第7話「バッド・コミュニケーション」
リュートたちの視界の先で、三台の馬車が数人の男たちに囲まれているのが見える。
「リュート、どうする?」
アリアがリュートに問いかける。
アリアは、おそらく商人あたりが盗賊に襲われているのだろうと推測した。
仮に盗賊だったとしても、リュートたちに助ける義務は無い。
盗賊を相手に戦うことは命がけのことで、見知らぬ他人を命がけで助ける義務など当然無い。
「……そうだなあ、とりあえず行ってみようか」
リュートはとりあえず現場に向かうことにしたようだ。
アリアとクロエは、リュートの後に続く。
この段階で、無視して関わらないということを放棄したことになる。
関わりたくなければ、近づかなければよいのだから。
近づいたところ、アリアが思っていたのとちょっと状況が違った。
馬車を取り囲むのは、獣人の男が八人。
アリアは、すぐに彼らが狼人族だと気づいた。
彼らは盗賊にしては、どこか小綺麗すぎる。
それに、彼らが必死な様子であることは間違いないのだが、アリアの知る盗賊特有の淀んだ陰気さがない。むしろ、その瞳に宿すのは、怒りの感情だった。
狼人族に対して、馬車を護るように男が六人立っている。
おそらく馬車の護衛なのだろう。
こちらは人族のようだ。
六人ともが皮の鎧で身を固め、ショートソードと小型の円盾を構えている。
いかにも荒事に慣れているといった立ち居振る舞いで、人相がとても悪い。
こちらが盗賊と言われた方が、納得できるかもしれない。
アリアが、一瞬、ほんの一瞬だが「盗賊が襲われている?」と思ってしまったのも無理はないかもしれない。
狼人族たちは、リュートたちの接近に気づいた。
「何だ! お前たちは!?」
狼人族の一人が誰何する。
「ただの通りがかりだ。そっちこそ街道の真ん中で何やってるんだ?」
こっちは街道を進んでいるだけで、文句をつけられるいわれはないとばかりに、リュートは堂々とした様子だ。
アリアとクロエは、リュートの両側に並んでいる。
「俺たちは……」
「おい、待て!」
狼人族の一人が話そうとしたところを、別の一人に止められる。
勝手に情報を漏らすのを止めたようだ。
「言いたくないなら、まあいい。おい! そっちはどうだ?」
リュートは、すぐに切り替え、人族の方に問いかける。
その時、馬車の中から一人の男が顔を出した。
外の騒ぎを聞いて、様子を伺ったというところだろうか。
顔を見ただけでも、全身の様子が想像できそうな程に、大きくたるんだ頬。
歪んだ口元は、常日頃から傲慢で人を見下してきたことを思わせるものだ。
「どうした?」
たるんだ頬の男は、馬車の護衛に問いかける。
「顔を出したら、危ねえっす……」
顔を出す危険を護衛が注意しようとしたところで、リュートがつぶやいた。
「この馬車は、トロールを運んでいたのか……」
リュートに悪気は無かった。
ただ、『ファンタジー魔物辞典』に載っていたその魔物に似すぎていた、ただそれだけであった。
よくよく考えてみると、リュートが自分以外の人族に出会ったのは、この場が初めてだった。
書物の中には、よく出てくるから、新鮮さはまるで無かったのだが。
むしろ、樹海を駆けている途中で聞いた、アリアがエルフ族だということの方が新鮮だった。
アリアは、人族に比べて耳が少しだけ尖っていて長い。
ただ、リュートが書物で見たほどは長くなかった。
リュートは言葉にこそしなかったが、実際見るエルフの特徴的な耳は、均整が取れていて美しいなと内心思った。
現在の状況は、リュートにとって悪ふざけでも何でもなく、ただ思ったことが口をついて出ただけだ。
小さくつぶやいたその言葉は、静まっていた周囲に、やたら通って聞こえた。
その一言に状況が動き出す。
「なっ! なっ! なっ!?」
トロールに間違えられた男の顔が、一気に赤くなる。
狼人族の男たちは、「ああ、言われてみれば、たしかにな……」みたいな顔になっている。
護衛の一人が「ボスが気にしていることを……」とつぶやくのが見える。
アリアは、顔を横に背けて無言だ。
表情は見えないが、肩が震えていることから、察するに……。
そんな中、リュートは、周囲の反応から自分が間違えたことを察した。
一瞬、バツの悪そうな顔をするが、すぐに正しい答えを見つけた時のような表情をする。
「ああ、わりぃ、悪ぃ……。オーク……だったんだな?」
そして、斜め上に修正した。
リュートは、ここでもまだふざけているわけではない。
トロールもオークも、ダンジョンの近くには生息していなかったのが災いしたのだろうか。
そもそもダンジョンには、色んな魔獣がいて共存している。
それもあって、一般的な人族に比べて、リュートは魔獣に対して忌避感が無いのだ。
トロールやオークが、もしダンジョンにいたら、リュートにとっては良き隣人だったかもしれないからだ。
そんな悪気の無いリュートの発言は、堪忍袋の緒をサックリ切り裂いてしまったようだ。
「き、き、貴様ぁ!? 私はドモン商会の会長のドモンだ!!!」
トロール、そしてオークに間違えられた男の怒鳴り声だ。
横を向いているアリアが、「ブフッ!?」と吹き出したのが、リュートの視界の隅に映ったのだった。
クロエ「クルニャ……?」