第6話「猫はしなやかにモフモフと」
「とりあえずどこか適当な街にでも行ってみようと思ってるけど、それでいいか?」
アリアからこの周辺のことを少し教えてもらい、リュートは街に行ってみようと思ったのだった。
街に行ったことはないが、書物を通して街自体の知識はある。
今までのことから、書物にあったファンタジー世界の街が、イメージに近いかもなと予想している。
「私はどこでも着いて行くけど、その前にデビルエイプから素材を取らないの?」
「素材? 毛皮とかか?」
「ええ、刃を通さないデビルエイプの毛皮は、街で高く売れるはずよ」
「毛皮は処理をしないと、日持ちしないだろ? 街は近いのか?」
リュートは、毛皮を取っても街に着くまでに腐らせてしまうだろうと、デビルエイプはそのまま捨て置くつもりだった。
「急いで進めば、一日もあれば着くはずよ。特に街の希望がなければ、そこまで案内するわよ」
アリアにとっても、そこの街は元居た組織の網から外れていて好都合だった。
もっとも、リュートが行きたいといえば、どこにでも行くつもりだった。
それが、組織のお膝元だったとしてもだ。
それくらいアリアはリュートに恩義を感じている。
そんなわけで、デビルエイプの毛皮をはいでから、街に向かうことになった。
毛皮をはぐにも、吸血の魔剣が大活躍した。アリアが、魔剣に慣れるためにも自分にやらせてほしいと希望したので、五体ともアリアがおこなった。
一般的な短刀だったら、その数倍の時間がかかっただろう。
その間、リュートは木陰で、クロエに頭を預けながら昼寝をしていたのだった。
◇
リュートたちは、街を目指して、樹海のなかを駆けている。
どうやらアリアの言った“一日”は、走ってという意味だったようだ。
アリアは、自分にできることは、リュートたちも当然できると思っている節があるようだ……。
毛皮は当初、アリアがまとめて引きずっていくと言っていたのだが、それだと毛皮が痛むし時間もかかる。
そこで、毛皮を丸めて縛って、クロエに背負ってもらうことにしたのだ。
クロエの大きさは大型犬ほどだから、まとめてあるとは言え毛皮のほうが体積が大きく、傍から見るとなんだかバランスが悪いことになっている。
重さ自体は、クロエがまるで苦にしていないのだが。
「クロエって、何の魔獣なの?」
アリアは、気になっていたことをリュートに問いかける。
「何って、猫だろ? ちょっと強いけど狼には見えないだろ?」
リュートは、何当たり前のこと言ってるんだと返す。
「いやいやいや、猫って言ったら、街の路地裏にいたり、たまにペットとして飼ってる人もいる魔獣で、もっとこう小さく可愛いらしいやつでしょ。たしかに、猫を大きくした感じではあるけども」
街や森にいる弱い魔獣であるワイルドキャットやその派生であるキャット系の魔獣を、総称して猫というようだ。
「クロエが可愛くないってことか?」
「違う違う、クロエは可愛いけど、こう守ってあげたい愛らしさではないというか……」
リュートのムッとした問いかけに、アリアは慌てて説明する。
かなり速く走っているのに、二人ともどこか余裕そうだ。
さっきの戦いを知らなければ、アリアもクロエが大きい猫だと無理やり納得できるくらいではあったかもしれない。
自分の戦いに必死で見ていなかったけど、リュートが言うには、四体のデビルエイプは全部、クロエが倒してしまったらしい。
つまり、クロエは明らかにアリアよりも強いということだ。
アリアは、デビルエイプを倒せる猫なんて聞いたことない。
だからといって、心当たりもない。
アリアは、猫の上位種の可能性も考えたけど、猫程度の強さの魔獣の上位種ではそんなに強いはずがない。
街中にいる猫の強さが倍になっても、ちょっと噛まれるのが痛くなる程度だろう。
「そうは言ってもなあ……、猫じゃないんだったら、何に見えるんだ?」
「見た目だけなら、猫を大きくしたように見えるのは、そうなんだけど……」
「きっと、よく食べて、よく寝て、よく育っただけだ。なあ、クロエ」
「クルニャーン」
大きく重たい毛皮を背に乗せても、クロエは軽快に疾走している。
クロエの長い毛足が、風に揺れている。
モフモフしていて、触ったらとても気持ち良さそうだ。
アリアは結局、「まあ、猫ってことでいいかな」と思うことにしたのだった。
体全体を使ってしなやかに駆けるクロエの姿は、正に猫の可愛さそのものだった。
同じ樹海を駆けるのでも、デビルエイプから逃げるのと、可愛い猫のお尻を追いかけるのでは、雲泥だ。
アリアはそう思うと、細かいことはどうでもよくなったのだった。
途中、少々の仮眠を交代で取りつつ走り続けた結果、樹海を抜けることができた。
目の前には、地平線に向かって左右に伸びていく街道が見える。
左右どちらに向かっても、おそらく街があるだろう。
そんな街道の先、まだ視界ギリギリの位置だが、三台の馬車を数人の男たちが囲んでいる様子が見えたのだった。
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