ー7話 読まなくても大丈夫なやつ
神竜の呪いがなんやかんやと話し込んだその日の夜、辺りは静寂に包まれることなく虫の奏でる綺麗な音色と、月明かりの元に眠っているセルシアを置いて魔女はツリーハウスの外に出た。
そのまま走ることも無くゆっくりと歩き、伝説の竜が匿っている場所へと赴いた。
夜、そしてここは深い森の中。通常なら魔物やら人を襲う輩などがうじゃうじゃといるような条件下の中、この魔女はなんの警戒心もなくずんずん足を進めていく。
警戒心がないのはこの魔女が不意打ちをされて襲われても、返り討ちにできるほど強いという理由ではない、この森には一帯に強力な結界が貼られているためである。
そんな結界を魔力で強度を確かめつつ魔女は目的の場所へと到着した。
「こんばんは」
そしてひとつ静かにあいさつをする。
「どうして嘘をついたのですか?」
それにあいさつで返すことも無く、魔女の目の前にいる竜は問いをなげかけてきた。
「秘密」
「そう、でも。嘘をつくつかないのどちらの選択をとったとしてもこの先、私の身に、そしてあの子の気持ちに何が起こるかなんて、神様でも分からないでしょう」
「それを見てみたかった。という好奇心もあったかしら」
魔女は先日腰掛けていた丁度いい木を見つけ、そして腰を下ろし、続けて話した。
「それにその子、どうするつもりだったんです?」
「見透かされている気しかありませんが、孵り次第私が面倒を見て、そして時期を見定めてあなた方に受け取ってもらえるとうれしい、それだけ」
「本当にそれだけでいいのかしら、あなたの受けた呪い、その子にも伝染しているのでしょう?……それとも、伝説の竜が人間如きに頼み事なんて嫌だったかしら?」
魔女は口角を上げて神竜を見つめる。
「そんな、嫌なことは無いです。そもそも私は『受け取ってもらえるとうれしい』。こう言ったじゃないですか」
負けじと(?)神竜も言返す。神竜は続けて言葉を繋ぐ
「この子に伝染した呪いはある程度軽減したものの、かけられた内容が内容だったから、軽減したとしても、その後の呪物は一般的なものに対してかなり大きなものとなっています」
「あなたがかけられた呪いが必殺の呪い。そしてその呪いは産む前の卵にも伝染した、でもそれをできるだけ軽減はできたってことかしら」
「ええ、流石は魔王、しかも4人と言った所でしょうか、干渉力が非常に低く、その上魔力パターンが複雑すぎて弱体状態の私に完全な解呪は無理だった、竜だからといって意地を張る強気はないわ」
「その言い方だと、私になにかしてもらいたいようね?」
魔女は意味深に笑みをこぼす。
「ええ、包み隠さずに。風の噂でこの世界のどこかに恐ろしい魔女が暮らしている、というのを聞いたことがあります。そしてその魔女というのがあなただということも確信しています。ですが……」
会う前からこの魔女のことを知り、そして会った後にその魔女が今どのような状態なのかを知ってしまったせいか、先程から神竜のテンションはかなり低い。
「今のあなたは、そう易々とその力を使いたいようには見えないわ」
「残念ながらご名答よ。使えないことは無いけども、私はこの力が大っ嫌いです」
魔女は己の片目にある眼帯を抑え、キッパリと言った。
その力があれば目の前の母親の子を救えるというのに、それでもキッパリと、自分が嫌いだから使いたくないと、そう認めた。
「この子は神竜として生まれながら、種の要でもある羽を2枚失った状態で産まれてくるはずです。竜とは不思議なもので、羽が無ければ飛べない、しかし2枚なくとも1枚生えていれば飛翔することが可能なのです。ですから、今のあなたの状態で1枚だけでも……お願いできませんか?」
最後は消え入るような声で神竜は魔女に頼み事をした。
生物の頂点たる竜が、伝説とされてきた神竜が魔女に、人間に声を掠らせ頼み事をしている。
こんな光景、この世界のありとあらゆる場面を探してもいままでもこれからも、この瞬間だけであろう。
「1枚、もしあなたが自分のことを竜だと知った上で、羽が1枚だけしか生えていなかったら、どう思いますか?」
相手は頼み事をしているというのに、されている当の魔女と言えば、なんとも返事をせず問いをなげかけていた。
「私が……ですか。それはもちろん悲しみます。竜族である象徴を無くしているも同然です。2枚得られないと言うなら、1枚ある羽と同時に竜であるという自覚を消してもらいたいくらいです」
「そう……この子も同じことを思うかしら?」
相変わらず質問しかしてこない魔女に対し、神竜はイラつくことも無くたんたんと質問に答えていく。
「それは本人にしか分からないわ、でも、何も思わないことだってあるかもしれない」
「その思っていることが、案外好印象。なんてことも有り得ると?」
「確率はゼロパーセントではないわ、生物全て似たような考えをしているとは限らない、だからこの子も、もしかしたら翼に対して何も思わないかもしれない」
「言っていることがむちゃくちゃ、でもそう。それが当たり前なのが生物……」
お互い、無意識に夜空を見上げる、綺麗な星が点々と輝いている。
それこそ規則性もなくバラバラに。
「魔女様、この子は年が開ける前後辺りで殻を割ります」
突然、言われてもないのに神竜は説明をしてきた。
「人とは違って生まれつき知識は必要最低限備わっています」
「…………」
魔女は振り返りもせず、ただ無言で夜空を見上げながら耳だけを傾ける。
「その時に、単刀直入に聞きます。『翼が欲しいか?』と」
魔女の耳がピクんとはねる。
「生まれてきた瞬間に聞くのもどうかと思いましたが、私たちで勝手に決めるよりは有効だと思っています。それに、生まれてきて1週間程度なら、あなたのその力、通用できるはずです」
魔女は考えなかった。
今の話は赤の他人でもない、そもそも種族すら違う親子の問題だ。部外者である魔女が口出しすることは無い。
「………… 」
だから無言を突き通す。
しかしなんとも思わずに神竜は口を開いた。
「未来の結果なんて無限に枝分かれします。そしてそのうちにどれほど幸せな未来があるかも分かりません。そんな未来を、ヒントも答えもなしに完璧に見つけ出そうなんて天文学的数字のうちのたったの1かもしれません」
魔女はただ静かにその哲学的話を聞き続ける。
「そしてその中不幸の未来を引いてしまったのなら、これはもう『しかたがなかった』と済ますことしかできません、過去に戻ってやり直す、そんなことが出来たとしても、やり直せるのはその人1人だけ、それ以外に取り残された人は不幸のまま」
「すとっぷすとっぷ」
ここにきてやっと歯止めをかけた魔女はスっと立ち上がり、そして神竜の目の前へと移動する。
「言いたいこともして欲しいことも分かりました。だから今は、その子を必死にあっためといた方がいいと思いますよ」
言われて気づいたのか、神竜は見た目によらず慌てて足元にあるたまごを温め始めた。
季節的には夜が寒くなる頃、あと数ヶ月で年も変わるという季節。
今ここで温めなければこれまでしてきた話しが一気に狂う。
「すみません、興奮してしまって」
「自分の大事なものに対して熱くなるのは仕方ないと思います。それから、明日から毎日のようにセルシアがここに顔を出しに来ると思いますが、その時は話を合わせて欲しいの」
「もちろんよ。将来的にあなたに借りをつくってもらっている状況になるもの、断る理由がないわ」
「その言い方だと、私がその子を助けるのが前提みたいな話し方のようだけど?」
魔女は聞き逃さなかった、確かに今の言い方だと、既に魔女が協力してあげてもいい。ということになる。
「まあ、ここで却下なんて出したら、それこそ本当に慈悲のない魔女になってしまうものですし……」
「感謝致します……」
神竜は顔を地面に擦り付け、感謝の言葉を告げる
魔女は無言でその竜を見つめる。
「それではまた年が明けてから」
そして魔女は後談もなく別れの挨拶と同時に次に会う約束をしつつ、振り返って足を動かした。
その姿を目視することなく神竜は今も頭を下げている、我が子の恩人となるかもしれないお方。
頭を下げながら神竜はひとつ魔女についての知識を思い出す、それだけでもゾッとした。
あの魔女には計り知れない力が宿っている、それこそ敵に回したら負けが確定するような、恐ろしい力をもっている。
神竜は世間的に伝説とされて、そして全能とまで称えられているが、それでも限界はある。
1度この森に来た時に魔女の記憶を読み取ろうとしたが、いくら頑張っても1日前の記憶すら閲覧することができなかった、それはもう魔王4人の編み出した魔力網なんかと比にならないくらいに……