ー6話 読まなくても大丈夫なやつ
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どこからか漂ういい匂いが鼻を通り腹を攻撃してくる、セルシアはいつの間にかツリーハウス付近まで戻っていたことに気がついた。
朝日に照らされる入扉から中へ入ると、魔女が朝食の準備をし終わったところで卓上に朝食の盛り付けられたお皿を並べているところだった。
「おかえりなさい」
「た、ただいま……」
一言ずつ言葉を交わすセルシアと魔女は互いに席につき、食事の合図をとった。
「「いただきます」」
食事のあいさつをしたものの、聞きたいことがあったセルシアは目の前にある朝ごはんとフォークには手を出さず、大きな口を開け目玉焼きを頬ばろうとしている魔女に尋ねた。
「師匠、あの神竜は一体なんなんですか?」
今朝聞いた一連のことは何も言わずに大きな括りで質問をするセルシア、それに魔女は答えではないことを、逆に聞き返してきた。
「今朝、話を聞いたのでしょう?それを聞いて、セルシアはどう思いましたか?」
流石は師匠
セルシアは心の中でそう思ってしまっていた。
この森の中でのセルシアの行動なんざ魔女からしてみれば当然のごとく視ることができている、セルシアの言いたいことを分かってこの質問をしてきたのだ。ここは拒まずに単刀直入に聞こうと、なんの躊躇いもなく口を。
「あの神竜にかけられたという呪いをどうにか解く方法はないんですか?」
「ないわ」
聞かれた質問に対し魔女は驚く程に素っ気なく言葉を返す。これに対抗してセルシアは質問の内容を少し変えた。
「だったら、その呪いが発動する瞬間をもっと先に伸ばすことは出来ないんですか?そうすればその伸ばした間に呪いを解く方法だって探しだしてどうにか対処できるかもしれないじゃないですか」
言い方を変えたはいいものの、根本的に言っていることはあまり変わっていなかった。
「魔帝四体が卑劣にも手を組んだというのは聞いたのでしょう?魔帝だなんて一体だけでも世界を混沌に陥れる力を持つというのにそれが四体。考えただけでその呪いを解くどころか発動する瞬間を先延ばしにするという人智をかけ離れた業。考えることすら無意味な程に不可能であることなのよ」
質問の根本的な内容が変わっていないために、師匠の返す答えもあまり変わっていない。
だが、まだセルシアはくじけない。
「師匠!本当にないんですか?!王都には大図書館に禁書室があると聞きます、もしかしたらそこに解決方法に繋がる書物や記述があるかもしれないのに?!」
「王都の禁書室といっても、そうピンポイントに魔帝の扱った魔法の解呪に関する記述が──」
「魔女様!!!」
「?!?!」
いきなり、セルシアから普段呼びなれない言い方で呼ばれた【魔女】は、思わず目を見開き、呆気にとられる。
少女から師匠と言われている立場の人間でなく、この森を縄張りとして住まう魔女として、"世界から恐れられる【幾眼の魔女】"として。セルシアは質問しているのだ。
「……どうしてあなたは、そこまでしてその呪いをかけられた神竜を助けたいと思うのですか?言ってしまえばまだ知り合って十日近く、話を交えた時間だけならばたったの数時間程度にしかならないまだまだ他人でいられるような存在なのですよ」
「そ、そんなの……」
今までの魔女らしからぬ言い方でいきなり問われたことに対し、思わずセルシアは一度言葉を切ってしまう。だがまだくじけない、少女は自然と浮かび上がってきた感情のままま口を開く。
「そんなの、あの神竜が言っていたからです。『まだこの世界の小さなことをうんざりするほど見て回りたかった』って……!」
「そんなことを……本当に?」
「あの時話していたんじゃないんですか?」
「……そんな話は聞かなかったわ」
二人は目の前にある朝食のことをすっかり忘れ、話に夢中になっている。
「ともかく、あの神竜を救い出すことは不可能なんですか?魔女の力を使ったとしても」
「……そうねぇ……」
再び投げられた質問に、師匠ではなく魔女として、考えた。
「ない。と言えば嘘になってしまうお話があるのだけれど」
「本当ですか?!?!」
魔女の口から出てきた言葉にセルシアは思わず席を立つ。
しかし、そのあと出てきた言葉でその興奮した気持ちを少し抑えられることになった。
「その話は本当にあるか分からない、いわば伝説みたいなもの。だって神竜そのものが伝説だなんて総称されているのだから、そこらへんにころころ情報が転がっているのも不自然でしょう?それに、もしあなたの命を脅かすような方法ならどうしていたの?」
魔女は何かを企み淡々と告げていき、再び質問した。
「それでもあの神竜が何も出来ずに、私自身が何もしてやれないまま死んでしまうのは嫌です。だからなにか小さいことでもしてあげたいんです……!」
返ってきた答えに、魔女は再び目を見開いた。
会ってそこまで時間が経っていない生物を、命を使ってまで助けたいと、セルシアはそう答えたのだ。
「……直接的に生命に危機なんかはありませんけど、それを試そうとセルシアの気が許すかどうか……」
「私のですか……?」
セルシアは興奮なんて忘れて少し不安に思えてきた。
「助けられるかもしれない方法、聞いてみますか?」
そんなセルシアに、魔女は冷酷に問う。
「それを聞いたら、私はなんと答えると思いますか?」
YES NOの答えではなく、その先の予想を魔女に聞く。
セルシアが小さい頃から共に暮らしている魔女は、今まであったことを思い出して、セルシアがなんというのか予想をした。
「それは分からないわ」
「そう…ですか……」
なぜかすこし笑みを浮かべている魔女。
「ともかく、聞きますか?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべているセルシアに、説明もせずに返答を待つ魔女。
「時間は長そうに感じて意外と短いものなんです、聞くだけ聞きます」
その方法を実行するか否かの判断は後々にするとして、今はその話を聞くことだけにしたセルシアは、手元にあった飲み物をグビっと一飲みし、覚悟を決めた。
その覚悟を感じとった魔女は、静かに告げた。
「今回の場合、呪いをかけた魔帝四体分以上の魔力量を補い、そしてその量の魔力をちゃんとした意識で自在に扱えて尚且つ、回復魔法と解呪魔法の併用を可能とする、魔法干渉力の高い人を用意する事、それに……」
一連の言葉を全て聞いて、そしてひとつずつ理解していくことにしたセルシア。
魔帝四体分の魔力量
そしてその魔力を扱える
回復魔法と解呪魔法を使えて併用できる
魔法干渉力が高い
そして更に
「今言ったことのできる人とは別の人でもいいから、"自分の命を完全に消し去ってまで"助けてあげたい願いを持つ人が必要ね、なんだったら今の最後の項目が一番大事」
これほどまでに完璧な存在……いるのだろうか。
あまり外の世界のことも知らず、魔女以外との人間とは話したことがないセルシアは、たった一つの考えにしか行き着くことが出来なかった。
「魔女様……できるんですか?」
「最後以外、ですけどね」
「最後……」
セルシアは悩んだ、魔力量や、魔法干渉力に長けていすぎる人間なら、目の前にいる。
セルシアは魔女本人から強さを教えて貰えていないが、この人は強い、日々の授業から伝わってくる。
しかしそれだけでは足りない、魔女は『自分の命を完全に消し去ってまで助けてあげたい願いを持つ人』というのを必須条件に上げてきた。
命はひとつでも尽きると二度と再生することはできない、当たり前のことだ。それを踏まえて自分の命を贄にしてまでも相手を助けてやりたいという気持ちを持つもの、しかしそんなの、なかなかいるもんじゃない。
そんな考えをめぐらせているセルシアに、魔女は補足をするように口を開いた。
「何度も言うようですが神竜は、伝説上の生物だと認識されています。蝶輝種の存在を信じて貰えたとして、森の外にいる人間たちに先程のような思いを持ってる者がいると思いますか?」
「それは……分かりません。私は見たことも無い伝説の生物のために命を使えと言われたら、拒否します」
もちろん、一部の熱狂的な信者なんかは自分の命を削って助けたいと思う人だっているかもしれない、しかしセルシアは違う、その事実がなければ助けようにも助けられない。
「でしょう?では、今はどうですか?あなたは実際に神竜をその目で見た、一度見れば神竜以外の何物でもないような美しさ。でも、まだ出会ってまともに話したことは今日限りだった」
「でも、その今日限りで話した中で、あの神竜はもっと生きていたいと言っていました」
「だからといってその話していることが全て嘘っぱちであなたを騙そうとしている。もしそうならば自分の命を使ってまでと思いますか?」
魔女は、いつもセルシアと話している時よりもグイグイと畳みこんでくる。
何かを試しているような、セルシアはそんな気も感じられた。
「正直、あの神竜よりも私の方が生きていたいという気持ちは大きいです、どんな不利な天秤に賭けたって負けないくらいおおきいです。でも……!」
「……」
力強く手を握りしめているセルシアを、魔女は優しく、微笑ましく見守っている
「でも、世界に生まれてきても両親をその目で見ることも、お話をすることすらできない子どもなんて、もっと嫌です!!!」
「!!」
魔女は驚いた。再び目を見開いた。
『生まれて両親と対することができない子供』
この世界、あまり裕福ではない人や村そのものだってある世界。
親が病気、という境遇の子供ならそういった『両親と話ができない』なんていうことがあるが……
セルシアはそんな経緯でこの言葉を告げた訳では無いのだ。
今の言葉を聞いた魔女が何を考えているのかなんて気にしようともせずセルシアは話をつづけた。
「私からすれば、師匠はお母さんみたいなものなんです!師匠がいなければ私はそこら辺で野垂れ死んでいました、見つけてくれたその日から、『独りじゃなくて良かったって』ずっと感謝しています。もし、もし神竜がそのままいなくなったら、あの卵の中のこどもは一匹でこの森をさまよって孤独になんの楽しみもないまま生活しなくちゃいけないんです……。そんなの、私は、私は死んじゃうことより嫌なんです……!!!」
暫く、静かな時間が続いた。
セルシアは少しだけ目が潤んでいる、そして魔女は、セルシアの持つ思いやりの気持ちを過小評価していたことに、少し後悔していた。
「それに、どうしてか分からないんですが、私、お母さんやお姉ちゃんとのお別れのことを考えてしまうと苦しくなるんです。記憶がなくなっているはずなのに……どうしても、その気持ちだけは強くこびりついてしまっているのかもしれないんです」
魔女は少女がその思いを感じていたことにこれまでで一番の驚きをみせた。だが当の本人は俯いていて魔女の顔なんて見ている様子ではなかった。
「……つまり、あなたは神竜を、そしてあの子供をなにがあろうと助けたい。そういうことですか?」
魔女はあえて命を失ってまでも、なんて言葉は使わなかった。
しっかりと意味を理解しているセルシアは、力強く頷く。
「本当に?」
魔女は目の前の少女にひつこく聞く、しかしセルシアの答えは変わらなかった。
「お願いします」
セルシアの答えた後、その部屋を静寂が包み込む。
「な、なんだか……ここまで来ると申し訳ない気分になっちゃうわね……」
「?」
「ここまで真剣になってくれてありがとう、でももう大丈夫よ」
突然に、真剣な空気に包まれている中、魔女は苦笑気味に言い放った。
……
…………
………………
「!!!!ももももももしかして??!!!騙してましたか?!?!?!」
目の前にいる魔女の姿を眺め数十秒、とてつもなく長く感じたその時間で、セルシアはようやく理解して気がついた。
そう、魔女は初めっから嘘をつくために演技をしていたのだ。
「騙すなんて失礼ね、少しだけあなたを試していたんです、命を削ってまで助けようとする思い、かっこいいですね……」
「いっ、言わないでください?!?!」
魔女に言われてセルシアは先程までの怒りと興奮を忘れて羞恥に顔を赤くする。
「それと、あの神竜にかけられている呪いはもう解いてあります。この前帰りが遅かったのはそれが原因です。あ、夜ご飯美味しかったですよ」
完全にモードが切り替わった師匠は、今まで秘密にしていたことをひとつセルシアに教えてあげた。
「ホントですか?!?!」
事が変わればひたすらに大きな声と高いテンションで這い寄るセルシア。
「ホントホント。それと、さっき話していた呪いを解く方法についての話、あれ全部即興で考えた嘘なんですけどどうでした?!」
「信じちゃうに決まってますよ!!」
なんとも、そこには微笑ましい二人の言い合いが続いていた。
「でも一つだけ。今までの話を踏まえてあなたに伝えておきたいの。いい?セルシア。あなたを輝かせているその生命はたった一つだけ。……記憶を失っているかもしれないけど、"お父様やお母様。それにあなたのお姉ちゃん"だって"あなた自身をとにかく可愛がっていた"の。だからそう簡単に自分の身を犠牲にするようなマネはしないでほしいの」
「……………………」
まるで過去のセルシアの日常をそのめで見ていたかのように、魔女はセルシアの瞳の中に映る平穏な日常風景を眺めながら告げた。