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世間と普通

作者: 西園良

 俺は世間を崇拝している。唯一神の世間様を崇拝するのは当たり前のことである。だが、俺の親友はそうではない。

 俺は親友と気が合う部分が多い。しかし、親友は普通を崇拝していて、彼は普通というものを唯一神と考えているようだ。俺にとって神様は世間様しかいないので、普通様とかいう神を信用するなんて理解できない。

 まあ、世間様のご信託と親友が崇拝している神様の教えには重なるところも多いが。

 俺の学生時代の成績は良かった。そして、親友の成績は普通だった。具体的には、俺のテストの点数はいつも全科目90点以上だった。親友の点数はいつも平均点とほぼ同じだった。親友は狙ってやっているとしか思えないが、そんなことが可能なのかと俺は内心で疑問に思っている。まあ、とにかく俺と親友の学業成績はそんな感じだった。世間様の指示に従えたから俺は嬉しかった。

 中学生の時には俺と親友はテニス部に入部していた。俺は何度も大会に出場して、1、2回くらいは優勝できた。親友は一度だけ大会に出場できたが、一回戦で敗退した。これは普通なのかどうかは分からないし、当人は複雑な表情をしていた。


 そして、俺と親友は別々の高校に入学した。俺は高偏差値の名門の公立高校に入学できた。世間様、見ていてくれていましたか? 親友は良くも悪くもない真ん中くらいの偏差値の高校に入ったようだ。彼はどことなく嬉しいそうだった。普通様とやらの指示に従うことができたからだろうか。俺の高校生活は中学の時と同じようなものだった。成績は上位で部活動も実績を積むことができた。世間様。

 親友から聞いた話だが、彼は高校生活でも普通だったらしい。成績は平均とほぼ同じで、部活動も良くも悪くもないといった感じであると嬉しそうに話していた。


 それから、俺は有名国立大学に現役で入学することができた。今までで一番大変だった気がするが、なんとか世間様の要望に応えることができた。ちなみに、親友は私立の中堅大学に入学した。この時も俺と親友は連絡を取り合って、お互いの状況を語り合った。俺も親友も高校時代と同じような成績で同じような学校生活だった。


 そして、俺は超一流企業に就職して、世間様が求める社会人になることができた。喜ばしいことだ。親友は中小企業に就職して、普通の社会人となった。


 俺と親友は28歳で結婚した。俺の相手はお金持ちの娘で彼女は2歳年下の26歳だ。妻は教養があり、明るい女性である。世間様が求める結婚相手かどうかは確実に断言はできないが、俺は世間様の指示に従えていると思っている。確実に断言できないのは、俺が世間様への信仰が足りないからだろうと考えるとものすごく悔しい。世間様。もっとあなた様に全てを捧げられるように努力します。

 親友は27歳の同僚の女性社員と結婚した。その女性社員は色々なところが普通の女性だった。すごい長所もないが、致命的な短所もない女性なのである。親友は普通の女性と結婚できて、ものすごく嬉しそうだった。

 俺はおめでとうと祝福した。


 俺と妻の間に3人の子どもができた。世間様に褒められそうなレベルの理想的な家庭を作れて、俺は誰にも気づかれないところで嬉し泣きをしまくった。

 親友とその奥さんの間には1人の子どもができた。彼らも嬉しいそうだった。ただ、親友は普通様の命令に従えて良かったと言っていたので、奥さんと喜ぶポイントが若干ずれているような気もする。まあ、喜ばしいことには変わらないので、良いことだと俺は思う。



 休日。俺と親友は店で食事をしている。お互いに休日がたまたまかぶったからだ。俺と親友は久しぶりに直に顔を合わせることができた。ちなみに、俺も親友も妻と子どもの許可を取っている。

「いやあ、お互いに許可とれて良かったよな」

「ああ。お互い理解ある家族で良かったよ」

 俺と親友はそう言って笑い合う。

「やっぱり普段の休日は家族サービスをしているから、今回許可してくれたんだろうなあ」

 俺はしみじみそう呟いた。世間様は休日には妻や子どものために家族サービスをすることを命じている気がするから、俺は全然苦ではない。

「ああ。これは普通様の命令なんだが、やはり唯一神普通様は最高だ。俺を幸福にしてくれる」

 親友は嬉しそうに言った。俺は一言述べたかったが、我慢する。唯一神は世間様以外存在しない。

「おまえが言いたいことは分かる」

 彼は穏やかに言った。

「おまえは世間様の命令と言いたいんだろ。おまえが何を信仰しようが勝手だ」

 彼は続ける。

「でもな、俺が何を信仰するかも俺の勝手だ。だから、おまえに俺の唯一神の普通様を否定する権利はない」

 彼はさらに続ける。

「いや、おまえだけじゃない。俺以外の全ての人間は普通様を否定する権利はないんだ」

 親友は拳を握りしめて熱弁した。確かに、親友以外に普通様を否定する権利はないかもしれない。しかし、少なくとも俺は今は口に出していない。内心でどう思うかは俺の自由なはずだ。つまり、この状況では親友の方が間違っているはずだ。まあ、何を信仰するかという点はこの状況でも正しい。

「分かった。ところで、割とおまえも世間に合わせているよな」

 俺は遠回しに親友もある程度世間様に従っていることを伝える。いや、割と直球だったかもしれない。いやいや、ある程度世間に合わせるのと世間様に従うのは別かもしれない。

「は? 俺は世間のことなんかどうとも思っていないぞ」

 心外だと言いたげな親友の台詞に、俺は反論する。

「その割には世間に合わせているし、世間から外れてもいないじゃん」

 本当は世間様を呼び捨てにするなんて不敬だが、相手に合わせることも大事だからな。

「いや、普通様のご命令が世間とある程度合致してるからだろ。俺は普通様を崇拝するだけだ。ま、普通様のためなら世間に刃向かうなんて朝飯前だってことだ」

 こいつのことだから、本当にやりそうだなあ。まあ、普通という概念が世間様に逆らうことはほぼないから、こいつが世間から外れることもほぼないだろう。

「なら、普通様がおまえに自殺しろと言ったら従うのか?」

 俺は聞く。こいつの普通様の心酔っぷりがどれだけか興味があったからな。ちなみに、俺は信仰対象の世間様が自殺しろと命じたら、喜んで死なせてもらう。比喩ではなく文字通りに死なせてもらう。それぐらい俺は世間様を崇拝している。まあ、寛大な世間様は俺に自殺しろと命じたことはない。世間様が俺を生かしてくれるのは何にも替えがたい喜びだ。ありがとうございます。世間様。

「ん? 偉大な普通様がそんなことをご命令するなんて天地がひっくり返ってもありえない」

 呆れた声色で親友は答えた。

「もしもだよ、もしも」

「いや、もしももへったくれもない。普通様はそんなことをおっしゃるなんてありえない」

「あのさ、普通でいたいなら、普通の会話しようぜ」

「そうだな。普通の会話をすることを普通様は命じている。だが、これに関しては普通様は命じていない」

「そっか」

 もう無駄か。諦めよう。


 それから、俺達は楽しく会話しまくった。

 しかし、俺にとって衝撃的なことが起こることになる。

「あのさ、おまえに言っておかなきゃならないことがあるんだ」

 親友は真剣な顔で俺の目を見ながらそう言った。

「な、なんだよ。改まってどうした?」

 俺は少し戸惑いつつも、真面目に尋ねる。

「驚かないで欲しいんだが」

「それは話題によるけど、努力はしよう」

「ありがとう」

 親友は礼を言ってから、用件を話し出す。

「俺達金輪際関わるのをやめないか?」

「え」

 えーと、ちょっと思考が止まってしまう。

「つまり絶交だ」

 親友は真剣な表情のままそう言った。

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺何かまずいことしたか?」

 思考を再開した俺は焦りのあまり声が少々大きくなった。何故? なんで?

「お前自身は別に悪いことはしていない。むしろ、お前は良いやつだし、俺はお前のことが好きだぞ」

 彼はにこやかに言ってくれた。

「それは嬉しいけどな!」

 じゃあ、どうして絶交なんかしようとしているんだよ。

「普通様の指示だ」

「どういうことだよ!」

「普通様の命令により、俺は超一流の金持ちのおまえと交流してはいけないんだ」

 彼は続ける。

「普通様は普通の身分かつ貧乏でも金持ちでもない普通の人間のみと交流しろ、という信託を俺にお恵み下さったんだ」

 親友は満面の笑みでそう言い切った。なんだよ。そんなことで長年親友同士でい続けた絆を絶ち切るつもりなのかよ!

「いや、考え直してくれよ」

「駄目だ。普通様の言うことは絶対なんだ」

「というか、普通の身分の人間は超一流の金持ちと交流することを喜ぶと思うぞ」

 俺の恐らく正しい指摘に親友は一瞬悩ましい顔をする。

「そう。俺もそれは考えた。それも普通様の望みなのかもしれない。しかし、どちらかしか選べないんだ。だから、俺は可能性の高そうな選択を普通様のためにさせていただく」

 親友は表情を戻した。

「そんなわけでおまえとは絶交しなくてはいけない」

「頼むよ! 考え直せ! 俺達の友情はなんなんだよ!」

「唯一神の普通様の言うことに反抗させようとする奴に友情はない」

 親友はきっぱりと断言すると、そのまま黙って会計をして帰って行った。

 そんな。親友。

 俺は親友との今までの想い出が頭を駆け巡る。楽しかったなあ。でも、こんな終わり方は悲しい。寂しい。

 いや、待て。

 世間様は親友を作ることをお喜びになる。そして、普通の人間と交流することもお喜びになる。つまり、別の普通の身分の人間の親友はあの親友でなくても良いことになる。

 そういうわけで、俺は気持ちを切り替えて、世間様の命令に従せていただきます。

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