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星降る夜には告白を

作者: 新夜詩希

「今夜8時、学校の屋上に来て欲しい。多分いいものが観られるから」


 ……我ながらかなり思い切った事をしたと思う。晩秋の晴れ間の、一時の気の迷いだったのかも知れない。言われた目の前の女子生徒は当然困惑。頭に大きな?マークが浮かんでいるのが分かる。そりゃそうか、幼馴染とは言えこう面と向かって話したのは、さていつ振りだったか。記憶すら定かじゃない。


「じゃ、そう言う事で……」


「えっ、ちょ……」


 気恥ずかしさから、僕は相手の返事も待たずに走り出す。後ろで他の女子生徒がキャーキャー嬌声を上げているが気にしない。不躾なのはしょうがない。僕はそんな器用な方じゃないのだから。




 僕は不二織(ふじおり) (けい)。高校2年生の男子。この高校でただ一人の天文部の生徒だ。……って、先日先輩達が引退した為部員が僕一人きりになり、同好会に格下げを喰らってしまったのだった。まあそんな細かい事はどうでもいい。星を観るのなんて一人でも出来る。一応あと一人でも入部してくれれば部に戻れるらしいけど、独りが嫌な訳じゃないし特に勧誘しようとかは今の所思わない。……部費が減額されたのは正直ちょっと痛かったりはするが、まあ何とかなるだろう。

 それでも、同好会活動をしない訳にはいかない。何も活動しなければ格下げどころか御取り潰しを喰らうかも知れないという顧問の話を受け、どうしようと焦っていた所に今夜お誂え向きの天体ショーがある事を思い出した。

 ここ最近はずっとぐずついた天気だったが、今日は朝からよく晴れ、天気予報も明日までは全く心配ないとの事。元々天体が大好きだった僕は、目前に控えた天体ショーに珍しくテンションが上がってしまい、珍しくこの喜びを誰かと分かち合いたいと思って幼馴染の女の子に前述の誘い掛けをしてしまった。

 彼女の名前は喜島(きじま) 美夜(みや)。僕と同じ高校2年生で、家が隣同士な事もあって付き合いはかなり古い。地味な僕と違って快活な美夜は男女通じて人気者で、いつも誰かと一緒にいるような娘だった。

 昔は常に一緒に遊んでいた仲だったのに、その立場の違いもあってか徐々に疎遠になっていた。疎遠と言っても会えば挨拶くらいはするが、一緒に出掛けたり二人きりで話し合ったりなんて事は殆どない。……なのにどうして、今回に限って僕は美夜を天体観測に誘ったのか。とは言え、美夜が今も天体が好きなのは間違いない筈なので、せっかくだし……と自分に言い訳を繰り返して今夜の準備を進めたのだった。




 そんなこんなで、現在夜の8時をやや回った辺り。僕は誰もいない学校の屋上で一人佇み、毛布に包まりながらぼけーっと夜空を眺めていた。宝石を散りばめたような満天の星空は手が届きそうな程に近く、今にも降って来そうな程に圧倒的な輝きに満ち満ちていた。この学校は住宅地や繁華街からも離れており、街の灯りが極端に少ない事も手伝って絶好の天体観測日和となっている。一応備品の望遠鏡も用意していたが、それすら必要がない程にはっきりくっきりと星を観測出来た。

 美夜はまだ来ない。元々返事を聞いていないのだから、来なくても文句を言えた義理じゃないが。学校の許可は取ってあるし後からもう一人来ると伝えてあるので学校に入れない事はないと思うが、よく考えたら女の子一人でこの時間に家から抜け出して学校まで来るのはかなり難しいかも知れない。今更になってそんな問題点に思い至る。……もしかして僕はかなり無茶な事を言ってしまったんじゃないだろうか……?


「あー! いたー!! アンタ一体どういうつもりなの!?」


 そんな心配をしていた矢先、秒で杞憂だったと思い知る。この厳かな夜の静寂を完膚なきまでに打ち砕き、けたたましく文句を捲し立てながら屋上に入って来た女子生徒。何を隠そう、僕が天体観測に招待した幼馴染・喜島美夜その人だった。


「やあ美夜。良い夜だね。ホントに来てくれるとは思わなかったよ」


「何カッコつけてるのよ。似合わないのよ。あ、でもホントに星すっごいキレイ。アンタが突然あんな場所でいきなり誘って来て更に私の返事を待たずに走り去るもんだから、アキ達に色々勘ぐられてめっちゃ大変だったし恥ずかしかったんだからね!? それで私が来なかったらどうしてたのよ!? つーかそもそも何で電話に出ないのよ!?」


 僕に近付くなり機関銃のように怒鳴り散らす美夜。二人きりで面と向かうのは久し振りだけど、話し始めれば昔の関係性にすぐさま戻った気がした。


「ゴメン、今スマホ調子悪くて……。いやまあ……来なかったら来なかったで一人で観りゃいいかなーって感じだったけど……でもよく来れたね。おばさん達心配しなかった?」


「普通に言っても無理だから抜け出して来たのよ。さっきバレたけど、アンタと一緒だって事で渋々許して貰ったわ。あとで一緒に怒られなさい」


「ははは……覚悟しておくよ」


 美夜もなかなか無茶するなぁ。……まあさせたのは僕か。因みに美夜のお母さんは怒ると凄く怖い。怒られるのは小学生の頃以来だけど、覚悟しておいた方がいいかも知れない。


「それにしても、星すっごくキレイだね。ここ最近天気悪かったけど、今日は雲一つなくて正に満天の星空。確かにこれは一見の価値ありだね! でもこれってアンタが入ってる天文部の活動なんでしょ? 顧問の先生はどうしたの?」


「今は僕一人だから同好会になっちゃったけどね。小倉先生は今日宿直なんだって。だから許可が下りたんだけど。寒くて屋上は無理だって言ってたから宿直室でぬくぬくしてんじゃない?」


「は~……部員も部員なら顧問も顧問だねぇ。まあ確かに結構寒いね。かなり着込んで来た筈だけど、下にもう1枚着て来るべきだったかな……」


 そう言って美夜は身体を震わせた。


「じゃあこれ使いなよ」


 僕は羽織っていた毛布を美夜に掛けてやる。体感温度は一気に下がったが美夜を冷やす訳にはいかない。……ちょっとキザだったかな?


「ん、ありがと。これ、差し入れ。一緒に食べよ?」


 美夜は手に持っていたビニール袋を差し出す。中から熱々の肉まんが出て来た。多分すぐ近くのコンビニで買って来たものだろう。正直小腹も空いて来た頃だし、何よりこの寒空での肉まんは非常に有り難い。


「お、ありがとう。立ってるのも何だしベンチに座ろう。温かいほうじ茶もあるんだ」


「わぁ嬉しい。……眠気覚ましのコーヒーじゃなくてほうじ茶って所が彗らしいけど、肉まんならほうじ茶の方がいいよね」


 僕が招くまま、二人で屋上に備え付けられたベンチに座る。背もたれに体重を預け、上を見上げると変わらず満天の星空。それ以外は何も目に映らない。熱々の肉まんをはふはふと齧り、これまた熱々のほうじ茶で流し込む。11月の夜空の下、肌寒いけど心はぽかぽかと幸せな気分になった。


「そう言えば、何で私を誘ったの? 私が今でも星好きなんて保証はないのに」


「いや、今でも美夜は星が好きなのは確信があった。だって昔僕があげた冬の大三角形をモチーフにしたキーホルダー、まだ大事に付けてくれてるじゃん」


「あ、あれは……別にアンタから貰ったものだからとかじゃなくて……そ、そう、今ハマってるソシャゲに出て来る推しに似た名前の星があるからで……!」


 ……そこまで聞いてないんだけどな。美夜も僅かながらテンションが上がってるのか、まるで子供の頃に戻ったように他愛のない会話を交わす。


「ホントにホントなんだからねっ!? 確かおおいぬ座の……あっ!? 流れ星!!」


 会話を遮り、唐突に大声を上げる美夜。


「ああっ……いきなりだったから願い事し損ねちゃった……」


「大丈夫だよ。だって今日は……」


 そうか、そろそろ時間だ。落ち込み掛ける美夜に頭上を指さす。するとそれに呼応ように……




「わぁ……!!」




 二つ三つと流星が瞬く。そう、今夜はしし座流星群が観測出来る日だ。満天の星空から零れ落ちるように、長く尾を引くほうき星。追い駆けっこでもしているかのように、我も我もと夜空を滑って行く。宇宙の神秘、夜空の奇跡、或いは宵闇のアート。そんな陳腐な言葉じゃ言い表せない程の感動が、僕の心を満たして行った。


「神崎先輩と付き合えますように神崎先輩と付き合えますように神崎先輩と付き合えますように……!!」


 ……そんな感動しきりの僕を余所に、美夜は実にアホらしい願い事を必死になって唱えていた。確かに流れ星が消えるまでに三回唱えると願い事が叶うなどと言われている有名過ぎる都市伝説があるけども。

 因みに美夜の言う神崎先輩とは、校内じゃ結構な有名人で3年生のサッカー部イケメンエース。ご多聞に漏れずモテモテだとか何とか。コイツ目当てでマネージャーになる女子生徒もいる位だとか何とかで男子生徒の大部分からは目の敵にされている輩だ。別に僕は接点も何もないから死滅しろと迄は言わないが、確か美夜も数多いるサッカー部のマネージャーの一人だった筈。何かこう……あんまり知りたくない一面を知ってしまった気が……。


「……お前、あんなのがいいの? あの人結構タラシだって聞くけど」


「あんなのとか言わないでよ。女の子は大体みんな神崎先輩の彼女の座狙ってるのよ。それ目当てでマネージャーになるコ多いしね。アンタみたいな地味男クンには分からないわよ」


 ……そうですか。それならこっちにも考えがある。僕は次の流れ星に合わせて


「美夜の願いが叶いませんように美夜の願いが叶いませんように美夜の願いが叶いませんように」


 自分でもびっくりする位の早口で、美夜の願いを打ち消す願い事を唱えた。


「あーっ!! 何て事してくれてんのよアンタは!! せっかくのお願い事が台無しじゃない!! ……よーし、アンタがそういうつもりなら……神崎先輩と付き合えますように神崎先輩と付き合えますように神崎先輩と付き合えますようにっ!!」


「負けてたまるかぁ!! 美夜の願いが叶いませんように美夜の願いが叶いませんように美夜の願いが叶いませんように!!」


「神崎先輩と付き合えますように神崎先輩と付き合えますように神崎先輩と付き合えますようにっ!!」


「美夜の願いが叶いませんように美夜の願いが叶いませんように美夜の願いが叶いませんように!!」


 願い事の応酬。最早流れ星に合わせてすらいない。傍から見たら『何やってんだコイツら』と思われる事請け合いだが、もうここまで来たら互いの意地の為にも引くに引けない。正直自分でも何やってんだとは思ってますよ、はい。

 そして応酬が10を超えた頃、力尽きたのかどちらともなく応酬は終わりを告げる。


「はあ、はあ、はあ……もう、何やってんの私達……。せっかくの流星群が台無しじゃない……」


「ふう、ふう、ふう……ホント、何やってんだろうな僕達は……。これが不毛でなくて何だって……へ、へ、へっくしょん!!」


 少し汗をかいた所為か、さっきよりもかなり身体が冷えてしまった。温まろうとほうじ茶を飲もうとしたが既に飲み終わってしまっている。……流星群もゆっくり見れてないし、これで風邪でも引いたら本当にバカみたいだ……。


「もう、しょうがないわね。この毛布かなり大きいから一緒に入りなさいよ。そのままだと風邪引いちゃうわよ?」


 そう言うと美夜は左腕を伸ばして、僕が入れるスペースを空けてくれる。


「……いいの?」


「これで風邪引かれたら私が悪いみたいだしね。それに……彗とくっつくのはそんなに……イヤじゃないっていうか……と、とにかく! 早く入りなさい! 入らないなら風邪引いても知らないわよ!? あと必要以上にくっつき過ぎないでねこのスケベ!!」


 さっきの応酬レベルに早口で捲し立てる美夜。……それにしてもスケベって……自分から入るように言っておいて……。


「……んまあ、背に腹は代えられないか……凄く恥ずかしいけど」


「どうせ誰も見てないわよ。風邪引きたいなら無理にとは言わないけどね」


「あーはいはい、喜んで入らせて頂きますよ。ありがとうございます」


 僕は美夜の隣に座り、恐る恐る広げられた毛布に入る。そして美夜が持っている端の部分を引き継ぎ、風が入らないように覆い込んだ。外気が遮断され、毛布の中は外とは比べ物にならない程暖かい。

 ……いや、外気が遮断されただけが要因じゃない。美夜の体温がすぐ傍に感じられるから暖かいんだ。ふわりと香る女の子特有の甘い匂いや、触れ合う肩や腕に感じられるぬくもりが、否応なく心拍数を上げて行く。


「「……………」」


 お互い照れくさいのか、それからしばらく無言で星を見ていた。時折漏れる吐息や衣擦れの音が明確に美夜を意識させ、動悸は更に加速。多分顔も赤くなっているだろう、暖かいを通り越して若干熱くなって来た。心臓がバクバク言ってるの、美夜に聞こえてしまっていないだろうか……?


「……ねえ」


「は、はいぃ!?」


 唐突に声を掛けられて、思わず返答する声が裏返る。


「何で……さっきはあんなにムキになって私のお願い事を否定してたの?」


 美夜と目が合う。その距離約10cm。子供の頃でさえこんなに近付いた事はなかった。頭上の夜空を映し込んだように輝く美夜の瞳。僕と同じように上気した頬。桜色の唇。物心つく前からの幼馴染なのに、今初めて顔を合わせたような衝撃が胸を打つ。心臓はとっくに最高速の早鐘になっていて、口から飛び出してしまいそう。

 ……ああ、そうか。こんなにもドキドキしているのは、美夜が女の子でしかも可愛いからだけじゃないんだ。そんなのは当たり前の事でとうの昔から分かっていた筈なのに、僕は今までその事から目を背けていたのかも知れない。

 今日美夜を誘ったのは誰でも良かった訳でも美夜がたまたま誘いやすかったからな訳でもない。この星空を誰でもない美夜と一緒に見たかったんだ。……そう、僕は




「美夜の事が好きだからだよ」


 喜島美夜の事が好きだったんだ―――




 驚く程自然に、自分の正直な気持ちを口にしていた。思った事がノータイムで口から吐き出されていた。まるで思考と口が直結しているみたいに。

 …………………。って、今僕は何を口走った!? まさか美夜をす、好きだと口に出していたのか!? ちょっと待ていくら雰囲気に当てられたからってそこまで言うつもりじゃ……だって美夜には他に好きな人がいるんだし、いきなりこんな事言われたって迷惑なんじゃ……ああああああああもう穴があったら入りたい程恥ずかしい……!!


「…………………」


 美夜は無言。恐る恐る顔を覗き込むと……今に火を噴きそうなほど紅潮していた。……うーわー……超やっちゃった気がする……。どうしよう……何せ美夜には他に好きな人が……


「本気……なの?」


 蚊の鳴くような声で美夜が尋ねて来た。……さて、どうする。何と答える。自分の気持ちに気付いてしまった以上、口に出した言葉は嘘偽りない本心だ。本心……なのだけど……それを伝えてしまっていいのだろうか?

 何度も言うように美夜には他に好きな人がいる。どう足掻いても美夜を困らせるだけだし、上手く行く事はまずない。今までの関係には戻れないだろう。いっそ冗談だったと言う事にしてしまいたい衝動に駆られる。

 ………………いや、ダメだ。ここでその場凌ぎの嘘を吐いたら、多分一生後悔するだろう。恐らく挽回のチャンスはない。腹を括れ、不二織彗。覚悟を決めろ、不二織彗。当たって砕けろ、不二織彗。例え今まで通りの関係に戻れなくても、後悔するより100倍いい。


「………うん」


 カラッカラの喉から絞り出すように、自らの言葉を肯定した。もう戻れない。本当にこれで良かったのか、という後悔にも似た疑問が不安を煽る。


「……と、と言っても困るよね。美夜は神崎先輩が好きなんだし。ゴメン、忘れて。はは…ははは……」


「……………………」


 上滑りする僕の言葉。無言の美夜。それからしばらく沈黙が続いた。あまりの手持無沙汰に空を見上げる。忘れかけていたけど、今日は本来天体観測をしていたのだった。先ほどまでと変わらない満天の星空。時折瞬く流れ星。……でも、さっきまでとは何となく違う光景に見えるのは何故だろう?


「…………………あのね」


 何時間経過したのかと思える程長い沈黙の後、ポツリと美夜が俯いたまま口を開く。


「さっきね、彗に好きだって言われた時ね……。私凄く……嬉しかった……んだと思うの。ゴメンね今もまだちょっと手探り状態で、自分の気持ちを確認してる所なんだ。

 ……で、神崎先輩と付き合いたい気持ちもまだあるんだけど、その一方でずーっと幼馴染として過ごして来た彗への気持ちも、凄く大きいものだって気付いたんだ。

 彗は小さい頃からずっと傍にいて、何処かいるのが当たり前みたいになってたんだと思う。中学入った辺りからあんまり頻繁には話さなくなってたけど……でもちゃんと私の中には彗がいたし、大切な存在として気に掛けてはいたんだよ?」


 美夜は探り探り、自分の言葉と思いに向き合いながらゆっくりと言葉を紡いで行く。僕は黙って耳を傾けた。


「それでね、神崎先輩はって言うと……さっきも言ったけど女の子はみんな神崎先輩と付き合いたいんだよ。でもそれって、自分のステータスを上げる為だと思うんだよね。『私の彼氏はこんなにカッコよくて凄い人なんだぞー』って言う、一種の自慢の為っていうか……。人当たりもよくて頭も顔もいいし、ホントに凄い人だとは思うよ今でも。神崎先輩には失礼だけどね。

 要するに好きだから付き合いたいのとはちょっと違う気がして来てるんだ、私の中で。みんなが狙ってるイケメンをゲットする事で得られる優越感の為っていうか、みんなが狙ってるから私も足並み揃えて狙ってみたっていうか……ヤバ、ホントに神崎先輩に失礼だコレ……。ここだけの話でお願いね。でも私の他にもそういうコ多いと思うんだよね。もちろん本気で好きな人もいると思うけど」


 あー……言われてみれば確かにそんな感じかも知れない。つまり『好きだから』じゃなくて『イケメンだから・モテるから』という理由で付き合いたいと思うと。男にもそう言った部分は少なからずある。考えてみたら確かに女子の方がそういうの多そうではある。

 僕にはそういう感覚あんまりないけど、友達には何人か思い当たる節がある。……何を隠そうこの美夜もそんな理由で何人かに狙われていたりするのだが……可愛いから仕方ないね、うんうん。


「えっと……それで何が言いたいかっていうと……うーん……何か考え過ぎて頭がグルグルして来ちゃった……」


 頭に手を当ててうんうん唸り出す美夜。これはこれで可愛いんだけど……そろそろ助け船を出しますか。


「じゃあさ、この際はっきりとこう言うよ」


 僕は一つ咳払い。毛布を掴んでいた手を放して、代わりに美夜の肩を掴む。いきなりの事でビクッと身体を震わせる美夜の目を真っ直ぐに見据えて―――




「僕は美夜が好きだ。これからは幼馴染の友達としてじゃなく、僕の恋人として隣にいて欲しい」




 思いの丈を口にした。


「………!?」


 2度目の告白。改めて、と言っていいかも知れない。口に出したら急に恥ずかしくなって、ギュッと目を瞑って下を向く。とても美夜の目なんて見ていられなかった。もう僕には祈るしか出来ない。見えていないけど多分今も瞬いている流れ星に、『上手く行きますように』『OK貰えますように』なんて願い事を必死に掛ける。多分顔も真っ赤になっているだろう。腹を括った筈なのに、不安と焦燥に押し潰されそうだ。心臓は最高速を超えて、今にも身体を突き破りそうだ。

 掴んだ美夜の肩も震えていた。何度も何度も呼吸を整えようと吐息を漏らす。その一つ一つの仕草がとても可愛くて、愛おしいものに思える。どんな結果になったとしても、僕はそれを受け入れよう。……いや正直とても受け入れられない結果になるかも知れないけど……そうなったらまあ、このままフェンス乗り越えて校庭にダイブでもしてしまおうか。そんな不安なんだか開き直ってるのか分からない思考で、酷く長く感じる時間を過ごす。目を瞑っているから尚更だ。

 ……そして、周りに雑音があれば聞き逃してしまいそうな位の小さな声で、美夜から言葉が漏れた。






「…………………はい」






 反射的に僕は顔を上げる。……え? 今、美夜は何と言った……? 僕の聞き間違いじゃなければ『はい』と言った筈……。その言葉を何度も頭の中で確認し反芻し、聞き間違った可能性から来る不安を全力で押し留める。


「……美夜、今、『はい』って言った……?」


「うん。私、彗と付き合うよ。これから宜しくね」


 緊張から解放されたのか、真っ赤な顔で微笑む美夜。その笑顔を見て、じわじわと幸福感が押し寄せて来た。そしてそれはあっという間に僕の心を満たし、堰を切って溢れ出した。


「よっしゃあああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」


「きゃっ!?」


 僕は唐突にベンチから立ち上がる。溢れ出した幸福感は絶叫に変わり、他には誰もいない学校の屋上に響き渡る。正直これでも足りないくらいだ。間違いなく17年間生きて来た中で一番嬉しい瞬間だった。

 一頻り絶叫して屋上を転げ回っていい加減寒くなって来た頃、苦笑している美夜の所へ戻って来た。いかんいかん、いきなりほったらかすとか彼氏としてどうなのか。……自分で言っておいて『彼氏』という響きにニヤニヤしてしまう高校生男子。この奇行で嫌われちゃったらマジでバカみたいだ……。


「いきなり絶叫して転げ回るとは思わなかったよ……。そんなに嬉しかった?」


「そりゃそうだよ。正直またし足りない位。……でも本当にいいの? 僕は神崎先輩に比べてカッコよくないし……」


「私ね、返事するまでの間、もの凄い考えたの。もしかしたら今まで生きて来た中で一番考えたかも知れない。彗とは付き合い長いから、良い所だけじゃなくてダメな所もいっぱい知ってる。神崎先輩ともイヤになる程比べた。

 ……でもね、彗も私の事を同じくらい知ってくれていて、その上で私を好きになってくれたんだって思ったら、やっぱり私が大事にしなくちゃいけないのは彗の方だなって思ったの。神崎先輩は私の事なんていっぱいいるマネージャーの一人くらいの認識が関の山だし。

 そうやって踏ん切りを付けたら、今まで気付かなかった彗への想いがぶわーっと溢れて来て。今まであった楽しかった事やケンカしちゃった事とか、いっぱい思い出したんだ。今まで他の人を好きだとか言ってたのに勝手だよね、ゴメンね」


「そんな事……。でも、それでも僕を選んでくれたんなら全然問題ないよ。正直言えば望みは薄いと思ってたからさ」


「ふふふ、ありがと。彗はやっぱり優しいね。……でもね、さっきの告白の時、あの時だけは間違いなく神崎先輩よりもカッコよかったよ。少なくとも私の目にはそう見えたんだよ」


 掛け値なしに極上の笑顔を向けてくれる美夜。僕はまた照れくさくなって、空を見上げる。そこには変わらない満天の星空。だけど今は僕達を祝福してくれているかのように無数の星が煌々と輝いていた。見上げた時の心境でこんなにも違って見えるなんて驚きだ。今は星空のみならず世界の全てが輝いて見えるけど。


「あっ、流れ星」


 今日何度目か分からない流れ星が、夜空を突っ切るように長く長く尾を引いた。時間的にもそろそろ流星群も終わる頃だろう。僕はその最後かも知れない流れ星に願いを掛けた。




「美夜とずっと一緒に居れますように美夜とずっと一緒に居れますように美夜とずっと一緒に居れますように……」

「彗とずっと一緒に居れますように彗とずっと一緒に居れますように彗とずっと一緒に居れますように……」




 二人の声がシンクロする。僕らは偶然にも同じ願い事を同時に唱えていた。


「なんだよ、真似すんなよ美夜」


「彗だって私の真似っこじゃん」


 二人で笑い合う。そんな些細な偶然が嬉しい。……いや、もしかしたら偶然じゃなかったのかも知れない。二人がお互いを想い合っていたからこそ起きた必然だと、そう思った方が幸せだ。


「あ、そうだ。私天文学部に入るよ。サッカー部は私一人くらいいなくなっても問題ないし、私が入れば部に戻れるんでしょ? ……それに、彗とずっと一緒に居れるしね。ふふふ♪」


「え、マジで!? それは願ったり叶ったり……へ、へ、へっくしょん!!」


 また派手にくしゃみが出た。時刻はもう夜半と言っていい程深まっている。季節は晩秋から本格的な冬に移り変わろうとしていた。日毎に寒さを増す風は、容赦なく肌を凍て付かせる。


「もう、風邪引いちゃうよ? ほら毛布にお入んなさい」


「うう~流石に寒い……それじゃ失礼して……うわっ!?」


「きゃっ!?」


 美夜と一緒に再び毛布に包まろうとしたら、長く引き摺っていた裾を踏ん付けてしまいバランスを崩して転びそうになってしまった。美夜が転ばないように庇いつつ寸での所で何とか堪えたが……不可抗力にも美夜を抱き抱えるような恰好になってしまい、気が付けば美夜と顔がくっつく寸前まで近づいていた。


「「…………」」


 その体勢のまま身動きが取れない。……いや、身体が動いてくれないと言った方が正しいか。その距離約5cm。さっきよりも遥かに近い距離で見つめ合う。身体が動かないという事は目も逸らせないという事だ。思考はホワイトアウト。感覚は美夜の身体の熱と柔らかさだけしかない。

 ………そして僕らは、そうする事が当たり前であるかのように自然と






 どちらからともなく唇を重ねたのだった―――






「ん………」


 触れ合う唇が、身体全ての感覚を代替しているかのよう。その圧倒的な甘さに、倒錯的な衝撃に溺れてしまうかのよう。湧き上がるのは愛しさと幸福感。それ以外は何もない。夜風の寒さすら気にならない。ずっとこうしていたいとさえ思ってしまう。

 永遠にも匹敵する数秒間を経て、名残惜しくも唇が離れた。心と身体を打ちのめす程の、酩酊感にも似た余韻。顔が熱い。少々無理な体勢だった事も相まって膝がガクガクする。際限なく溢れる幸福感は、大げさかも知れないが今ここで死んでも悔いはないとさえ思わせた。


「………付き合ったその日、どころか付き合ってまだ10分も経ってないのに……キ、キ、キス……までしちゃうなんて……ハイペースとかいうレベルじゃない……」


 ……片や美夜の方は何か苦悩している様子。確かに今日の自分の行動にはビックリする事ばっかりだけど、そうやって悩まれるとちょっとショック。


「後悔……してる?」


「……え? や! こ、後悔なんてしてない! すっごく嬉しかった!! ただ進展が早過ぎて軽い女に見られたらヤだなーとかせっかくのファーストキスなのに肉まんの味だったからせめてあんまんにしとけば良かったなーとか『あ……お星さまが私達を見てる……』とかそんな事別に思ってないからっ!! ……ああああ何言ってんだろ私ぃぃ………」


「…………」


 なるほど、急展開過ぎてパニクってただけか。僕も正直また転げ回りたい所だけど、二人して発狂してたら地獄絵図だ。僕だけはもう少し我慢して冷静でいた方が何かといいかも知れない。美夜のレアな表情を充分に堪能する意味も含めて。




 最後の最後、もうお前らには叶えたい願いなんてないだろうと言わんばかりに、今夜見た中では一番短い流れ星が控えめに瞬いた。僕は見守ってくれた感謝と共に、その最後の流れ星に『いつまでも美夜と一緒に居れますように』ともう一度願いを掛けるのだった―――――



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[一言] 面白かったです。幼馴染って良いね!
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