第11話「壁に耳あり、ダンジョンに……」
(留守番中のミーナ)
「にょろ~。リュート様は、何か面白いことやってる気がするにょろ~……」
今日もダンジョンの書庫では、退屈だとばかりにミーナがジタバタしている。
午前中はダンジョン内を回り、魔獣たちの様子を見て回ったものの、今は飽きてしまったところだ。
そのまま、ダンジョンから外に飛び出して行かなかったあたり、ミーナは何だかんだで言いつけを守る性分のようだ。
「今日は何をしようかにょろ?」
日課の日本語の勉強も、教えてくれるリュートがいないといまいち捗らない。
料理を作っても、一緒に食べてくれるリュートがいないと思うとどうもやる気が出ない。
「早く帰ってくるにょろ~! リュート様、大好きにょろ~!!」
誰もいないと思うと、独り言も大きくなるというものだ。
書庫内に反響するくらいに、ミーナは大声で叫んだ。
普段は照れがあるせいか、直接はあまり言わない想いを乗せて。
ミーナの声の反響が止んだ後、誰もいないはずの書庫内なのに、突然の返答があった。
『あらあら、リュートは愛されてるわね』
女性の優しい声が書庫内に響く。
ミーナは何処から聞こえて来たのか探ってみるが、まるで書庫全体から響いているようでさっぱり分からない。
「ふえっ……。何にょろ? 誰にょろ~!?」
ミーナは突然のことに慌て、周囲をキョロキョロと見回し、声の主を探す。
リュートと一緒にいる時も、今までにこんなことは無かったのだ。
突然の事態に、ミーナは留守番を任された責任感から、警戒態勢を取る。
『警戒しなくて大丈夫よ。私はあなたたちをいつも見守ってたわ』
「う~……」
響いてくる声には、安心感のようなものがあった。
ミーナはついつい緩みそうになる気持ちを、いかんいかんと首を振って、警戒の気持ちを頑張って維持しようとする。
知らない人の優しい囁きというのは、大体危険なものというのが相場だ。
ミーナは、リュートに読んでもらったセイレーンの話を思い浮かべていた。
ただ警戒心の反面、ミーナはある人物の姿が頭に浮かんでいた。
会ったことはないけれど、リュートから話を聞いていた、とある人物。
ミーナがダンジョンに来る前に、ダンジョンを出て行ったという、リュートの育ての親のような存在。
なぜかそのことが、ミーナの頭に浮かんでいた。
『この姿の方が、安心してくれるかしら……』
そんな言葉の後、ミーナの目の前に淡い光が集まり、人の形を成した。
それは、実体があるのかないのか半分透けている。
綺麗な長い金髪で、とてもスタイルが良い。
ミーナからしたら、ちょっと憧れてしまうような大人の女性だった。
「あなたは……?」
『直接会うのは初めましてね。リュートがまだ幼い頃、ダンジョンで一緒に暮らしていたと言えば分かるかしら』
「やっぱり……にょろ」
どうやら、ミーナが思い浮かべていた人物だったようだ。
『ちなみに今の私は、このダンジョンの「ダンジョンコア」よ』
「ダンジョンコア……にょろ? えええぇえーー!?!?」
ミーナはダンジョンコアというものについて詳しいわけではないが、リュートが読み聞かせてくれた書物の中にはダンジョンが舞台の話、いわゆるダンジョン物があったのだ。
自身が住んでいる所に似た場所での話のため、ミーナのお気に入りのジャンルだ。
その話の中で、ダンジョンコアというものはダンジョンに欠かせないもの、ダンジョンの心臓ともいうべき存在だった。
ただ、ダンジョンコアが人の形をしているなんて話は無かった、まして美女の姿で現れるなんて。
ミーナは、許容を超えて今にも頭からプスプスと煙を出しそうな様子だ。
『詳しい話は、またおいおいね。それに、リュートにはまだ秘密にしておいてね』
「え、駄目なんですか? リュート様、喜ぶと思うにょろ?」
『うん、私はまだやらなきゃいけないことがあるから、内緒の方が都合が良いのよ』
「分かりましたにょろ」
ミーナは素直にうなずく。
目の前の女性の言葉には、どこか安心感というか包容力というものがある。
つい素直に聞いてしまうような雰囲気があるのだ。
『リュートから聞いてると思うけど、私の名前はルキアよ。よろしくね!』
「よろしくにょろ~!」
ミーナがルキアの手を握ろうとしたところ、触れずにスカっと通り抜けてしまった。
『そうそう……、これ実体じゃないのよ』
「そうなんですね……。でも、それはそれで凄いにょろ」
ミーナは、ルキアの姿は魔法的な何かと判断した。
魔法の扱いが得意なミーナからしても、それは真似できないものだった。
『残念ながら触れ合うことはできないけど……、リュートのまだ幼い頃の話だったらできるわよ。聞きたい?』
「お、お、お」
『お?』
「お願いするにょろ~! ぜひともお願いにょろ。ルキアさん、マジ真祖にょろ!!」
ついさっきまでのミーナの退屈は、どこかに吹き飛んでしまったようだ。
会ったことは無かったが、リュートと同じくミーナのルキアに対するイメージはソレだった。
ルキアは自分が真祖だと語ったことも名乗ったこともなかったのにである。
リュートの幼少の頃の話は、ミーナにとって、それはそれは楽しいものだった。
キャーキャー言いながら、ルキアの話を聞くミーナ。
『その時、そんなことがあったのよ……』
「…………。リ、リュート様、可愛すぎるにょろ~!!」
ミーナの叫びが、広い書庫内にこだましたのだった。