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黄泉戸喫  作者: 眞上 陽
2/3

後編

お待たせ致しました。


「あの日も、とても暑い夏の日のことだった……」


 




「遅い、置いてくぞ。甚吉じんきち!」 


「待ってよおー、てっちゃん」


 その日もとても暑い夏の日だった。


 隣村までお遣いを頼まれた私は、近所に住む弟分の甚吉とともに帰り道を急いでいた。


 甚吉は私の一つ年下で、上の兄弟がいなかったこともあり、私を兄のように慕っていつでもどこでもついてまわっていた。


 逆に私は兄妹の中で一番下だった為、懐いてくる甚吉を弟のように可愛がっていた。


 普通であれば日が暮れるまでには家に戻れる十分な時間があったが、あまりにその日が暑く途中の川で泳ぐという寄り道をしてしまった。


 夢中で泳ぎ、魚をとったりして遊んでいた為、辺りが暗くなってくるまで気がつかなかった。


 日がすっかり落ちてしまえば道の状態も悪い為危ないことはわかっていた。


 私はすっかり焦っていた。


 私と比べ、まだ小柄な甚吉は私の歩く速度についてくるのも必死なようで泣き言を言ってくるのを叱咤激励しながら足早に村へと急いでいた。


 そんな時、どこからか何かの音が聞こえてきた。


 最初は聞き間違いかとも思ったが、間違いない。


 お囃子のような音が確かに聞こえてくる。


「……てっちゃん?」


 後ろを歩いていた甚吉も不安げに私を見上げてきた。


 この時期に祭をやるなんて聞いてない。


 私は甚吉の手を掴むと、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……行くぞ」


 おかしいとは思いつつも、この道を通らなければ村には辿り着けない。


 迂回するのは日も落ち過ぎていた。


 甚吉の手を引いて進むごとに、お囃子の音は大きく、また明かりも強くなっていた。


 そして。


 そこには、明らかに祭りの夜の光景が広がっていた。


 道の両脇の並ぶ屋台。そこを行きかう人々。


 提灯の明かりに、楽し気に響くお囃子の音色。


 それはまさに楽しげな祭の光景だったが、それが返って不気味でもあった。


 それは、こんなところで祭などやっているはずがないということと、その場にいる人々の目にはどこか生気が感じられないということ。


 また、音楽の音は軽快に響いているが、人が多く集まった時の喧騒がまったくないことも、不気味さを増す要因になっている。


 私はしっかりと甚吉の手を握り直すと、速足でその場を通り抜けようとした。


 一刻も早く、その場所から抜け出したかった。


 しかし、どれくらい進んだのかその時、ぴんっと手を引かれた。


 後ろを振り向くと、そこに飴菓子を手にした甚吉の姿があった。


 すでに口に含んだのか、その飴菓子は齧った様子もあった。


 そんなもの、持ってはいなかったはずなのに。


 それどうした、と尋ねると、甚吉は、もらった、といって一人のおじさんを指さした。


 指を指されたおじさんは、私を見ると……。


 恐怖した。


 ゾッと、鳥肌が立った。


 どうしようもなく、そこから脱兎のごとく逃げ出したくなった。


 何も考えられず、私はそこから駆け出していた。


 気がつくと、私は暗い夜道に一人になっていた。


 息を切らしながら周囲を見回しても甚吉の姿はどこにもなかった。


 先ほどまでの祭の様子も、音色も嘘のように消え去っていた。


 私はしばらく迷っていたが、元来た道を戻る気には到底なれず、村へと急ぎ戻った。


 村へと走りながら、私は後悔していた。


 何故もっと甚吉をしっかり見ていなかったのだろう。


 何故もっとしっかり手を握っていなかったのだろう。


 何故その手を放してしまったのだろう……。

 

 無我夢中で走り、私は村へと辿りついた。


 そして甚吉と途中ではぐれたことを伝えた。


 あの不気味な祭のことは誰にも言わなかった。


 信じてもらえるわけがないと思った。


 私の言葉に、村の大人達は甚吉を探しに散らばった。


 しかし村の大人衆総出で探したにもかかわらず、甚吉が見つかることはなかった。


 その後の甚吉の行方はようとして知れなかった……。






「村の人達は川に落ちて流されたんじゃないか、人攫いにあったんじゃないか、神隠しにあったんじゃないか、と色々言っていたがね……。私は、まだあの祭の一群にいるのではないか、と思うのだよ。あの時食べていた飴菓子、あれこそがあの世の食べ物、黄泉戸喫ではなかったかと……」


 叔父は目を丸くして見ている僕の頭を撫でて、笑みを浮かべた。


「……驚かせてしまったかい? すまないね、こんな話を急にして。ただ、もし、お前が何かおかしいという場に紛れ込んでしまった時には、決してその場所のものを口にしないよう……、約束しておくれ」


 そう言う叔父と、僕は指切りをした。


 それが、僕が叔父に会った最後の姿だった。


 その後叔父は大学の研究の一環で、今はもうない山奥の廃村に出かけたまま帰ってはこなかった。


 最終的には遭難したのでは、という結論に達したが、それを事実として確認することはできなかった。






 それからたいぶ月日は流れた。


 大人になった僕は、叔父と同じ道へと進んだ。


 そんな関係もあって、僕は叔父が最後に行方をくらました廃村へとむかっていた。


 そこは、当時の人々の暮らしを調べるのに、最適な研究材料が残っているはずだから。


 そして、僕はその道のりの途中で最後に叔父と話した話の内容を思い出していた。


 今、目の前に広がる光景は、まさにそれなのではないか。


 人気のない場所に突然現れた、出店。


 お囃子の音色。


 浴衣や着物をきた、行き交う人々。


 しかし祭の場 だというのに、奇妙な静けさがその場を纏う。


 恐怖より好奇心が勝り、屋台を覗き込む僕に、屋台の店主は焼いていたトウモロコシを僕に差し出してきた。


 どうしようか迷い、手を伸ばそうとしたその時。


「約束を覚えているかい?」


 僕の手はぴたりと止まった。


 そして声をかけられた方を見ると、そこには最後に別れた時の姿のままの叔父がいた。


 その顔は少し困っているような笑みを浮かべ、当時よくいたづらをした時に注意をされた時の表情によく似ていた。


 叔父さん、と呼びかけようとした僕に、叔父はしいっと口に手をあててみせた。


「いいかい、何もしゃべらず、何も口にせず、ただまっすぐ行きなさい。決して後ろを振り向いてもいけないよ。まだお前は、ここに来てはいけない」


 叔父さんも、と言いかけた僕に、叔父の袖をつかむ子供の姿が目に入った。


 ああ…………。


 僕は、瞬時に理解した。


 叔父は、きっとあの話の後、出会ってしまったのか。


 そして、きっと選んでしまったのだろう。


 後悔とともに、残ることを……。 


 僕は、叔父に一礼すると、背を向け歩き出した。


 叔父の話とは違い、不思議と怖いという気持ちはなかった。


 ただ確かに、僕には黄泉戸喫を口にするのはまだ早すぎるのだから。


 気がつくと、僕はその祭の中から抜け出し、もとに場所へと戻っていた。






 これは、僕と叔父の話。


 いつか、また僕は叔父と再会する日はくるのだろうか。


 その時、僕も選ぶのだろうか。


 また、いつか僕も叔父のように誰かに語るのだろうか。


黄泉戸喫ヨモツヘグイという言葉は知っているかい」、と。


本編二話で完了。ただ余話として短いエピソードもう一話続きます。

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