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刃華の太刀  作者: RINSE
序章「武蔵正宗」
1/78

武蔵正宗

無銘 伝正宗

二尺四寸四分

将軍家の御腰物台帳では宮本武蔵所持とされている

 日本にいる刃華じんかの中で有名なのは何かと人々に問うと、以下の5本に絞られる。


 最強と言われ高い、最初に確認された刃華である『数珠丸恒次じゅずまるつねつぐ』。


 人間と刃華。両者から尊敬され、武人と称されている『三日月宗近みかづきむねちか』。


 人々に忌み嫌われながらも、人々を守る為に働く『大包平おおかねひら』。


 刃華の研究結果から生まれた、別名「神剣」と呼ばれし人工刃華『龍墜丸りゅうついまる』。


 最後は、かの有名な剣豪と同じ名であり、二刀を使う刃華である。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 各地で秋の色が見え始めた9月中旬、長野県グリーンリング・スポーツアリーナにて、全日本女子剣道選手権大会が行われようとしていた。

 会場には大勢の一般客と報道陣が押しかけていた。場内にいる報道陣は慌ただしい様子を見せている。

 女性の剣道大会がこれほど注目されることは皆無であった。しかし、今回は注目される理由があった。


「こちらグリーンリング・スポーツアリーナ会場です!」


 女性レポーターがカメラに向かって喋りかけると体を横に向け、手の平で会場を指し示す。


「ご覧ください、凄い数の人です! 既に客席は満席。2階には立ち見の方が大勢おります!」


 場内1階に存在する報道陣スペースに興奮する声が響き渡る。


「日本中が注目している今大会! 初めて人前で堂々と戦うあの刃華(じんか)は、はたして二刀流を見せてくれるのでしょうか! 人間は、刃華(じんか)に敵うのでしょうか!? 会場に変化があり次第、お伝えします!」




♢ ♢ ♢




 後ろでひとつに束ねた、艶のある長い黒髪をなびかせながら、武蔵正宗むさしまさむねは更衣室へ辿り着いた。

 施設内で30分も迷子になり、ようやく目的地に辿り着いた武蔵は喜びに打ち震えていた。小躍りしたい気分だったが、さっさと着替えて会場へ向かわなければと思い、肩にかけた防具袋の重さを確かめる。


「大層な名前ですね」


 そんな彼女の背中に、挑発に近い声がかかる。

 武蔵は顔をしかめる。元々人と関わるのが苦手であるため、知らない人から声をかけられると顔をしかめてしまう癖がある。


 武蔵は表情を正しながら振り向く。

 凛々しい佇まいをした白い道着姿の女性がそこには立っていた。高い身長と堀の深い顔、黒い短髪のせいで一瞬男性かと見間違えてしまう。


「どちら様でしょうか?」

「まさかそんな質問が来るとはね」


 不機嫌を露わにした表情で呆れたような声を出すと、女性は”左手”を武蔵に差し出す。


柏木真澄かしわぎますみよ。よろしく、武蔵さん」


 柏木という名を聞いて、武蔵は気づく。

 自分が最初に戦う相手であり、前大会の優勝者が目の前にいることに。

 武蔵は表情を輝かせ、両手で差し出された左手を包む。


「武蔵正宗です! うわぁ、日本一の人だ! 嬉しいなぁ」


 握手をしながら明るい笑顔を振りまく武蔵を見て、柏木が鼻で笑う。

 これが人間と違う、”刀に選ばれた特別な存在”である刃華だと思うと、警戒していた自分が馬鹿らしい。そう思いながら武蔵を観察する。


 まだあどけなさが残る整った顔。琥珀色の瞳が宝石の様に輝いている。

 ネイビーのトレンチコートに、グレーのパンツ。この場に似つかわしくないシンプルな服装が、より一層その美貌を目立たせているようであった。

 自分よりも身長が高いが、出るところは出て、締まる所は締まっている。正に容姿端麗である。

24歳の美女。年齢より容姿は若く見える。


 柏木は握手を振り払い、目を細め武蔵を睨む。

 戸惑いを隠せない笑顔を浮かべる武蔵に冷たく言葉を言い放つ。


「拍子抜けね。アナタみたいなのが人と違う特別な存在だなんて」

「え、えっと?」

「試合、逃げないでちょうだい。貴女を負かして、刃華は”まやかし”だって、日本中にアピールするから」


 柏木はそう吐き捨て踵を返す。

 武蔵はその闘志に溢れた背中を見て、顔から笑顔を消し去る。人々から嫌われるのは慣れている。もちろん、気分のいいものではないが別に怒ることもしない。

 だが、喧嘩を売られたとあっては話が別である。武蔵の右手に握り拳が作られる。




♢ ♢ ♢




 場内の熱気は最高潮に達しようとしていた。

 既に6試合が終了している。大会はトーナメント形式であり、敗者復活戦は存在しない。負けた選手はそこで終わりを迎える。

 押し寄せた人々は待ちに待った、次の試合に注目していた。大会の出場者達も、全員が注目している。

 次に行われる第7試合で、日本一の女子剣道選手と、日本一有名な剣豪の名を持つ刃華(じんか)が相対するからだ。


「いよいよ注目の試合が始まります!果たして武蔵正宗は前大会の覇者、柏木真澄を打ち破る事が出来るのか、武蔵の名は嘘ではないのか!」


 会場内にいたレポーターが声を荒げている。その言葉が入場の合図であったかのように、2人の女性が会場内に姿を見せる。場内が騒然とする。


 本来であれば、武蔵と柏木は、既に試合会場にいるべきである。4つ同時に試合が行えるほどのスペースがあるため、こういった大会でも同時に試合を行うことが(ほとん)どだ。

 だが、場内は広々としていた。鳴り響くのは人々の歓声、瞬くのはカメラのフラッシュだ。

 柏木と武蔵はこのような状況になっている理由を知っている。


 ーー第7試合だけは特別に他の試合を同時に行わない。そして入場から人々の注目を集める様にしてほしい。

 大会委員から、2人は”パンダ“になるよう指示を出されていた。柏木はその指示を呆れ気味に承諾し、武蔵も困り顔で承諾した。


 同時に一礼をし入場すると歓声が大きくなる。まだ大会は始まったばかりだというのに場内の空気は、まるで決勝戦の雰囲気を醸し出していた。

 面を小脇に抱えた道着姿の武蔵は、歓声を尻目に顔を伏せながら小走りで移動する。

 対し、柏木は自信溢れる出で立ちで、顔を上げてゆっくりと移動する。


 対照的な両者を目の当たりにした会場内のざわつきに、困惑の色が混じる。

 武蔵は一刀しか竹刀を持っていない、これはつまり、"二刀流"を使わないと宣言している。


 両者は試合をするコートを隔て、対面に正座し面と小手を置く。

 その後立ち上がり、コートの中へ移動すると、審判と共に正面へ礼をする。場内は拍手に包まれる。

 礼をし終えた2人は、先程置いた防具の元へと戻る。


 柏木は、"二刀流"を使わない、対面で正座をしている武蔵の姿を見て舌打ちする。

 柏木真澄は、小さい頃からプライドの高い女性であった。勉強でもスポーツでも負けず嫌いであり、勝利に固執する性格だった。

 中学生の頃、気まぐれで体験入部した剣道部にて才能があると気づいた彼女は、それからずっと練習にのめり込んだ。高校、大学、社会人になってからも幾多の大会で優勝し続け、前回行われた全国大会では、前大会の覇者を初戦で倒し、そこから勢いを付け優勝した。


 彼女は自分自身の力を信じている。柏木の段位は四段。年齢は24歳。実力も段位も経験も若さも持ち合わせている。

 故に、武蔵正宗を負かすと気合を入れている。

 武蔵を倒せば人々は賞賛する。もう刃華の方が人間よりも優れている、という馬鹿な言葉は消え失せる。


 柏木は刃華という存在が嫌いであった。

 才能も何も無い連中が、"刀に選ばれた"という訳の分からないふざけた理由で、特別な存在と称される刃華達が。


 柏木の心の中は怒りの感情が渦巻いている。ふざけやがって。心の中でそう悪態をつく。

 柏木は手拭を頭に巻き、外部の音を遮断するかのごとく、防具の面をつける。面に付けられた紐を引っ張ると、小気味いい音が鳴る。防具の紐を確認した柏木が先に立ち上がる。


 白道着に防具をつけた柏木の出で立ちは立派であった。女性にしては長身である167cmの身長と、細く鍛えられた体が大きく見えている。


 紺の道着を着ている武蔵もまた、面をつけ終え、立ち上がる。

 だが柏木のような、立派と思える雰囲気は纏っていない。175cmと柏木よりも身長は大きく、体躯も豊かさを備えている事が道着の上からでも分かる。だが、鍛えているように見えるかと問われれば、首を縦に振る者は少ないだろう。


 武蔵が正面を向く。試合場となるコートを隔て、両者向かい合う。

 次いで3人の審判がコート内に入り配置に着く。

 赤のタスキを背中に付けた柏木は大きく深呼吸をする。

 お互いに、試合が行われるコートへ一歩だけ足を踏み入れる。


「礼!!」


 審判の声と共に、大きな拍手が会場内を包み込んだ。




♢ ♢ ♢




 会場の2階は応援席となっている。5000あった観客席は全て埋まっており、立ち見の一般客が大勢いる。人一人が立つスペースを見つけるのも一苦労であった。


 その中を、関東毎日テレビに勤務しているカメラマンの橘彩たちばなあやは潜り抜けていた。

 橘は牛歩の速度で前に進み続ける。人をかき分けながら進み続けているため、体力がどんどん減っていくのを橘は感じる。

 ようやく手すりにしがみついた時には、全力疾走した後のように息を切らしていた。なんとか最前列に割り込んだ橘の眼下には、今まさに礼を終えた2人が映る。


「よし! いい写真ちょうだいよー。武蔵ちゃん!」


 息を整えながら、橘はカメラを構え、ピントを武蔵に合わせた。




♢ ♢ ♢




 一歩、両者が前に進む。

 二歩、柏木が先に、竹刀に手をかけ抜き始める。

 三歩、構えながら両者、蹲踞そんきょの姿勢をし、竹刀の剣先を交える。


 柏木の心は澄んでいた。自然と口角が上がる。自信が、体の奥底から湧き出る。

 試合前となった今でも武蔵からは気迫も何も感じない。警戒する柏木は、物見ものみから対面の武蔵を睨み続ける。


「始め!!」


 試合開始の宣言が響き渡ると同時に、両者は立ち上がり中段の構えを取る。

 その瞬間、柏木は目を大きく見開き、動きを止めてしまう。


 まだ、武蔵は何もしていない。構えを取っただけだ。




 柏木は悟ってしまった。

 勝てない、と。

お読みいただき、ありがとうございます。

初投稿、初作品で拙い文章ではございましたが、感想などがあれば幸いです。

ブックマークしてくれると泣いて喜びます。


この小説はフィクションです。刀持った女の子達が斬り合うハートフルなアクションローファンタジー小説です。


かなり壮大な話になる予定なので、気軽にお楽しみください。

また次回。


以下、Twitterアカウントです。よろしかったらフォローしてください。

@narou_zinka

上記、検索で出てきます。

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