第8話「揺りかごから墓場まで」
「き、き、貴様ぁ!? 私はドモン商会の会長のドモンだ!!!」
怒鳴り声と共に、ドモンと名乗った男が、馬車から降りてくる。
護衛の男たちが、身構える。
何かあったら、すぐに守りに動けるようにということだろう。
たるんだ頬から予想された通りに、全身が大きくたるんでいる。
アリアは内心思った。
肥満に見えて実はすごい筋肉量のトロールに対して、先程のやり取りは逆の意味で失礼だったかもしれないと。
「なあ、ドモン商会って何だ?」
リュートはもちろん知らないため、アリアに問いかける。
「聞いたことあるわ。たしか、結構大きな商会よ。『揺りかごから墓場まで』をモットーに、どんなものでも扱う……っていうのをウリにしていたような……」
アリアは所属していた組織の任務のため、権力関係や商業関係の情勢にはある程度の知識を持っている。
この辺りは組織の網の外側ではあるが、大きな商会は街はもちろんのこと、国をまたいで商売をしているものだ。
ドモン商会が他の地域まで手を広げていたため、アリアの耳に入っていたようだ。
ここで狼人族の一人の青年が声を上げた。
それに数人の狼人の声が続く。
「ドモン商会っ! 俺の妹を返しがれっ!」
「俺の息子もだ!!」
「てめえだけは、許さねえ!」
どうもなかなかヘビーな状況だったようだ。
「どんなものでも……って、そういうことなのね……」
アリアは、狼人たちの様子を見て、状況を察した。
“どんなものでも”というのは、どうも人身売買も含んでいたようだと。
表では、真っ当な商売をしていて、裏では……というのを、アリアは何度も見てきた。
これはドモン商会の裏の顔といったところだろう。
狼人族が怒気を強めたところで、護衛たちの雰囲気も剣呑なものとなる。
「だから、さっきから言ってるだろうが! 証拠もなく荷に手を出してきたら、それはただの盗賊だよなぁ!!」
どうやら、リュートたちが来る前に、にらみ合って膠着していたのは、この押し問答が原因だったようだ。
アリアは推測する。
狼人たちは、おそらくこの幌馬車の中に自分たちの目的となるものが、高い確率で隠されていると考えている。
しかし、商会側は馬車の幌の内側をあらためさせるつもりはない。
それを許可なく、力づくで無理やり、荷あらためしたら、それは盗賊行為と言えなくもない。
それに、護衛たちの強さがかなりのものであるのは、見て分かる。
狼人たちは、明らかに自分たちよりも護衛が強いことに気づいているように感じる。
これもアリアの推測だが、護衛たちはおそらく傭兵あがりだ。
それも、傭兵の中でもタチが悪い部類のだ。
かなり腕が立つだろうというのも、始末が悪い。
タチの悪い傭兵というのは、殺し、誘拐、強盗等の重犯罪、それらを盗賊よりも強力な戦力をもって、ほとんど痕跡を残すことなく実行する集団だ。
そんな腕の立つ傭兵上がりの護衛が六人もいたら、それは結構な戦力だ。
盗賊二十人くらいなら、平気で撃退できるだろう。
一般的な盗賊と傭兵の練度の違いは、一般市民と兵士くらいの差があるからだ。
それに、どうやら馬車の中にも数人いそうな気配がある。
幌の中を覗こうとしたら、無防備な顔をバッサリ切りつけられるといったところだろうかと、アリアは思考を重ねる。
そんな時、ドモンが場を動かす言葉を発する。
「そうだ、そこの二人だが、私からの依頼を受けてもらえないか?」
直前までは激怒していたドモンであったが、さすが商売人というべきなのだろうか、怒りを全く感じさせない様子で、リュートたちに声をかけた。
怒っていた相手に対して、この態度が取れるのは、さすが大きな商会の会長といったところだろうか。
「依頼だと?」
「ああ、君たちはおそらく冒険者だろう。」
「…………。それで?」
リュートたちの格好と組み合わせから冒険者だと思われたようだ。
リュートはあえて否定せず、続きをうながす。
「この馬車の護衛をしてくれたら、金貨二枚出そう。どうだ、美味しい話だろ?」
ドモンは、自信満々につげる。
断られるなんて、微塵も思っていないように見える。
依頼を受けて生計を立てる冒険者に対して、一応手順を踏んだという形を取ったようだ。
損得や、身の安全等を考慮するなら、この話に乗った方が良いのは間違いないだろう。
大商会なんて敵に回したら、文字通り生きてはいけないというのが常識だ。
狼人たちが顔をしかめたのは、状況が絶望的な方向に傾こうとしているのを察したからだろう。
ところが、ここにいるのは、自称「常識を教えてもらいたい男」であるリュートだ。
現時点では、あまり常識がないのだ。
リュートは、ドモンに向かってニヤリと笑う。
それを見たドモンは、やはり受けてくれるか、と、笑みを浮かべる。
リュートは、クロエの背中から毛皮を下ろし、その背中を優しくなでる。
そして三台の馬車の方を順に指差しながら、まるで何かの合図のように「チッチッチッ」と舌を鳴らした。
その直後、クロエの姿が、かき消えた。
一瞬後、バキっと何かがへし折れるような音と、ベリっと何かが破れるような音が全員の耳に届いた。
皆が馬車の方を振り向こうとする前に、クロエが元いた場所に現れた。
クロエは、その口に巨大な布らしきものを三枚ほど咥えている。
クロエが首を振ると、巨大な布は風をはらんでバサッと広がる。
その様子はまるで、大きな軍旗がひるがえるようであり、心奪われる光景だった。