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文字の壁


「どうしたの?」


「……文字が読めない」


「文字って……はぁ!? これ共通文字よ?普通の人間だって読めるはず……まさか学がないの?」


 困惑のような哀れみのような、そんな表情で俺を見るヴェルネ。

 この世界の文字はいわゆるミミズ文字らしい。しかもかなり独特なやつ。

 現代でも下手な文字がミミズ文字みたいと言われてるみたいだが、その比じゃない。完全に別文字だ。


「いや、違うから。たしかに魔物とか魔族とかこの文字みたいな知識はないけど、常識はあると自負してるから」


「化け物を平然と倒したり人を地面に埋めたりする奴が常識を語らないでよ」


 辛辣なツッコミである。


「ともかく、俺の故郷とは違う文字なんだよ」


「あんたんとこの文字ってどんなんよ?」


「こんな感じ」


 そう言って紙の隅っこに「あ」と適当に書く。


「……何これ?」


「あ」


「あ?」


 多分聞き返しているのだろうが、眉をひそめているせいでメンチを切られているようにしか見えない。


「そうだ。ちなみに『い』『う』『え』『お』とそれぞれこういう感じで文字を当ててる」


「……なんだかミミズ文字みたいね」


「奇遇だな、俺もお前らの文字が今そう見えてる」


 向こうから見た俺の世界の文字もそう見えるらしい。

 だけど……そうだよな。別の世界ってことは日本から出た外国のようなもので、今は文字がわからないだけだが最悪、言葉も理解できない可能性もあったってことだ。

 言語だけでも理解できててよかったと今更ホッとした。


「それならヴェルネか、えー……イル?どっちか俺の代わりに書いてくれないか?」


「えっ、別にいいですけど……」


 困った顔でそう答えるイル。

 ヴェルネの方はニヤニヤとバカにした笑みを浮かべる。


「書いてほしいならまずは土下座からね!次に『私はあなたの奴隷です。どうか無知な私の代わりに文字の代筆をお願い致します』って言いなさい!」


「え、何、抱いてほしい?わかった」


 プギャーとでも言いそうなヴェルネの上から目線な言葉を全て無視して彼女を抱き寄せた。


「ちょっ……誰もそんなこと言ってないでしょうが!はなっ……離しなさいよッ!離せ!」


「じゃあイル、俺の代わりに書いてくれるか?」


「えぇ、普通に呼び捨て……まぁいいですが。初対面なのにずいぶん馴れ馴れしいですね?」


「悪いな、こういう性格なもんで。敬語は難しいが……名前だけでもイルちゃんって呼んでおく?」


「いえ別に……どっちでもいいです」


「無視すんなッ!」


 腕の中でギャーギャーと騒ぐヴェルネを無視してイルに代筆を頼む。


「ではまずお名前を」


「柏木 和」


「カシワギ=カズ?貴族の出身なんですか?」


「いいや、俺んとこじゃ普通だよ。ややこしいようならカズだけでいい」


「はぁ……ではご年齢は?」


「二十」


「ご出身は?」


「地球の日本」


「……チ、チキュウノニホン?」


 なんだか一つの変な町の名前みたいになった。一応どっちかのワードが引っかかると思ったんだがハズレらしい。


「そこを書くのは必須か?」


「いえ、別に」


「なら飛ばしてくれ。スキップだスキップ」


「わかりました。では種族は……人間でいいですよね」


「正直コイツを普通の人間とは思えないんだけど……」


 ついさっきまで暴れていたヴェルネが諦めており、俺の腕の中で無気力にそうボヤいた。


「なら超人種とかか?俺はただ鍛えてただけで別に特殊能力とかはないんだが」


「普通に人間にしておきますね。それじゃあ最後に……戦闘経験はありますか?」


「ある」


 最後の質問には即答できた。

 人間相手もしたことあれば、さっきのクレイジースコーピオンとかも倒したから、特殊過ぎるもの以外なら大丈夫だろうからな。


「経験あり、と……ちなみに今は魔物の素材を持っていますか?」


「素材……まぁ、コイツの殻でいいだろ」


 クレイジースコーピオンの殻をいくつか取ってあったので、それをテーブルの上に出す。


「えっ、これ……」


「クレイジースコーピオンの殻」


 すると周囲が一気にざわつく。


「おい待て、どういうことだ?災害級の魔物の素材だと!?」


「そういや、さっき北門で騒ぎがあった時にクレイジースコーピオンの死骸が転がってたような……」


「まさかアイツが倒したのか?」


「そ、そんなわけ……」


 そこら中に動揺が広がり、素材を一目見ようと覗き込もうとする奴までいる始末。

 そして素材を差し出されたイルは口を開けて唖然として固まってしまっていた。


「うーん、やっぱりそんなに凄いもんなのか、コレ」


「そりゃあね。災害級の魔物の素材なんて滅多に出回るものじゃないし、買い取ろうとしようもんなら破産覚悟よ。国の予算でも難しいでしょうね。だからさっきの解体屋は売ることに成功すればかなり儲かるはずよ」


 まだ金貨の価値まではわからないけれど、そう言われればどれだけ凄い価値があるのかが俺でも理解できる。

 目の前にいるイルなんて「お……おぉ……!?」と目の前に大量の金塊でも出されたかのように触ろうか触らないでおこうかと両手が宙で止まり、プルプルと震えている面白い反応をしていた。


「……で、これでいいのか?」


「え……あっ、ひゃい!これで大丈夫でひゅん!」


 イルがテンパり過ぎて噛みまくる。

 これはこれでヴェルネとは別の面白さを感じてつい笑ってしまい、イルの顔が赤くなる。

 そしてその後、ここでのルールをイルに翻訳して説明してもらうことになり、俺は晴れて冒険者という職業に就くことができるのだった。

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