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第1話「ダンジョン育ちのリュート」

 リュート、18歳。

 黒髪黒目の、ちょっと目つきの悪い男。


 ちょっと普通と違うのは、生まれてからのほとんどの時間をダンジョンで過ごしているということだろうか。

 ダンジョンで育ったといっても過言ではないだろう。


 そのダンジョンは広大な樹海の深部、人々からは未踏地域と呼ばれる場所にある。

 樹海の深部のさらにその地下に広がる広大なダンジョンは、未踏ゆえ未知であり、その存在はどの国にも知られていない。


 そんな未知のダンジョンの深奥には、この世界のものではない書物が数え切れないほど並んでいる空間がある。


 ダンジョンの奥、大きな扉を抜けた先にある、リュートが“書庫”と呼んでいる空間、そこには異世界の文字で書かれた、また異世界の者に描かれた、そんな書物が数万冊と並んでいる。


 この世界のものではない言語で書かれた書物、その言語を読めるものが見たら「何で日本語で書かれた本が、こんなところに? それもこんなにたくさん??」と頭にクエスチョンを浮かべることは間違いないだろう。


 ダンジョンとは、未知であり、数多の謎をはらんだ存在なのである。

後に七大ダンジョンの一つとして数えられ、『書庫(アーカイブ)』と通称されることになるダンジョンから物語は始まる。



 ダンジョン内はかなり広く、敷地面積で言うならば、大国の王宮を遥かに凌ぐものだ。

書庫の部分は特に広く、天井も高い。

 その書庫から二人の会話が聞こえてくる。


 まだ幼さの残る、銀髪の美少女が、かたわらにいる男、リュートに声をかける。

なぜかメイド服を着て、手には書庫の本棚から抜き取ってきた本を持っている。


「リュート様、今日はこれを読んで欲しいにょろ~」


 少女の間延びした声が、リュートに向けられる。


 ダンジョンで長い時間を過ごしたリュートは、異世界の言語である日本語で書かれた書物を読むことができる。

 ちなみに、少女はまだ日本語の勉強中だ。


「ミーナ、昨日は何の日だったか覚えてるか?」


 リュートは、ミーナと呼んだ少女のお願いには答えず、質問で返した。


「昨日は、リュート様の18歳の誕生日にょろ。昨日のことを忘れるわけないにょろ」


 にょろにょろと、聞いてる方の力が抜けてくるような語尾で話すミーナ。

 昨日、リュートの誕生日をお祝いしたことを忘れるわけないでしょ、といった様子だ。


 ミーナは、普通の人族と違うところがある。今は普通の少女の見た目だが、下半身を蛇のような姿に変化(へんげ)させることができる。赤色のウロコがニョロニョロと動く様子は、どこか艶めかしくもある。


 リュートは、ミーナの種族はきっと蛇女族(ラミア)じゃないかと思っている。

 これは、書庫の書物にイラスト付きで紹介されていた種族紹介を見て思ったことだ。

 その書物のタイトルは、『ファンタジー魔物辞典』だった。


 ミーナ本人は、自分の種族について、よく分かっていないらしく気にもしていない。


 力の抜けそうな語尾について、『名は体を表し、体は心を表す』という言葉があるように、蛇女族(ラミア)でヘビってことだからかなくらいに、リュートは思っている。


「そうだ、18歳まではダンジョンから半日までの距離を出ないで過ごすけど、18歳になったら遠くにも行くって言ってあっただろ?」


 リュートは、18歳までダンジョンから離れないようにとの教えを受けていた。

 具体的にはその日の内にダンジョンまで戻れる距離までしか行かないようにと。

 18歳までは書庫で学び、ダンジョン周辺で一人前の生活ができるようにと。


 丁度よいことに、書庫は「学ぶ」ということに関してとても適した場所だ。


 その教えは、数年前にダンジョンを出て行った一人の女性が残したものだ。赤子だったリュートを育てた、いわば育ての親のような存在だった。


 リュートは、たまにその女性のことを思い出す。


 自分の実母でないことは分かっている。

 透き通るような金髪が綺麗な女の人、ときには厳しく、でも基本だだ(あま)

 書庫の書物にある、いくつもの本に書かれている“真祖”になんとなくイメージが近いなあと今は思っている。


「ああっ! 言ってたにょろ。でも今日は、これの続きを読んで欲しいにょろ。気になって夜も寝れないにょろ」

「いつもそんなこと言って、一瞬で寝るだろ! しかも寝ぼけて変化(へんげ)した蛇の下半身で俺を締め上げるくせにっ」


 あれ、結構痛いんだぞと、リュートがこぼす。

 寝る前に本を読んで聞かすと、子守唄よろしく、話もそこそこにミーナは眠りに落ちることがほとんどだ。


「じゃあ、私も連れてって欲しいにょろ。リュート様だけズルいにょろ」

「ズルいって、留守番だって大事だろ。無人にしたって何か起こるとは思えないけどさ。それに初めてだからそんなに何日も離れたりはしないつもりだ」


 今まで何年も、ダンジョン内を訪ねてくる者はいなかった。もちろん侵入者も含めてだ。

 書庫はリュートにとって大事な場所となっている。我が家といってもいいくらいに。ちなみに寝室も書庫の一部にある。

 巨大な図書館で生活をしているといった感じだろうか。


 書庫の扉から、ダンジョンの出口――地上に出るための場所――まではかなりの距離があり、ダンジョン内には多くの魔獣が生息している。そう簡単には入ってこれないようになっているのだ。


「……分かったにょろ~。じゃあ、何かおみやげお願いにょろ……」

「おみやげな。といっても、俺も外の世界はあまりよく知らないんだから、期待しないでくれよ」


 リュートは、そう言ってミーナの頭をなでると、ミーナは嬉しそうに目を細めた。



 リュートが、さて出かけるかと手荷物の準備をしていると、可愛らしい鳴き声が書庫の扉の近くから聞こえてくる。


「クルニャーン」


 そこには、散歩に出かけるのを待つ犬のような姿勢で、猫に似た生き物がいた。

 大きさは猫にしては大きく、大型犬サイズはあるだろうか。

 クリーム色の毛が、フワフワしていてとても気持ちよさそうだ。


「行こうか、クロエ。ミーナは留守番任せたよ」


 クロエと呼んでいるこの魔獣、リュートは種族的には猫だろうと思っている。


 書庫にある『動物図鑑』に載っていた「猫」の見た目にそっくりだからだ。

 ちょっと大きな気がするけど、図鑑に載っていた「虎」ほどは大きくはない。

 だから猫だろうといった寸法だ。

 きっとこの世界の“魔獣”だから、ちょっと大きいだけだろう。


 まあ、リュートにとって大事なのは、何ていう種族かではなく、仲間であることであり、ミーナとクロエであることだ。


「いってらっしゃいませにょろ」


 こうして、リュートはダンジョンの外の世界に足を踏み出したのだった。

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