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刃華の太刀  作者: RINSE
序章「武蔵正宗」
2/78

合戦宣言

 目の前の武蔵しか視界に入らず周りが黒くなっていく。

 柏木真澄の意識は消えかかっていた。


 スポーツや武道に限った話ではないが、実力のある者は特有の雰囲気というものを持つ。

 常人には感じ取れないが、実力を身に付けた者なら感じ取れる特有の雰囲気。


 柏木は剣道で日本一に輝いた実力者。であれば、当然対戦相手の雰囲気というものを感じ取れる。


 柏木は大きなミスを犯したことを、朦朧とする意識の中で自覚した。

 武蔵と会った時も、会場に入った時も、対面で向かい合った時も、ずっと武蔵の雰囲気を感じ取ろうとした。だが何も感じる事は出来なかった。

 そこに安心してしまった。


 "なぜ何も感じ取れないのか"を必死に考えるべきだったのだ。


 柏木は実力者である。

 試合が始まった瞬間、武蔵の強さを感じ取ってしまう。


 結果、"絶対に勝てない"、という結論に至ってしまった。


 先程まで湧いていた自信が霧散する。その空虚と化した心に津波の如く押し寄せてきたのは、恐怖であった。

 竹刀と視界が揺れる。


「うぉおおあああああああ!!!」


 直後、柏木の怒声が会場内に響き渡る。恐怖心を排除する叫びを発し、自分の竹刀を軽く振る。武蔵の竹刀を払うことに成功した直後、踏み込みと同時に小さい挙動の面を放つ。

 突きの様な鋭い一閃に対し、武蔵は竹刀の(しのぎ)を使って、柏木の竹刀をすり上げる。太刀筋がそれた柏木の竹刀は、結果として武蔵の面に触れもしなかった。

 両者はぶつかり、鍔迫り合いの状態となる。


 会場内では拍手が沸き起こり、歓声が強くなる。

 柏木は先程の動作を思い出し、歯嚙みする。


 すり上げ技が決まると、竹刀をすぐに戻すことは不可能。つまり、決定的な隙が生じる。

 故に先程の柏木には決定的な隙が出来ていた。しかし、武蔵はその隙を突こうとはしなかった。鍔迫り合いになる前に、柏木のがら空きになった小手や面を打たなかった。


 完全な手心を加えられた。そう結論を出した柏木は、眼前にいる武蔵を吹き飛ばそうと全身に力を込めようとした。

 その時。柏木は、面の中にいる武蔵の表情を見てしまう。


 武蔵は、笑顔を浮かべている。

 血走った目に歯を剥き出しにした、狂気混ざる濁り切った不気味な満面の笑み。

 まるで獲物を狙う肉食獣のようである。

 柏木は感じ取る。

 斬られる、と。

 柏木は思い出す。

 刃華とは何かを。


 刀に選ばれた人間。常人とはかけ離れた身体能力と、特別な異能力を身に付けた人間。進化した人間。刀そのものと称される人間。

 人間が刀に選ばれ刀に成る。人間が刃と化す。

 その出で立ちは、まるで華が咲き誇るよう。




 故に、「刃華(じんか)」。




 呆然とする柏木が気づいた時には遅かった。武蔵が腰に力を入れ、柏木を後方に押し飛ばす。先手を取られたため、追い打ちを警戒する。吹き飛ばされた力を利用し、大きく後方に飛ぶ。

 武蔵は追撃せずその場に踏みとどまる。

 またも武蔵の手心を感じ取る。追撃する必要無しと判断された。柏木は怒りを抑えるように息を吐き出すと警戒を強める。


 再び両者、中段に構える。

 柏木の瞳に映る武蔵は、まるで仁王像の様に大きく見えていた。恐怖から見えるその映像を払拭するように、すり足で間合いを潰していく。両者の剣先は離れており、人一人が入れる程の間合いが生じている。


 武蔵は間合いの広さを確認し、大きく振り被る。両腕を上げ、竹刀が自身の背中に隠れるほどに。

 面狙いだという事は誰が見ても明らかな、隙が多い大振りの一打。練習でしか見られないような一打を放とうとしている。


 武蔵の右足が、踏み込もうと動く。己の面に竹刀の物打(ものう)ちが届くと確信した柏木は胴を狙い、打ち抜けようとする。 

 体裁きで攻撃をやり過ごそうと全身を動かそうとした。




 瞬間、柏木の右手に衝撃が走る。

 耳には踏み込みの音、竹刀が何かを打った音が飛び込んでくる。

 そして、武蔵の咆哮が場内に響き渡る。




 何が起きたのか分からなかった。柏木は混乱する頭で状況を整理する。

 既に武蔵は後ろにいる。残心も決め終わっている。審判3人の旗が白に上がろうとしている。白のタスキを身に付けた武蔵に軍配が上がろうとしている。


 大振りの、ただの面打ちだったはず。打たれるその瞬間まで柏木は武蔵の姿をずっと捉えていた。それにも関わらず、武蔵の打撃は吸い込まれるように小手を打った。その攻撃に全く反応出来なかった柏木は呆然とした。


「小手有り!!」


 会場内が湧きあがる。響き渡る声の数々は、賞賛よりも困惑の色を帯びていた。




♢ ♢ ♢




「……何やってんだ? 柏木」

「体全体で避けようとしたみたいだけど、あんな分かりやすい小手に全く反応出来てなかったね」


 隣にいた男性同士の会話が橘の耳に入る。場内のいたるところで困惑の声が上がり始めた。


 "武蔵は大きく開いていた間合いを、すり足と踏み込みで潰し、竹刀を大きく上げて柏木の小手を打った。"


 観客にはそう見えていた。竹刀を思いっきり振り被ったわけではないが、確実に小手に来る打撃だと分かる、大袈裟な一打であった。


「……ん?」


 橘はレンズを覗き込む。柏木の様子がおかしいことに気付いたからだ。




♢ ♢ ♢





 自分の動悸と呼吸音を不快に感じるのは初めての経験だった。中段の構えをとる柏木だったが、先程の攻撃によって、精神状態が不安定になっていた。


 "武蔵は両腕を上げ竹刀を振り被り、踏み込みと同時に面を狙おうとしていた。"


 柏木にはそう見えていた。

 なのに、当たったのは小手。打突の瞬間は見えず、まるで、見えない何かに小手を打たれたよう。

 柏木の呼吸は荒くなり肩が上がり始める。体が傾ぐような感覚に柏木は襲われる。


「始め!!」


 審判の声が響くと、武蔵が踏み込む。

 同時に柏木の脳裏に、先程の武蔵の笑顔と、自身の首が貫かれ血が吹き出る画が浮かび上がる。


「ひぃい!!!」


 会場内に柏木の悲鳴が響き渡り、場内が静まり返る。

 全体会覇者であり、凛々しい佇まいを見せていた柏木は、武蔵に土下座をしている。

 肩を震わせ、亀となり怯えている。




♢ ♢ ♢




 橘はカメラを下げてしまう。普通に剣道をしていただけに見えたこの試合、激しさだけなら前試合の方が上回っていた。

 2階にいた観客から落胆の声が少なからず聞こえる。

 同時に、柏木真澄の怯える姿を見て皆が悟った。


 刃華はまやかしで無い事を。

 武蔵正宗は、まやかしで無い事を。




♢ ♢ ♢




 勝つ自信を最後まで保てず、敗北を考えてしまう程度の覚悟。

 お世辞にも高いとは言えない技量に隙だらけの構え。

 殺意を向けたら、こちらの攻撃には全く反応出来ずに固まってしまうという、度胸の無さ。


 柏木の実力を知った武蔵は落胆してしまった。

 審判の声に耳を傾けず、うずくまり続けている柏木を、武蔵は汚物を見るような目で見続けた。




♢ ♢ ♢




 試合が終わった武蔵は防具だけ外し、道着姿のまま足早にホールへと向かっていた。大勢来ている報道陣の前に姿を見せ、ある事を言うために。

 武蔵がホールにつくと、大勢の報道陣が押し寄せてきた。


「武蔵選手! まずは一勝、おめでとうございます!」

「武蔵選手、今大会はこれで棄権するというのは本当ですか!? 理由をお聞かせください!」

「感想を一言いただきたいです!」

「各地で暴れている悪の刃華達に一言!」


 多くのカメラと質問に対し、武蔵は戸惑ってしまう。このような形で人前に出る事など、彼女は慣れていない。武蔵の顔はみるみる赤くなっていく。


「えっと……あの、その。試合はまぁ、いつも通りと言いますか……?」


 小首を傾げながらもなんとか答える武蔵に対し、報道陣の質問は苛烈を極める。


「鍔迫り合いの時に何か脅したんですか!?」

「何故二刀で挑まなかったのですか! 手を抜いたのですか!」

「他の刃華とは交流しているのですか!?」


 口を紡ぐ武蔵。言いたい事が言えずに時間だけが過ぎて行く。


「あれが貴女の本気ですか! 武蔵正宗さん!」


 その質問が、武蔵の表情を変えさせた。

 武蔵は声の方を向く。低身長な、右手にカメラを持っている女性が必死に武蔵の方を向いている。ネックストラップ名札には「橘 彩」と書かれていた。


 その質問を待っていたと言わんばかりに、武蔵の表情からは赤みが消えた。落ち着きを取り戻した武蔵は、橘に向かって言う。


「まさか、本気の訳が無い」


 先程とは違う声色に、報道陣が静まり返る。


「先程ご覧になった通り。日本一の剣道選手でも、私には歯が立たなかった。

 竹刀をすり上げた際に生じた隙を突かず、体を吹き飛ばされ隙だらけの相手に追撃を行わない、という手心を加えたのにも関わらず。彼女は試合中に蹲ってしまうほど、弱かった。

 彼女の実力は”まやかし”でしたね」


 何台ものテレビカメラが、クスクスと笑う武蔵を捉える。会場ではまだまだ試合が残っているというのに、殆どの報道陣はこちらに来てしまっていた。そのため、機材の数も尋常ではない。


 武蔵はこれを好都合だと思う。この言葉を全国に発するのには丁度いい。そう武蔵は考える。


「これ生放送中ですか?全国?」


 武蔵は近くにいたカメラマンに問いかける。


「あ、はい」

「そうですか。では聞いて下さいね」


 笑みを浮かべた武蔵は、数多のカメラに視線を送る。


「恐らくこの世にいる人間で、私に勝てる者はおりません」


 報道陣から困惑する声が上がる。


「それは刃華も同じくです」


 橘の表情が驚きに染まる。


「今日もし、私が人間との勝負を楽しめたのなら。このような馬鹿げた事は言いません。けれどはっきりしました。私は退屈している。全力で闘えない事に。刃華の中で最強の私は、今非常に退屈しております。

 けれど、刃華が人間相手に全力で戦うわけにはいかない……」


 武蔵の目が細くなる。


「だから、刃華と全力で戦おう」


 武蔵は一度大きく息を吸い込み、鬱憤を晴らすかのように言葉を吐き出す。



「正義だろうと悪だろうと関係ない。

 もし、私を倒せるという刃華がいるのであれば。

 己が最強だと思う刃華がいるのであれば。

 生きる事に退屈している刃華がいるのであれば。

 東京で会いましょう」



 橘がカメラを構える。明日の広告になりえる写真を撮る為に。


「私はここに宣言する! 来年の4月、刃華同士が殺し合う大会を開く!」


 シャッターの音が鳴り響く。




「この国で、最強の"刀"を決める!!」


 写真に、テレビに、狂気を露わにした武蔵の笑顔が映し出された。

 

 そして翌年の4月。武蔵の宣言通り。 

 東京にて、"刃華合戦"という殺し合いの大会が行われ。


 その様子は、日本全国に生放送される事となる。





■■■■■■■■■■■■

 二天の武蔵。名は正宗。

 故に、武蔵正宗。

 

 天下無双の刃華なり。

■■■■■■■■■■■■

読んでいただき、ありがとうございます。

次回からは主人公が変わります。

意見、感想などお待ちしております。

よろしくお願いいたします。

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