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第2話「アリア・レヴィノートは樹海を駆ける」

 リュートと猫型魔獣のクロエは、ダンジョンの出口に向かって歩みを進める。


 ダンジョン内は淡く発光しているため、常に視界が確保されている。

 整備されているかのように石畳が敷き詰められている場所もあり、土を固く固めただけのような場所もあったりと、ダンジョン内でも様々な場所がある。

 リュートが書庫の書物の知識を元に、住みやすいように手を加えたりしているところもある。


 道中、いろんな魔獣を見かけるが、特にリュートを襲ってくるようなことはない。

 むしろ、リュートとその隣にいる猫のクロエに敬意を払っているようにすら見える。


 このことについて、リュートはいつも不思議に思っている。

 ダンジョン外の魔獣はリュートに敵意を向けてくるものがいるのに、ダンジョン内の魔獣はリュートに好意的だ。


 いつもお世話になってるのはこっちなのになあと、魔獣たちに視線を向ける。

 服の素材を生み出し服の作成までやってくれる蜘蛛型魔獣、ダンジョン外の果物を持ってきてくれたりする蝙蝠(こうもり)型魔獣、リュートは彼らにいつも感謝しているのだ。


 蜘蛛型魔獣に向かって、リュートが「ちょっと出かけてくる。おみやげは何がいい?」と冗談で声をかけると、ガサガサと何やら服らしきものを出してきた。

 言葉は通じないが、「お出かけ用の服を作ったから、持っていきな!」と言いたいように見える蜘蛛型魔獣。なかなか粋である。


 その服は黒色のジャケットだった。どうやら以前貸し出した書物、『制服大全』の中のデザインを参考にしたようであった。


「ありがとな。なんかおみやげ持ってくるよ」



 そんなやり取りがありつつも、リュートたちはダンジョンの出口に到着する。

 ダンジョンの外に出ること自体は、今までも日常のことだった。

 樹海の恵みはリュートたちの生活には無くてはならないもので、狩りに行ったり、採取に行ったりは幼い頃からの日常だ。


 ただ今回いつもと違うのは、一日で帰る必要がないことと、その分遠くまで行けるということだ。

 大きな期待感とちょっぴりの不安。それは、少年が冒険者になって、初めてゴブリン討伐依頼を受ける時に近いかもしれない。


「クロエ。楽しみだよな」


 リュートがクロエの頭をワシャワシャとなでる。

 クロエは嬉しそうに頭をグリングリンとリュートの手にこすりつけてから、リュートに飛び掛かった。

 リュートはクロエのタックルを腹に受けて、後ろに倒れ込んだ。


「ちょっ、クロエ。お前もワクワクしているのか?」


 いつもよりも少しテンションが高いクロエに、お前もかと、リュートは嬉しそうにする。

 そしてリュートたちは出発を再開した。



◆◆◆



 樹海を疾走している人影がある。

 木々や地形をものともせず、もの凄い速度で立体的に移動している。

 それを追うように大きな影が五つ、こちらも人型に近いが、腕が長く猿をイメージさせるものだ。


 逃げるように疾走している人影がぼやくように呟く。


「何なのよ、この樹海……。魔獣の強さがおかしいでしょ」


 この人影は、名をアリア・レヴィノートといい、エルフ族の女性である。

 長い金髪をはためかせながら、そのしなやかで細い肢体をバネのようにして、木々の間を抜けていく。

 見た目は人族だったら十代後半くらいといったところだろうか。


 エルフ族の中の、影の実働部隊とされる組織につい最近まで所属していたこともあり、その実力は自他ともに認めるものだった。

 所属している組織が嫌になり、隙を見て逃げ出したのはいいものの、追手の追跡が思いのほかきつかったため、樹海の中に逃げ込んでほとぼりが冷めるのを待って、どこかの国に入り込む予定だったのだ。


 部隊の中でも優秀だった自分が、魔獣から逃げるだけで精一杯の状況。ぼやきたくなるのもしょうがないかもしれない。

 この樹海には様々な呼び名があるが、『帰らずの森』なんて呼ばれていることを、身をもって実感するなんてと、アリアはため息をつきたくなりながらも必死に駆ける。


「デスエイプ……、いや上位種のデビルエイプ五体か。これは死んだかもね……」


 うっかり縄張りに入ってしまったことに、アリアが気づいたのがついさっきのこと。一体は攻撃を加えてなんとか足止めできたが、気づいたら五体に追われることに。

 初めてみる魔獣だが、おそらくデスエイプの上位種だろうとあたりをつける。

 デスエイプですら、『群れる死の獣』と言われ、討伐するために領軍を必要とするような凶悪な魔獣なのに、それをさらに上回る強さの魔獣。

 アリアの予測は不幸にも当たっており、アリアを追っている五体の魔物はデビルエイプであった。


 一体でも自身と同等の強さの魔獣を、五体同時に倒せるとはアリアもうぬぼれていない。この魔獣は連携が格段に上手く、連携とは一足す一が、三にも四にもなるものだ。

 せめて、得意の敏捷さを生かして逃げ切れたらと思ったのだが、樹海の中での動きはどうやら相手の方が上手のようだ。


「くっ!?」


 アリアの前方に二体のデビルエイプ。どうやら回り込まれてしまったようだ。五体の魔獣に囲まれたアリアは、ここまでかと覚悟を決める。

 ある程度傷を与えることができたら、損耗を避けて逃げてくれないかと、アリアは淡い期待を胸に短刀を構える。


「自由というものは、貴重であるがゆえに、得難いものね……」


 命を()けてエルフの組織から抜け出してきたけど、それもここで終わりか……と、アリアは自嘲気味につぶやいた。

 結局、自分は自由を得ることができなかったか……と。


 組織を抜けたことに、後悔は無い。

 けど、もうちょっと上手くやれたのではないか。

 どこかで選択を間違えてしまったのではないかと、アリアは絶望的な気持ちになる。



 そんな緊迫した雰囲気の中、上から二つの影が、アリアとデビルエイプの間に落ちてきた。


「なっ!?」


 いくら前方の敵に注意が向いていたとはいえ、他の存在が接近する気配に気づかないなんてことは、アリアにとって今までになかったことだ。

 それは、デビルエイプも同じだったようで、戸惑いの色を浮かべている。


「迷惑じゃなければ、助けようか?」

「クルニャーン」


 アリアは、目の前に降って来た二つの存在に、戦闘中でありながらも口を開けて呆然としてしまったのだった。

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