15話 浮かび上がる緑黄の景色
前話の後書きの通りです。
文字数(空白・改行含まない):3281字
『幾眼の魔女』──
この世界の、どの大陸に行こうがその名を知らぬ者など、生まれたての赤ちゃん程度しか存在しないであろう知名度を誇る魔女
数多の不可思議な"眼"を宿し、道阻むものを圧倒するその力。魔女の詳細な情報が広まってないが故に危険な存在として伝えられてしまっている哀しき魔女。
様々な攻撃魔法を気付かぬうちに消し去り、剣や弓の攻撃も踊るように躱す。
傷ができれば即座に癒え、最強の眼を有する魔女として、『幾眼の魔女』の通り名はもっぱら有名である。
『神竜』──
この世界に存在する竜種とはまた違った、おとぎ話でしか聞かぬと言われるほど希少な種族。
その噂に相応しく神竜の持つ力は圧倒的と言われる、何より硬い鱗。全てを無に帰す息吹。そしてその圧倒的な魔力の量。
この世の中に鱗の硬さが自慢となる竜がいれば、魔力の量が自慢となる竜もいる。その竜たちの持つそれぞれのアイデンティティを全て兼ね備えている、戦う場があれば神すら討つことのできるかもしれないといわれる最強の竜種、神竜。
無論、おとぎ話にすぎない存在と伝えられているが…
「これを踏まえて、アル君の言っていることは本当なのかな?」
ちゃんとした確認をするように、スアルヴィルはアルにひとつ質問をした。
「本当です」
返ってきたのは単的な答え。
「アル、さっきの話理解出来てたか……?」
「もちろん理解出来てましたし、その力をこの目でみましたから。嘘はついてないです」
アマリスの心配する言葉に対しても返す言葉は変わらない。
「これだと、『幾眼の魔女』や『神竜』だけじゃなくて、『最魔大陸』についても説明した方がいいのかな……」
「魔女のことも竜のことも全く知らないヤツがその大陸のこと知ってるなんて到底思えないぞ」
「だよねえ……」
スアルヴィルは深くため息をつく。
こんな箱入り娘のようなある意味常識を知らない人間を共に連れて、危なっかしい大陸を渡り歩いて、いるかも分からない人を助けに行く。
まったくもって理解のできない話である。
普通の人間ならばそうそうに切り上げてとっとと解散しているところなのだが、ラッキーなことにスアルヴィルは暇に飢えている。
なにもしないで自室に引きこもりと同様な生活を数ヶ月送るのであれば、ハラハラドキドキするような冒険に出た方が人生楽しいのである。もちろん人助けということも忘れてはいない。
「『最魔大陸』については大丈夫です。私にも分かります」
「ホントか!…んまあさすがに人助けの目的地ってだけあってその大陸くらいは知ってるか」
「アル君はとにかく1秒でも早くその大陸に行って、人助けをしたい、それは変わらないんだね?」
「もちろんです。今にでも出発したい気分です」
「行かないって選択肢はないけど、今から出発って訳にもいけない感じがするんだよなあ」
アマリスはスアルヴィルが座っている椅子を退けて窓の外を眺める。
3人とも口を開くことなく、外からの音が全て耳に入る。
普段であれば子供のはしゃぐ声や商売のために大きな声で道行く人に商品を進めるような声が混じって聞こえてくるはずなのだが、今はそんな状態ではなかった。
それは普段のここを知らないアルも気づいてしまうほど、焦り混じりの騒がしさに聞こえた。
「アル君も気づいての通り、今この国はかなり打撃を受けている状態でね、出発しようにも簡単に出来るかわからない状態なんた」
「無理に行こうとすれば魔道具が使えないおかげで『最魔大陸』まで徒歩だろうな。何ヶ月ってレベルだな」
「そ、そうですか…… 」
「落ち込まないで、ただ出発しにくい状況なだけで、絶対に『最魔大陸』に行けないって訳でもないよ」
落ち込むアルに、励ましになってほしいと言葉をかけるスアルヴィル。
窓を背にしてアマリスもあるの様子を伺っている。
「そういやこの石って結局なんだったんだ?」
突然、思い出したかのようにアマリスは先程アルが触った石を躊躇いもなく素手に取る。
「そういえば!」
その手に取る行動を目の前で見せられたスアルヴィルもまた思い出したかのように声を上げる。
「なんだなんだ急に」
「その石、たしか『幾眼の魔女』が魔力を込めた石なんだよ!!!」
「んなぁっ?!」
「魔女様の……?!」
突然の衝撃発言、その場にいる全員に閃光が走る。
「アル君が触った時に変化が起きたのはなにかしらの影響で魔女の魔力がその石と反応したからなのか……アル君と魔女になにか関係性があるだなんて一切想像してなかったから、その石についても忘れかけていたんだけどね」
「スアルの言ったことが本当ならアルが『幾眼の魔女』と一緒に暮らしてたってのはマジなのか?!」
「恐らく……」
「信じてなかったんですか?!?!」
「んな簡単に信じるわけねーだろ!!」
「あてっ」
アマリスはアルの脳天に軽くチョップをしかける。
「アル君、嫌なら断ってもいい。もしよければもう一度この石に触れてみてくれないかな?」
「わかりました」
頭上を摩りつつアルはスアルヴィルからその石をそつと受け取る。
先程のように手にした瞬間に眩い光が輝くことは無かったが、表現のできない不思議な色でその石は淡く光り出す。
反応したかと思えば今度はその光が石の片側の方へと不可思議に偏る。
「なんだか半々で濃いのと薄いのになったな」
「アル君、そのまま反対を向いてみて」
「こうですか」
言われるがままにアルは足だけを動かして体を回転させた。
それと同時に石の濃淡の場所も変化する。
「ずっと同じ向きに偏るのかこれ」
「あっちの方角にはなにがあったか……」
スアルヴィルはすぐ横の色んなものが乱雑に置かれている棚から適当に地図の書かれている紙を取り出し、卓上にあった物を端っこに寄せてから地図を広げる。
「ここがシールイア王国王都、ここにエルゼスリアの大図書館、僕たちのいる時計台がここだから……」
スアルヴィルは地図に印をつけ、大図書館と時計台の位置関係と窓からの景色と照らし合わせて地形を把握する。
そして地図に石の濃淡を印した上で、濃い方へ真っ直ぐ指でなぞっていくと……
「『最魔大陸』……」
念の為にさらになぞる
「魔核湖……?」
「逆の方は?」
アマリスに言われた通り、スアルヴィルは今度は濃淡の薄い方へと指をなぞらせてみた。しかしなにか大きな地名と重なることはなく、中途半端な結果で地図の縁へとたどり着いてしまった。
必然なことなのか、魔核湖周辺にも特別目立つような建物や地形はなかった。
「こんな分かりやすいものなのか……?」
「情報がこれしかないから仕方ない。いまできることはここに行く以外にないと思うけど……」
隣でアマリスとスアルヴィルが話している中、アルはひとりその地図を覗き込む。
シールイア王国の中にエルゼスリア大図書館ととても目立つ時計台がある。手に握っている石を確認し、スアルヴィルと同じようにして指で真っ直ぐと辿っていく。
そして、先程スアルヴィルが素通りしたひとつの地形にアルの指先は止まった。
「魔核湖って色々あって誰も入れないんだか入る気にならないんだか、そもそも一体何なのかも解明されてないんじゃ……ってアル?なんか気になるものでもあった?」
スアルヴィルと話をしていたアマリスが、アルの指先に止まるその森を見て、何となく聞いた。
「そこは……少し魔力が豊富で悪を寄せつけない綺麗な所だと言われている森だね、特に何も無かったはずだけど…その森がどうしたんだい?」
スアルヴィルも気になりアルに質問した。
「これ……この形……」
アルは二人の質問に答えるのを置いて、指先でその森の外形をなぞる。
「丸くて、次の角が尖ってて、泉があって、空がきれいに見える場所がある……」
「……」
「……?」
何かを思い出し情景を浮かび上がらせているのであろうそのあるの姿を見つめている二人は、無意識に生唾を飲み込む。
「ここは……私たちの住んでいたところ……」
再び、その場に衝撃と閃光が迸る。
そこはかつてアルと、アルが魔女様と呼び慕う『幾眼の魔女』と、さらに神竜と共に住んでいた豊かな森に囲まれたツリーハウスのある地形に実にそっくりであった。
幾眼の魔女……
危険な存在ではないんですがね