ー5話 読まなくても大丈夫なやつ
文字数(空白・改行含まない):3070字
セルシアは目が覚めると仰向けの状態になっていた、少し手を動かしてその場がフカフカのベッドの上ということに気づくのに数秒、やがて上半身を起こした。
「おはよう、セルシア」
「お、おはようございます……私昨日は……?」
毎朝している挨拶、もしかして神竜と出会った話は全て夢だったのでは無いかと思わせるような日常の始まり。しかし、神竜と会ったのは夢の世界ではなかった。
「昨日の夜はありがとう、お陰様で腹ぺこにならずに済みました。」
「ど、どうも……少しだけ外を歩いてきます」
「朝食の準備をして待っているわ、いってらっしゃい」
セルシアは日課になっている散歩を、いつもなら朝食を完食した後に行くのを今日は朝食を食べるどころか作る前に外へと出てしまった。
自分でもどうしていつもと違う行動を取っているのか、理由は分からないがなんとなく、ただなんとなく早く散歩に出て神竜に会ったらいい事があるかもしれない、と。そんな寝起き思考な発想から散歩……もとい神竜に会いに行く、あの神竜がどんな竜で何をしに来たのかは魔女に聞けば分かるには分かるが……起きたばかりのセルシアにそんな考えを出させる脳みその回転力はなかった。
いつもと違うルートを少しだけ小走りになって進んでいく。神竜の眠っていた場所へと到着したセルシアの目に、つい昨日まではなかったように思える代物が映り込んでいた。
「たまご……?」
たまごである。
たまごと言っても鶏やそこら辺にいる鳥類のたまごなどとは比較しきれないひど大きいサイズだっあ。まだ子供ながらもセルシアの身長の三分の二ほどの大きさがあるそのたまごは、自然的にこの神竜のものと考えて良いだろう。
「あらあら、朝から早いですね。おはようございますセルシア」
「おっおはようございます!……って私の名前!」
セルシアは目の前にいる神竜の迫力に反射的に挨拶を返した、ついこの前まではすぐ傍に魔女がいて、何が起きてもまだ安心して居られた上、魔女がいなかった日はなんかは神竜は眠っていた。なので姿だけならばそんなにオドオドするようなことは無かったのだが……
今の状況においては一対一である、しかも相手はすっかりと覚醒している。
「ふふ。そんなに怖がらなくとも私は暴竜なんかじゃないですよ。それにあなたの魔女が住処としているこの森でなにか行動を起こそうものなら、その主は数えるまもなく飛んでくるでしょう?」
竜なのに、それも最上位種と言われる蝶輝種であるのにも関わらず、その竜の見せる微笑みは、ただの人間であるセルシアの気を許してしまうほどに暖かく思えた。
「確かに師匠ならあっという間に来てしまいそうです。ところでそのたまごはあなたのものですか?」
「ええそうです。その様子だと魔女さんから何も聞いていないようですね……」
「聞いてないというか聞けていないというか……」
今朝、セルシアは自分から神竜のことについて軽くでもいいから魔女に聞くことを忘れてしまったと今更気がつき、小さなため息をついた。
「簡単に説明してあげましょう。少し前にこのたまごを産もうととき、不意打ちに大魔法の餌食になってしまって、必死に逃げてきた先がこの森だったの」
神竜は要求してないのに説明を始めた、セルシアとしてはいい事だったので、無言でその話を聞くことにした。
「竜がたまごを産もうとするとき、それは竜の護りが1番薄くなるときで、それと同時に感知能力もほとんどゼロに近いほどに衰退してしまうの。それ故に不意打ちをかけられました」
今の話を聞いていて、セルシアは疑問になったことを率直に聞いた。
「近くに仲間を居させとけば良かったんじゃないですか?」
「それが出来たのなら、今頃私はこの穏やかな森で憩いでなんていません」
「……?」
返された言葉の意味をあまり理解出来ていないセルシアに、やはり神竜は簡単ではあるが説明してくれた。
「現代この世界に存在する九大魔帝のこと、ご存知ですか?」
「一応最低限のことなら……」
「その九体のうち四体の魔帝が手を組み、絶大的な強烈な魔法を不意に打たれたのです。先程も告げた通り、感知能力が衰退していたもので魔法が放たれた時点ではもう遅く、少し抗う程度で攻撃を正面から受けたのです」
本当にざっくりではあるが、あの伝説とされている神竜があの時に見たほどにまで弱ってこの森に来ているという事実が目の前にあったのだから、嘘だとは思えないが……今の状態をパッと見回した感じ、神竜の鱗には傷一つない、それどころかちょっと前に見た時よりもさらに輝いて見えるほどに美しい躯体だ。
「正面からの強烈な魔法といっても、爆的魔法や物理的攻撃などではなく、体の内側に大きく効果のある魔法……言ってしまえば呪いをかけられたの」
「呪い……ですか?」
「外観無傷、無痛で殺すことの出来る呪い。とっさの判断で発動途中の魔法に干渉して、呪いの内容をほんの少しだけ変えられたのが良かったけれど…」
「変られたってことは……しんじゃったりはしないんですか?」
セルシアは少しは驚いたが腰を抜かすほどびっくりすることは無かった。
だって相手はあの神竜である、存在は確実にされど伝説と謳われている生物、呪いなんてほんの弾みで消えてしまうだろう、そう思っていたのだが……
「一瞬で意識を刈り取られ死に至るものを、三年ほど伸ばすことしかその時は出来なかった……神竜だって混乱はするものよ」
「え…………?」
三年。人間の、それもまだセルシア程の歳なら少し長く感じてしまう年月だって、竜という存在からすればとても短く些細なもの。
それで、今目の前にいる竜は、神竜の命は虚しくも消えてしまうかもしれないのだ。
少しの時間沈黙が流れる。
今は日が登ってすぐの朝、鳥のさえずりと少しのそよ風、登り始めた太陽が照らす光。いつもなら、気持ちよく散歩していたはずなのに。
「神竜さん、その……し、しぬのは、……怖いですよね」
セルシアは一つだけ聞いてツリーハウスに帰ろうとしていた。
「それは、それはもちろん怖いに決まってます。もう十分長く、他の生物なんて比にならないくらい長い時間を生きて、世界中のたくさんの景色場所を見て回ったけれど……それでもまだまだこの世界の、私たち竜種は疎か人間、小生物ですら目に焼き付けて、肌身全身で感じることが難しい繊細なこの世界を…… うんざりするほど見て回りたかった」
「……!!」
『助かる方法はないんですか?』セルシアはそう口にしようとしたものを、止めた。
この神竜が本気を出そうものなら、そんな呪いなんて簡単に抹消できるはずなのだ。しかし、今目の前で静かに呼吸を繰り返す神竜は、自らが産み落としたまごにほとんどの魔力を持っていかれている。
そんな状態で魔帝四体の持つ力を合致させ魔力を圧縮させた呪いを消し飛ばすなど、考える間もなく荒唐無稽な話だ。
「ごめんなさい。も…戻ります……」
今の話を聞いて。一体どんな言葉を返せばいいのか、どうやって話を続ければいいのか、まだ幼いばかりのセルシアは難しいことを考える隙もなく、思わずの一言を告げて神竜に背を向けてしまった。来た道を引き返そうとしていた。
そんな寂しい背中を見つめながら、神竜は優しく呟いた。
「是非、毎日じゃなくとも私の……いいえ、この子に会いに来て一緒に居てくれるだけでも……嬉しな」
その言葉を耳にして、セルシアは無言で走り去った。
その後も、神竜は誰の耳にも届かぬ言葉を、独り言を呟いた。
「この子の名前はあの子にちなんで付けてみるのは、ダメかしら……。きっと二人仲良く暮らして行けると思うの」