第5話「吸血の魔剣」
アリアは、いろいろと質問したい気持ちを抑えながら、リュートたちにつげる。
「私は、アリア・レヴィノート。助けてくれてありがとう。助けがなければ間違いなく死んでいたわ」
アリアは、本心からのお礼をつげる。
自分だけでは間違いなく死んでいた状況だ。
「俺はリュートで、こっちがクロエだ。あれくらいのこと気にしな……、ふむ、そうだな。そういうことなら、助けられたことを大いに感謝してくれ。その助かった命で、たっぷりお礼をしてくれていいぞ」
「えっ?? あ、ああ……」
リュートは、何か思うところがあったのか、途中で発言の方向性を変えた。
これでもかと、恩に着せることにしたらしい。
そんなリュートを見て、アリアは一瞬驚いたが、リュートの表情が爽やかな笑顔なのを見て、全く悪い気はしなかった。
自分が今まで見てきた大人たちの下種な笑みとは対極なものであり、そこに温かさを感じた。
むしろアリア自身があまり気にしないように、そんな物言いをしたのかとすら思わせられた。
「じゃあまず手始めに……」
リュートの言葉に、アリアがゴクリと唾を飲み込んでしまったのは仕方ないだろう。
嫌ではなくても、何を言われるかと緊張するのは別だ。
この辺り、アリアの誠実さがうかがわれる。
何かお礼をしたいというのはアリアにとって本心であり、命を助けられた以上、多少無茶なお願いでも聞くつもりだった。
それでも、デビルエイプなんてものから助けられたことに釣り合うお礼なんて、なかなか無いだろう。
一瞬、「私自身を求められたら……」なんて考えてしまったアリアだった。
「この世界の常識を教えてもらおうか」
「クルニャン!」
だからこそ、アリアはリュートの言葉に口を開けてポカーンとしてしまった。
クロエのリュートに同意するような鳴き声が、呆けた頭に反響したのだった。
数瞬後、我に返ったアリアに、リュートは簡単な説明をした。
自分は田舎者だから、この辺りのことがよく分からないと。
徐々にでいいから、色々教えて欲しいと。
「分かったわ。私にできることなら何でも教えるわ」
「助かる」
「いくつか質問してもいいかしら? 答えられる範囲でかまわないのだけど……」
アリアは、リュートたちにも何か事情があるんだろうと思った。
そうでなければ、こんな樹海の奥までは来ないはずだと。
「ああ、何だ?」
リュートは特に気を悪くした風もなく、アリアは内心ほっとしつつ問いかける。
「この短刀なんだけど、これって何なの? 普通じゃないわ」
刀身に浮かぶ木目模様の美しさ、金属でありながら有機的なものにも感じられる。
そして凄絶な切れ味、デビルエイプを両断する瞬間に体の力を持っていかれたような気がした。
そう、アリアの頭に浮かんだのは“魔剣”とか“聖剣”という言葉だった。
「ああ、その短刀は使い手の生命力を吸血する……」
「えっ……」
アリアの顔が青ざめる。
この短刀が無ければ命を失っていただろうことを考えれば、多少の寿命をくれてやるくらい惜しくはない。
けど、それとこれとは別だ。
想像を超えるものに対して、人は恐れを抱くものである。
「すまん、言い方が悪かったか。魔力っていうのか……、それを吸い上げて短刀の力に変えることができるようになってる」
アリアに少し勘違いがあったようだ。
魔力を使うだけだから、一時的に消耗するだけだとリュートが語る。
魔法使いが魔法を使うのと同じだと。
さも簡単なことのようにリュートは言うが、アリアにとっては一大事だ。
世の中には実際、魔剣・聖剣の類いが存在することは知識として知ってはいる。
そういう武器を使えば、剣士でありながら魔法的な効果を発生させられるだろう。
けど、アリアは自分がそんな武器を、使うなんて思ってもいなかった。
そんな武器は、普通手の届かないものだからだ。
エルフでありながら、魔法が使えないアリアの衝撃は大きい。
自分がついさっき魔法的なことを実践したということになるからだ。
「そんなことが可能なの?」
「ああ、魔獣でそういうことできる奴いるだろ。触覚から雷撃を飛ばしたり……。素材にそういうのを使ってるからな」
さも当然のようにリュートは語る。
アリアは、凶悪な魔獣にそういうのがいるのは知っていたが、それを武器に組み込めるなんて話は聞いたことがない。
エルフ族のアリアは、自分とリュートの見た目の歳が同じくらいでも、リュートが見た目通り人族なら、実際は自分の方がはるかに歳上だろうと思っている。
その長い年月の多くを任務に費やしてきた。
そのため、アリアは戦闘や武器関連の知識には結構自信があったのだ。
そんな自分が驚かされっぱなしだ。
「凄い短刀を貸してくれてありがとう。返すね」
アリアは鞘に入れた状態の短刀を、リュートに渡そうとする。
若干の未練はあるけど、借りたものは返さないといけないと。
「ああ、それだけど一緒にいる間は貸しておこうか? なんか気に入ってるみたいだし。それに、あれだけ使いこなせるのは、それなりの技術と魔力量があるってことだしな」
「えっ??」
リュートは、「武器が壊れて、替えがないんだろう?」とアリアにつげる。
アリアはさっきから驚かされっぱなしだ。
リュートの言葉が、アリアの何度も常識を超えてくるのだ。
これだけの武器を、会ったばかりの人に渡したままにしておくということがまず考えられない。
武器ってだけで結構高価なものなのに、これはさらに特別な武器だ。
持ち逃げされる可能性を考えたら、渡したままなんて考えられないことだ、
結局、アリアはこの短刀を一緒にいる間は借りることにした。
アリアは持ち逃げするつもりなんてサラサラ無いし、返す時が来たら返せばいいかと思うことにした。
「この短刀には、銘とか呼び名とかあるの?」
「いや、特にないから、好きに呼んでくれ」
アリアは少し思案した。
そして、良い名前が思い浮かんだという表情をして告げた。
「『吸血の魔剣』ってどうかしら? 伝説に出てくる魔剣で、使用者の生命力を吸い、その力にすると言われてるわ」
よほど、最初にリュートが言った、吸血という言葉が頭に残っているらしい。
アリアにとってこの短剣は、伝説の剣の名前をつけたとしても、大げさとは言えないほどの物だった。
そして、アリアもリュートも気づいていないことだが、奇しくもこの短剣の性能は、伝説の魔剣に匹敵するものであった。
一緒にいる間は借りておくという約束を交わした、リュートとアリア。
この時はまだ、“一緒にいる間”というのが、あんなに長くなるなんて思ってもいなかったのだが。




