ー4話 読まなくても大丈夫なやつ
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神竜を目の当たりにしたその日から十日程が過ぎた。セルシアはあの日以降も毎日散歩に行っていた。
行くたび神竜を見に行っては眠っているのを確認し、そしてツリーハウスに帰る、そんな日々を送る数日、魔女の考えていることがが正しければもうそろそろ目を覚ましていてもいい頃合なのかもしれない。
「散歩に行ってきます!」
普段よりも声のトーンを高くして告げる。
「私もついて行っていいかしら?」
魔女はあの日と同じ言葉をかけてきた、変わらず断る理由も無いのでセルシアは「ご自由に」と、魔女を待たずに散歩に出向く。
二人で森を進んで行き、やがて目的地へと到着する。
相変わらずの神竜の美しさにまた見とれてしまいそうになるところを、ぐっと堪え、セルシアは神竜の顔をのぞき込む。
「師匠、起きてませんよ」
「ん〜あと1日だったのかしら」
「そんな〜」
「なんちゃって。もう目を覚まされているのでしょう、神竜さん?」
魔女は軽くセルシアをからかいながら、視線をずらし神竜の瞼を見つめる。
するとその瞼がゆっくりと開いていき、そこには初めて会った時よりもまた更に綺麗に感じてしまうような、そんな透き通った瞳があった。
「バレていましたか……それにしても、この森に暮らしてる生物は私の気配を感じても動じないのですね」
少し前から目を覚ましていたのか、寝起きとは思えない様子で初めに、こんなことを話しかけてきた。
「ええ、ここ周辺は私がちょっびり強めの結界で囲んでいますから、魔力の影響で外の世界とは違う変異はしてるでしょう。平和なことに変わりはありませんが」
「対魔法、対物理に対しての効果は当たり前に、加えて精神にまで影響を与える珍しい結界すらも重ねているように感じます……そのような芸当を持ち合わせているような者は過去に二人か三人知っている程度」
「でしょう?互いに口を交えたい気持ちもあるでじようから、のんびりとお話をしませんか?」
「構いません。私からの経緯と謝罪も含め少しばかり、人間からすれば長くお話することになります」
「お付き合いしますよ」
やはり魔女は伝説とされている神竜を相手にしても、何にも動じずに話を進めている、今の時点でセルシアには何のことを話しているのかさっぱりである。
この森一帯に師匠が結界を張り巡らしているのは知っていたが、その効果までは知らなかった。しかもそれが何重にときた。
魔女が言うには「かなりの腕前じゃないとどんな結界が貼られてるのか見極めるのは難しいものです」などと言っていた。無論セルシアには結界の種類どころか、この森に結界が張られているなんて感覚すら感じ取れない、そんな魔女の超精密な結界を目の前の神竜はどう感じとったのは分からないが、細かいところまで知っているようだった。
セルシアが唸っている間に魔女は近くにあった丁度いい形をした木を腰掛け代わりにして足を休め、神竜となにやら話をしている…ようなのだが。
口から言葉を発していない。
所謂、無言疎通という魔法なのか、魔女は目を瞑って楽な姿勢になっている、対する神竜もやはり目を瞑っていた。
セルシアは一度師匠に、他のところを散歩していてもいいかと聞こうとしたが、話の邪魔をするのも、自分はされたくないという思いでその場から姿を消した。
恐らく、いや確実に魔女はセルシアがどこかに行ったことなんて把握している、森を出ない限り案外色んな場所を散歩してもいいのだ。
ここの森一体は全て魔女の縄張りのようなものだ。悪意ある者、害のある存在すら通さぬ結界に囲まれているこの森は、魔女のいる限り世界一安全と言っても過言では無いだろう。
そんなことを思いつつセルシアは日が落ちるまで歩き回り、そして一人でツリーハウスに帰ることにした。
ツリーハウスに入ると魔女は不在だった、まだ神竜と長話をしているようで、セルシアは疲れて帰ってくるであろう魔女のために、お風呂を沸かしたり、あまり自信はないが美味しい料理を作ったり、すぐに寝てしまうことも考えてベッドだってフカフカに整えた。
家事はいつも魔女の代わりにやることが多いので手馴れてきていることもあり、魔女が帰ってくるまでにかなりの時間を開けることになってしまった。
暇になったセルシアは、なんとなく本棚に置いてある一冊の本を手に取った。
「片翼の竜……」
意味もなくタイトルを口に出す。
本の内容としては、不慮の事故で片方の翼が無くなった竜が、無くなった翼を取り戻すために、どんな病や怪我でも治してくれる神竜を探し出す冒険に出る物語である。
まだセルシアがこのツリーハウスに来て幼いことに一度読んだっきり再び開いていない本でもある。
他に暇をつぶすものも無かったので、セルシアはその本を折角フカフカにしたベッド……で読む訳もなく、料理を置いてある机の上で一ページ目から読み始めた。
昔まだよく分からなかった所が今読むと何があってこうなったのかが分かる、これが成長なのか、と。セルシアはしみじみ思いながら、いつの間にか寝息をたてているのであった……。