2.【門】。
本日二話目。
景色が、少しずつ実像を掴む。
目の前に広がり始めるのは、学園の外装。
内装と外装、と呼ばれ分けられる2つは。
幻想と電脳にそれぞれ特化した防御壁なのだと、学園の創始者たちは語っていたらしい。
始まってから幾百年。
その間、常に防御壁の術式は更新され。
常に最硬度の壁を作る意味を知らない者は、いないと言い切ってしまっても良い。
様々な世界を繋ぐ世界。
その世界からの物資と、人とを受け入れる姿は。
傍目から見れば、汎ゆる可能性を奪い続ける無限の胃袋と同じ意味でもあったから。
新たに生まれた可能性と争い続け。
奪い尽くした可能性は閉じられ、更なる何かが生み出される。
そうやってこそ、今の新西暦は継続を続けている。
そんな奈落の入り口の門の前。
未だに閉じ続ける別世界への入口の前から。
姿は見えないが、幾つかの話し声が聞こえてくる。
これも、聞いていた通り。
接続者と共鳴するまでの間は、同じ学園に所属するものであっても姿は見えないとか何とか。
それを常識のように語っていたあの人は。
既に、俺の手の届かない場所に行ってしまったのだが。
「おい、誰かいるんだよな?」
「いるに決まってるでしょ。 学園の基礎くらい聞いてこなかったの?」
「生憎強制で呼ばれた口でよ、悪かったな。」
姿が見えないからこそ、分かることもある。
意図的に口を閉ざし、周囲の話し声に耳を傾ける。
「あの、まだ始まらないんでしょうか?」
「みたいだな、どれほど掛かるかまで聞いて来るべきだったか。」
「早く呼ばれねーかな! 長老から逃げてきた甲斐があったぜ!」
「どのような接続者になるか、考えが止まらんな。」
戸惑う者。
当たり前のように佇む者。
興奮しているのか、声を荒げる者。
そして、俺のように周囲を伺う者。
其の声色はどれも若く、けれど聞こえる高さはそれこそ様々。
合計としては……この場にいるだけで、十人は超えているとは思う。
ただ、それも気配と少しだけ違う声色を鑑みてのこと。
俺の身長が丁度1.75m。
これを基準とするならば、足元を走り回るような1mに足りるかどうか程の小さい者もいれば。
それこそ数m規模にもなるだろう、かなり上の方から聞こえる声もある。
嘗ての西暦の頃の基準がそのまま続いている新西暦では、しぶとく生き続けていた長さや重さの基準は死滅したものもあった。
可能性基準として統一されたとは聞くが、幻想系統だとまた違うのだろうか。
無意味な事を思いながら、扉から投げかけられる声を待った。
そんな折に、背中に感じる妙な感覚。
「あ……ご、ごめんなさい。」
「いや、良い。 気にするな。」
誰かが当たって、離れていくような感じ。
見えないだけで、触れること自体は出来たのか。
そうなると、声が聞こえていた距離も案外改変されているのかも知れない。
『ザザッ――――。』
思考の海に沈もうとする其の寸前。
写本機から聞こえた、ノイズ混じりの音声。
途端に押し黙る周囲の声。
それは、各々次第で意味合いが違っていたけれど。
俺が抱いていたのは――――。
溢れんばかりの興奮を。
少しばかりの冷静さが覆ったような、そんな感情だった。
写本機からの声は、音は。
次第に意味を成して。
確かに、俺たち全員へと届いたように思えた。
複数から発せられているはずなのに。
全く同時に、ズレもなく。
『汝ら――――【学園】に、何を求める?』
何も、と声がした。
接続者を、と声がした。
富を、と声がした。
未来を、と声がした。
――――未知を、と声を発して。
全ての声の余韻が静まる頃。
門が、ぎぃい、と音を立て。
各人を、各人の場所へと送る【門】へと姿を変えた。
其処からは、誰も声を出さずに。
一人ひとりが、その先へと消えて。
後には、誰も残らずに。
周囲の気配が無くなったのを感じながら。
最後の一人として、其の中へと足を踏み入れた。