前編
私はいわゆる貧乏貴族の令嬢だ。名前はリースフィ・ターロル。
家系が家系なので私も父様や母様と同じように位の同じ貴族の子息と一緒になり人生を歩んで行くのだろうと思っていた。しかし、ほんの半年前、私の元に国王から手紙が届けられた。
現国王の子息、レイアス王子との縁談である。どうやらたまたま私を見かけたレイアス様が一目惚れした……らしい。
是非とも将来の伴侶に、と。
うち、ターロル家は武闘派の家系である。代々受け継いでいる秘技なんかも存在する。武闘を極めたご先祖様が貴族に成り上がったというわけだ。
そんな武闘派令嬢と王子ではまったく釣り合わない。丁重にお断りしたのだが、向こうが本気も本気で、非常にしつこく、私が根負けしたというわけだ。
今日は婚約者であるレイアス王子を訪ねた。メイドに連れられて、城の廊下を歩く。
「レイアス王子は中庭にいらっしゃいます」
「そうですか」
少しドキドキする。半年前の婚約成立から今まで、レイアスは会いに来る、または行く度に直球で愛を囁いてくれる。正直恥ずかしくなるくらい。
それもあり、私は王妃として彼を支える覚悟を持ち始めていた。
と、ドレス姿の少女とすれ違った。
「こんにちは」
栗色のロングヘアを揺らして頭を下げる。純朴そうで可愛らしい。
「こんにちは」
私が返すと、会釈をして去って行った。
中庭へ通される。
「リース!」
中庭の丸テーブルとイス、用意されたティータイムセット。銀髪の青年レイアスが嬉しそうに駆け寄ってきて、私の両手を握る。
「よく来てくれたね。さぁ、お茶にしよう」
「はい、レイアス様」
会えない間の出来事をお互いに話す。その時間は信じられないくらい幸せだった。
それなのに。
数週間後のパーティーにて。
参加した私は耳を疑った。壇上に立つのはレイアス王子と以前見かけた栗色の髪の少女。
「私、レイアスはこのサリア嬢と婚約する」
高らかに宣言した。
呆気に取られる。どういうこと?
見ると、サリアという少女が私を見てクスリと笑った。ばかにしたような、鼻につく笑い方。
「現婚約者であるリースフィ嬢、前へ」
私は王子に言われた通り、壇に近づいた。
「そなたとの婚約は破棄する」
「……何故いきなりそういうお話になったのですか? 私が何かしましたか?」
困惑気味に問うと、レイアスは汚いものを見る目で私へ視線を向けた。
「自分の胸に聞いてみてはどうだ?」
「……心当たりがありません」
いくら考えてもわからないのだけど。ほんとになんでいきなり?
「サリア、話してくれ」
サリアが一歩前へ。
「そちらのリースフィ様はレイアス様という者がありながら浮気をしていたのです」
いや、待って。初耳です。
「してませんよ。レイアス様の他にそういった方はいません」
「嘘を吐くのか、リースフィっ」
その顔はまさに激怒。
「嘘も何もしていません。何か証拠でもあるんですか?」
私が眉を寄せて言うと、二人はあっさりたじろいだ。
いや、ないんですか? 嘘でしょ。
「いや、そなたはそういう人間だ」
……なんだって? この男、わたしが浮気をする人間だとそう言ったか?
「私は確かに見ました。リースフィ様が男性と楽しそうに街を歩いているのを」
他の貴族達がざわつく。
私はこほんと咳払いをした。
「そのような事実はありません。サリア様の見間違いでしょう。……とは言え、レイアス様が婚約を破棄したいということでしたら素直に受け入れましょう。しかし、レイアス様。我がターロル家と交わした規約は覚えておいでですね?」
「……?」
レイアスが眉を寄せる。
「なんの、ことだ?」
「こちらでは計三回お断りの連絡をさせて頂きました。底辺貴族の娘でありながら王家に嫁ぐなど恐れ多いと思ったからです。しかし、あなた様の情熱に負け、こうして婚約者となりました」
一度言葉を切って、
「その時に父が条件を出しました。何度もお断りした上でのことです。もし、この婚約に関して何かしら揉めた時はとりあえず、拳で語り合うこと、と」
そう、父が私の立場が不利にならないように計らってくれたのだ。
「え……?」
サリアが目を見開く。
「レイアス様はそれを了承したと記憶しております。『揉めごとなど起こすはずがない、私はリースフィ一筋だ』と宣言されていました。つまり、この状況、揉めごとですね?」
パーティー会場がシンとなる。
レイアスはいつの間にかだらだらと汗をかいていた。
私は大きく息を吸って、指をポキポキと鳴らした。
「さぁて、サリア嬢。拳で語り合いましょうか。あなたが勝ったら大人しく身を引きます。私が勝ったら浮気などという嘘のレッテルを貼ったこと、謝罪して頂きます」