初恋×寵愛 上
愛する人と結ばれることは、幸せなのでしょうか。
愛する人とずっと一緒にいることこそが幸せなのでしょうか。幸せとは好きな人と同じ時間を過ごすことなのでしょうか。ならば、好きな人と離れて暮らす一生は不幸だったと言うのでしょうか。
私の名前は菜乃花。ごく普通の一般家庭で一人娘として育てられ、高校、大学を卒業し、社会人になり、不動産会社に就職した。そこで出会った方と社内恋愛をして、三年付き合ったのちに先日プロポーズを受けた。
彼は明るくて穏やかな性格だ。収入も普通の会社員より少し良くて、自分もこのまま働けば、お互いに自家用車の維持と自宅を購入、子供も一人くらいなら大学まで行かせてあげられそうだ。優しくて、賢くて、私にはもったいないくらいすてきな婚約者さま。そんな彼との結婚は、地元の友達だって、両親だって、みんなが喜んで祝福してくれた。
ひとつ、六月の神様が二人に試練を与えたのか、年度途中に彼の昇進と、県外の本社への転勤の話が決定した。
給料は今よりもっと上がって、家賃手当や住宅手当もその分多く支給される。本社は二年前に移動したばかりの奇麗なオフィスで配属先の部署は海外から戻ってきた先輩方もいたりして、お互いがお互いに刺激しあい、さらに上を目指せるチャンスでもある。
しばらく経ってから彼のマンションにお邪魔した。久しぶりに見る彼の姿は格を増していて。高層階から街を一望できる夜景のすてきなレストランに招待され、彼は言ったのだ。
「配属先の上司が仕事のペアだった菜乃花ちゃんのことも、すごく評価してくれていて、できれば引き続き本社で一緒に働かないかとお誘いがあった」
「先日の返事とあわせて、君の気持ちをもう一度教えてくれないかな?」
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お会計の所で外国人のカップルが何やら店員さんと口論になっていて、店内がざわついていた。それを見かねた彼が席を外すと、仲裁に入る。三カ国後くらいは話せることは聞いたことがあったけど、今までの職場に外国人が来ることはあまりなかったから驚いた。外国語でスムーズなやり取りをする婚約者を遠目から見るのは、すごく、いや、めちゃくちゃかっこよかった。
しばらくするとお互いが納得して、無事解決した様子だった。店内の視線は私の元へ戻ってくる彼に集まる。ブラウンの革靴を履いた、カジュアルスーツの男性。たまの趣味でスポーツジムに通っていて、細身なのに適度な筋肉質で、背がスラッと高く、黒髪でワンレンの毛先が少しパーマがかかった、大人の色気と余裕を持ち合わせている彼。
「そろそろ店を出ようか」
差し出された手につけられた高級腕時計。こっちの夜は冷えるからと、レストランに入る前にふらっと寄ったお店で買ってくれたコート。今月の雑誌で人気モデルが表紙を飾っていた、首元がふわふわのファーが付いた、腰まで隠れるロングタイプの。それを肩にかけてくれてカードでお支払いを済ませて店を出る。
「僕と離れて少しは寂しくしてくれた?」
彼はドライブをしながら自分の車の中で話をするのが好きだ。前に乗せてもらった時も「今だけは君を独り占めしているような気がする」と、言っていた。私はどう反応したら良いのか、わからないのでいつも戸惑う。こんなに良くしてもらっているのに、私は何も答えてあげられなくて。
事前に予約していたビジネスホテルの前まで送ってもらうと、そこでお礼を伝えようとしたら「自分も同じ階の別の部屋に泊まる」と、言われた。「ここの朝食が食べたいから」と、言うのだが、婚約者さまは明日も早朝からの出勤でそんな時間などないはず。車を駐車場に停めて、真面目にエントランスまで付いてきたのだが、フロントスタッフに「満室です」と、言われると、それがちょっと気に触ったのか「残念だなぁ、残念だな」と、言いながら私の予約もお金を払って勝手にキャンセルしちゃって、自分のマンションの鍵を渡してきた。
「僕は紳士だから、今夜は会社にでも泊まろうかな」
にこにこの笑顔で私を自分のマンションのエントランスホール、コンシェルジュのもとまで案内する。「好きなように使っても良い」と、言われても、落ち着かなくて、シャワーを借りたくらいで、リビングのソファーで眠ってしまった。
次の日は、午前中に仕事を終わらせてきた婚約者さまが、インターフォンを鳴らし、上機嫌で帰って来る。「おかえりなさい」と、出迎えると「もう一回」と、言われ、私の何かが足りなかったせいなのか「ただいま」と「おかえりなさい」の、やり取りをそこで何回かした。
新幹線の発車時刻まで、駅近くにある彼のオススメのお店に入ったり、駅構内のお土産屋さんを見て回ったりとしたのだが、どれも私にはお高すぎていて……。唯一、地元にもある喫茶店で気になっていた期間限定の珈琲を呑めたのが嬉しかった。