第10話「雷光一閃」
リュートは、リノの手にあるものを握らせた。
「こ、これは……?」
リノがリュートから受け取ったのは、黄金色の金属らしきものでできた物体。
不思議と見た目ほど重くはない。
リノには、これが何なのかよく分からないようだ
「これは、ナックルダスターって武器だ。ほら、こうやってはめてだな……」
リュートはしゃがみ込んで、リノの右手にその武器を握り込ませる。
ナックルダスターは拳闘用の武器で、いわゆる“メリケンサック”であり、“カイザーナックル”だ。
「リノの手に、武器……」
リノは、黄金色のナックルダスターを握り込んだ、自身の右手を見つめる。
「そうだ、使いかたは簡単だ。思いっきり相手に向かって走って行って、それで殴るだけだ」
リュートが、身振りでリノに説明する。
「それだけじゃあ……」
「それだけで大丈夫だ。どうせ諦めてたんだろ。あと一回だけだと思って信じてみろ」
リュートの真剣なまなざし。
リノは、コクンとうなずく。
豹耳がピクピクと動く。
「頑張ってみるの」
「ああ……、奴等はお前を捕まえた敵だ。遠慮も容赦もいらねえよ」
リノは、一番近くにいる護衛を、キッとにらむ。
護衛までの距離は十歩に満たない。
周囲の護衛たちは、リュートが敵か味方か判断できず、様子をうかがっていた。
リュートが、リノの背中をトンと軽く押す。
「行っくの~!!」
リノが、一歩一歩踏み出すたびに加速する。
トップスピードまでの時間が、一般的な人族に比べて圧倒的に早い。
まだ子供だが、そこは速さがウリの豹人族。
護衛は、リノの速さに若干驚いた顔をするも、焦ってはいない。
子供の体で突っ込まれても衝撃は知れたものだと、両手を広げて受け止める構えをとる。
リノの突き出した手が、護衛の腹部にめり込む。
ドンと鈍い音を立てて、護衛が後方に弾き飛ばされ、地面を跳ねる。
声を出す間もなく吹き飛ばされ、そのまま地面を転がって沈黙する様子は、ちょっと不思議な光景だった。
「……すごいの」
リノは、自分が成した結果と、手に感じた手応えに驚いた。
相手を殴り飛ばしておきながら、ほとんど手応えが無かったのだ。
リュートがリノに渡したナックルダスターは、某ダンジョンのゴブリンたちが作り上げたものだ。
魔獣の素材や珍しい鉱石などを元に、絶妙のバランスで合成されたそれは、かの有名な魔法性金属に肉薄した出来となった。
ゴブリンのリーダーが、「これ……、もしかしてオリハル……」なんて呟いたとか呟かなかったとか。
武器としての効果は、通常の武器以上に、速度を威力に転化してくれるということ。
さらに魔力を持っている者が使うと、それも引き出して威力を上げてくれる。
そして、その威力の反動は武器自体が受け持ってくれるというものだ。
獣人は魔法が使えない者が多いが、それは魔法を体外に放出できる仕組みになっていないだけで、魔力量自体は人族よりも持ってることの方が多い。
敵を殴った時の反動で、自身の手首や腕を傷めることがないのも大きい。
このナックルダスターは、正にリノに適した武器であった。
「ほら、感心してる余裕はないぞ」
リュートが、リノに声をかける。
「うん! 次行くの!!」
次に近い護衛に向かって、リノが駆け出す。
魔獣が飛び掛かってくるのをかわすことが、思いのほか難しいように、リノの体で向かってくる攻撃はかわしづらいものだ。
かわすのが間に合わないと見るや護衛の男は円盾を構えて、リノの体当たりのような攻撃に備える。
「グアッ!?」
リノは、円盾ごと拳で打ちぬく。
護衛の男はうめき声を上げて弾き飛ばされ、その後方にいた別の護衛も巻き込んで、地面を転がっていく。
「この野郎っ!!」
無傷でリノを捕まえることを諦めたようで、剣で斬りかかってくるものがいる。
「そんなもの怖くないの~!!」
リノは剣を振り上げた護衛にも突っ込んでいく。
その様子は、リュートのおかげで手に入れることができた力を失うことのほうが、余程怖いというかのようだ。
焦がれるように求めていた力、それを失うことだけは……、そんな気迫を感じさせる。
◇
多少危ないところはあったものの、リノは護衛の男たちを全て行動不能にしてみせた。
気絶してる者、動けずうめいている者、無事な護衛は一人もいない。
狼人たちは上手く状況を理解できないのか呆然としている。
とても一人の獣人の女の子がやったこととは思えない状況だ。
商会側は、ドモンだけが残されている状況だ。
護衛と違って戦う姿勢を取っていなかったから、最後に残されただけだ。
「ひいぃっ!」
リノに目を向けられたドモンが悲鳴を上げる。
そんな中、リュートがリノに声をかける。
「リノ。そいつらのことは彼らに任せておこうぜ。どうしても、ぶん殴りたいなら止めないが」
「うん。なんか今は気が抜けちゃったの……」
リノはそう言ってリュートに向かって歩み寄る。
「帰るところが無いなら、とりあえず一緒に来るか?」
「一緒に連れて行って欲しいの」
リュートは何となくリノのことを放っておけなかった。
リノは、何としてでもリュートについていくつもりだった。
リノは、もう自分の想いを諦めないと決めたのだから。
「リノちゃん、よろしくね」
いつの間にか近づいてきていたアリアが、リノに声をかける。
「…………。お姉ちゃん……、誰?」
リノは、アリアの存在に気づいてなかったようだ……。
◇
リュートたちは、街に向かって街道を徒歩で進んで行く。
リノはクロエの背にまたがっている。毛皮と一緒に上手いことクロエの背に乗っている状態だ。
たまにリノがクロエの頭をなでると、クロエはとても気持ち良さそうにする。
商会側のドモンと護衛たちの処遇は、狼人たちに任せてきた。
リュートが面倒を押し付けただけのようにも見えたが、きっと気のせいだろう。
「そういえば、どうしてドモンは会長なのにあんな所に居たのかしらね」
アリアが、ふと浮かんだ疑問を口にする。
一般的に、会長ともなると現場で動くことはほとんど無いのだ。
「まあ、いろいろあるんだろ……」
リュートは、まるで興味無さそうだ。
リノも、ふと思い出したように、疑問を口にする。
「リュートお兄ちゃん、思ったんだけどこの武器の名前なんていうの?」
リノが黄金色のメリケンサックを手にしている。
リノはどうやらリュートのことを、お兄ちゃん扱いすることにしたようだ。
「ナックルダスターだ」
「違うの。こんなに凄い武器だし、呼び名っていうか愛称みたいなのもあるでしょ?」
「無い……。というか、何でみんな名前つけたがるんだ? 武器は武器だろ……」
リュートがアリアの方を見ると、アリアは「その気持ち、よく分かるぞ~」というようにウンウンとうなずいていた。
「リノが名前つけてもいい?」
「ああ、好きにしていいぞ」
リノが、戦いの時と同じくらい真剣な表情で、アレでもないコレでもないと考え出す。
「決めたの! 『雷光一閃』なの! お兄ちゃんの敵をバッタバッタなの!!」
嬉しそうにリノが叫ぶ。
その明るい表情は、捕まって全てを諦めていた時とはまるで別人のようであった。
「リノちゃん。良い名前よ」
アリアが、親指を立てて同意する。
なんだかあっという間に賑やかになってしまった、しかしそれは決して悪いものではない、リュートはそんな気持ちになったのだった。