第9話「獣っ娘の想い」
クロエが幌馬車の幌をはがしたことで、三台の馬車はその荷台の様子をあらわにした。
「なっ!?」
その瞬時の出来事に、ドモンが狼狽する。
「「「――――ッ!?!?」」」
狼人たちは、荷台を見て目を見開いた。
三台の荷台の内その一つに、手足を縛られ猿ぐつわをされた、五人の獣人の子供がいた。
四人は狼人族の子供で、一人だけ種族の異なる獣人の子供だった。
同じ荷台に、おそらく監視役だろうか、ナイフを持った男がいる。
狼人の子供たちが、声を出せないながらも助けを求めようともがく。
それに対して、もう一人の別種族の女の子は、まるで助けを諦めているかのように大人しい。
「やっぱり、てめえら!」
「今、助けるからな!」
「許さねえっ!!」
狼人の男たちは、怒りをあらわに、今にも飛び掛かりそうだ。
わずかに躊躇しているのは、ナイフを持った監視役がいるせいだろう。
「動くなっ! おい、こいつらがどうなってもいいのか!!」
ドモンは状況を立て直そうと、監視役に合図を送り、狼人たちに警告する。
腐っても……、たるんでも大商会の会長といったところだろうか。
いつまでも呆然としていることなく、内心焦りながらも打開策を探っているのだろう。
護衛たちも、ことここに来ては言い逃れができないと悟り、いつでも戦闘に入れるように武器をかまえる。
さて、ここで一番問題になってくるのが、リュートたちの立ち位置だ。
一見、冒険者パーティーにも見える組み合わせ。
先ほどの、クロエの動きを見るかぎり、戦力としても油断できない。
狼人の一人がリュートに向かって叫ぶ
「あんたたち! 俺たちを、助けてくれるんだろ?」
馬車の幌をはがしてくれたことから、ドモン商会と敵対してくれると思ったのだろう。
狼人がリュートに叫ぶのを聞いて、ドモンは顔をしかめる。
「いや、そんなつもりは無いが……」
リュートは、狼人たちに加勢したつもりではなかったようだ。
狼人たちの、目が点になる。「え? じゃあ何で幌をはがしたんだ??」といった表情だ。
期待した戦力が味方ではないと言われての、肩すかし感が半端ない。
「では、やはり私の依頼を受けてくれるというわけだな」
しかめてた表情を悪どい笑顔に変えたドモンが、リュートにつげる。
幌をはがしたことを責めたりはしない。
そんなことをして、狼人に味方される方が損だからだ。
実のところ、リュートは弁償を求められても、デビルエイプの毛皮で支払えばいいかと思っていたりする。
アリアからデビルエイプの毛皮の相場価格を聞いていて、馬車の修理価格よりもはるかに高価であることを知っていた。
「いや、依頼を受けるつもりもないぞ。ああ……、場が膠着してたから、てっとり早く……だな」
リュートは、どちらの味方をするつもりもないという。
聞き方によっては、面倒だったからちゃぶ台をひっくり返したというように聞こえなくもない。
このやり取りの間、アリアは興味深そうにリュートを見ている。
リュートはそんなことを言っているが、アリア自身が助けられたのは事実だ。
誰にも手を差し伸べない、というわけではないと、アリアは分かっているのだ。
「どちらの味方でもなかったつもりだが……、ちょっと気になることができた」
リュートはそう言って、拘束された獣人の子供たちが載せられた馬車に向かって歩き出す。
「おい! 勝手に近づくなっ!」
馬車の護衛が、リュートに注意をする。
それでもリュートが止まらないので、手を伸ばして掴みかかろうとする。
リュートはそれをすり抜けるようにかわし、歩みを進める。
かわされた護衛は、勢い余ってたたらを踏む。
「よっと」
リュートが荷台に飛び乗ると、監視役の男がナイフで突きを放ってくる。
リュートは、これもヒラリとかわし、監視役の背中を軽く押すと、その男は馬車から転げ落ちていった。
拘束されている子供たちは、何が起こったか分からないといった様子だ。
リュートはまず、子供たちの内、狼人族ではない女の子の拘束を解いていく。
先ほどから、暴れず、感情を表に出していない子だ。
見た目の歳は十歳に満たないくらいだろうか。
この間、周囲の護衛たちは動けずにいた。
監視役のナイフによる攻撃は反射的なものであったが、自分たちの主であるドモンは、リュートたちと敵対することを避けたがっているように思えたからだ。
女の子は、リュートを見つめる。
何の種族だろうか、頭には丸みを帯びた獣耳がちょこんと生えている。
「助かっても嬉しくないのか?」
リュートは、いまだ無表情な獣っ娘に問いかける。
「助けられても、帰る家なんてないの……」
それは、悲しいという感情さえも押し殺したもののように見えた。
「あいつらと一緒に暮らせばどうだ?」
リュートは狼人の方を指す。
「狼人族と……、豹人族は仲が良くないの」
どうやらこの獣人の子供は、豹の獣人だったようだ。
女豹ならぬ、娘豹といったところだろうか。
種族が違えば、文化も考え方も違うのだろう。
種族間で、争いの歴史があるなんてこともザラだ。
「ふーん、それでなんか色々諦めてるのか?」
「…………」
リュートの問いに、女の子はうつむいて黙ってしまう。
「本当に諦めてたら、そんな風に黙ったりしないんじゃないのか?」
「――っ」
女の子は、顔を上げ、悔しそうな表情でキュッと口を結ぶ。
ここに来て初めての感情の発露。
「悔しいなら言葉にしてみたらどうだ? 今が最後のチャンスかもしれないぞ」
「どうして?」
「ん?」
「どうして、リノにかまうのっ?」
女の子はリノという名前のようだ。
他の狼人族の子供たちを差し置いて、なんでまず最初に拘束を解いて、声をかけたのかとリュートに問いかける。
「そうだな……。なんとなく、お前を見てると昔のアイツを思い出してな」
リュートは、リノにつげる。
今は「にょろにょろ」と元気な少女を思い浮かべる。
数日離れるだけでも、なんとなく寂しいものだなと、リュートは想いを馳せる。
そんなリュートのつぶやきを聞いて、リノは何かを言葉にしようとする。
口を開こうとしては閉じ、開こうとしては閉じる。
ついに決心したのか、リノはリュートにつげる。
「リノは、弱いの……。一人で生きていけるくらいに強くなりたかったのに……」
「……」
リュートは、リノの言葉を黙って聞く。
「豹人は、ちょっと足が速いだけで腕力は全然無いの……。それにまだ子供のリノは十歩走ったら疲れちゃうから、すぐに捕まるの」
「……」
「だからリノは、駄目駄目なの……」
魔獣に比べて、人族や獣人族は一人前になるまでに月日が必要だ。
幼い頃は、親に保護されて育つのを前提としている。
弱い魔獣が強い魔獣の糧にされるように、弱い子供に世界は厳しいのだ。
豹人族は、足が他の獣人よりも速いものの、腕力は弱いため、戦闘力においては弱いとされている。
足の速さも、素早い魔獣に比べたら劣るため、強みとは言い難いという面もある。
逃げ足だけは速いことから、『しっぽ巻き』なんて呼ばれ馬鹿にされることも多い種族だ。
さらに子供であるリノは自分一人の力では、生きていけないことを心底理解してしまっているのだろう。
期待して結局できずに落ち込むくらいなら、初めから期待するのはやめようと思うくらいには。
「ふーん、何かいろいろ勘違いしているが……。リノはどうしたいんだ?」
リュートが、真剣な表情でリノに問いかける。
今までになく真剣な様子だ。
リノは一瞬たじろぐが、グッと表情を引き締めリュートにつげる。
「強くなりたいの……。誰にも馬鹿にされないくらいに強くなりたいの!」
その瞳は真剣そのものだ。
リノ自身、自分の感情がここまで熱くなるのは久しぶりだと感じている。
目の前の男、彼にはそうさせる何かがあった。
「じゃあ、まずは、リノ自身の力でこの状況を打開してみようか」
そう言って、リュートはリノの小さな手に、あるものを手渡したのだった。