょっとだけひんやりした。
「天国はね」
……ん
「天国はね、遠いんだよ」
ペチカ行っちゃうの、やだよおばあちゃん
「よぉくお聞き。天国は遠いけどね、川があんだ」
「ほんの小さな小さな、川がね」
そう言っておばあちゃんは、わたしの手をにぎにぎしながら、これくらいの小ささだねぇ、とにんまりした。
わたしは、おばあちゃんがくちの端っこを上げたことにムッとして、そっぽ向いた。
おばあちゃんも、お母さんも哀しくないんだ!
ペチカが死んじゃったの、哀しくないんだ!
そう言って、おばあちゃんの胸をポカポカ叩いていたら、どんどん涙が出てきた。
困ったような笑顔が、涙でぼんやりにじむ。
「いっぱい泣いたら良いのさ」
おばあちゃんの優しい声がして、はっと顔をもどす。
てっきり、泣かないでとか、笑いなさいって言われるかと思った。
「いっぱい泣いたら、涙が出るだろ?」
…うん
「いっぱい涙が出たら、どうなる?」
……顔も、ふくも、びちゃびちゃなる…
「たくさん、お水が出るよなぁ」
「そのお水、どこに行くのか教えちゃろうな」
「河になんだ」
「ここと、天国を結ぶ、大きな河になんだ」
「そこに、ばあちゃんの小指のつめの先ぐれぇの、小さい小さい小舟を浮かべてなぁ」
しわくちゃの指で、空中に、ふねの絵を描く。
「だぁいじな人達の涙で出来た河が、大きくなって、こっちとあっちを繋げたら」
「その小舟でいつでも帰って来れるんだ」
「もちろん、心だけでな」
……こころだけ
「ペチカだって、おめぇ残してくの、辛いさ」
「ペチカにとっちゃ。大好きなねぇちゃんだもんな」
「だからおめぇがいっぱい泣いて、涙が出なくなったら、次は笑えばいんだ」
「その頃にゃ、ペチカだって舟の扱いも上手くならぁ」
………
「おめぇが、笑ってっかな?どうしてっかな?って、ひょこっと見に来るさ」
日に焼けてまっくろなおばあちゃんの横で、手を繋いで、いつまでも泣いた。
その後、ペチカをお墓に入れてあげる時も、
おばあちゃんのお葬式の時も、たくさん泣きました。
私はもう大きくなりました。
それでも別れは辛いです。
そんな時は
泣きたい自分に嘘をついたりせず、涙が枯れるまで泣いて、私は大きな河をつくるのです。
あのこが、いつでも帰って来れるように。
すっかり大人になった今も、辛いものは辛いんです。