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4つのウソ

作者: どくだみ

 幼馴染との恋愛なんて、あり得ないと唱える人がいる。

 確かに。一般的にはそうなのかもしれない。幼馴染はあくまで幼馴染で、恋愛対象ではないのかもしれない。

 だがそれなら俺は、世の中には例外だってあると声を大にして叫ぼう。


 何故そんなことをするのか。


 それはまさしく。俺がその幼馴染に恋しているからに他ならない。


 悲しいことに、今だ片思いなのだけれど。





 幼馴染の彼女とは、小学校以来の仲だ。親同士の関係が良く、家が近かったこともあっていつも一緒に遊んでいた。鬼ごっこやら、かくれんぼやら。家に入ればオセロにトランプ。しなかった遊びは無いように思われる。

 おまえら夫婦かよ、なんて同級生から冷やかされたこともしょっちゅうだ。


 彼女の髪は微かに茶色がかっている。曰く、母方の祖母がフランスの方なのだそうだ。今のような、男の子じみた喋り方は当時から続いている。

 中学までは同じ学校で、高校は別。俺が自分の想いに気づいたのもそのあたりになる。

 そして今年、晴れて俺と彼女が、同じ大学に進むことが分かった。ちなみに、今まで俺が彼女に告白したりとかいうことは無い。チャンスが無かったというよりは、単に怖くて出来なかっただけだ。

 気まずくなるくらいならいっそこのままで、なんて。どこの少女漫画だと自分でも思う。





「私は今日、お前に4つのウソをつこう」


 4月1日、エイプリルフール。

 1人暮らしを始めたばかりで分からないことが多いから、一緒に町を見て回ろう。という彼女のお誘いから決まった今日の外出だったが、朝玄関で会うや否や彼女は俺に向かってそう言った。


「理恵?」

「聞こえなかったか、拓哉」


 彼女――――俺の幼馴染、南 理恵は、俺の目の前で人差し指から小指までの4本を立ててみせる。


「今日はウソをついても閻魔様に舌を抜かれない日だ。だからちょっとしたゲームをしよう。私は今日、拓哉に4回ウソをつく。全部見破られたら拓哉の勝ちだから、その後でドーナツを奢る」


 すごくワクワクした、遊園地に行く前の子供みたいな笑顔で理恵は言った。その無防備な表情が、俺以外の人には見せない類のものだと知っているから、俺は少しだけ優越感を感じる。普段の彼女は、騎士のように凛々しいのだ。だから高校では、女子からとても人気があったらしい。

 と。そんなことを考えて黙っていたのを勘違いしたのか、途端に彼女の顔がしおれた。 


「あ、えっと・・・・ダメ、か?」

「っ!そんなことない。乗るよ、そのゲーム」

「そ、そうか!ありがとう拓哉!」


 花が咲いたように笑う。くそう可愛い。


「ちなみに、理恵が勝ったらどうなるんだ?」

「うん。その時は1つ私のお願いを聞いてもらう」

「お願い?」

「まだ秘密だ」

「気になるな・・・・まあ、ゲームには勝つけど」

「随分な自信だな」

「理恵はウソが下手だから」

「なっ・・!」


 理恵は顔を赤くして、俺のみぞおちをつついてきた。


「覚えていろよ拓哉。コノヤロウ」

「努力しよう」

「うぬぅぅぅ・・!い、いいからもう出かけるぞ!さっさと靴をはけ靴を!」


 刺々しく聞こえるこんなやりとりも、一種の愛情表現みたいなもの。もはや合言葉みたいになっている。







 特別これといった目的地も無く。気の向くままに歩き回っていたら、俺たちはいつのまにか駅前にいた。

 東京や大阪のような大都市には到底及ばないにしても、それなりに発展している。デパートやら映画館。遊ぶには困らないかもしれない。


「あっ・・・なあ拓哉。カラオケがあるぞカラオケ」

「ん?ああ本当だな」

「1時間150円だ。これは安いぞ」

「少し歌ってく?」


 俺がそう言うと、理恵はあからさまに嬉しそうな表情で頷く。歌いたいなら遠慮せずに言ってくれていいのにな。でも、そんなところも可愛い。





 事細かく話していくときりがないから、ここいらで省略。俺たちが何をして過ごしたかは、想像にお任せするとしよう。

 あ、そうそう。

 その途中、理恵は俺に2回ウソをついてきた。

 1つ目は、正午前に立ち寄ったレストランで。

 そしてもう1つは、彼女のアパート前で別れる直前に。1つ目は対したことなかったけれど、2つ目の方は少し危なかった。






『・・・・拓哉』


 彼女の指が、俺の服の裾を掴む。澄んだ瞳は真っ直ぐこちらに向いていて、思わず視線をそらしてしまいそうになった。


『どうした、理恵』

『拓哉。私は―――』


――――――お前のことが好きだ。


「えっ・・・」


 突然の言葉に何と返せばいいか分からなかった。頭の中で、彼女の言葉がグルグルと回っている。

 それはある意味待ち望んでいた言葉だったけれど、ただあまりにも唐突だった。だからその時の俺は。


 嬉しさよりも。


 恥ずかしさよりも。


 戸惑いの気持ちが、きっと勝っていた。表情にもそれは出ていた筈だ。


 数秒―――数時間に感じられたその沈黙は、理恵自身によって壊される。


『な、なーんてな!何堅苦しくなってるんだよ』

『あ、ああ』

『まさか、本気にしたのか?今日はエイプリルフールだぞ』

『い、いやそんなことないよ。ウソって知ってたけど、あえて乗ってみただけ』


 ざわめく心を押し隠して、必死に俺は笑顔を取り繕った。目の前の彼女が笑っているのだ。こっちも笑わないわけにはいかない。


『・・・そっか。・・・じゃあな拓哉。今日はありがと』

『あ、ちょっ』


 引き留める間もなく、彼女は迷いない足取りでアパートへと入っていった。

 伸ばしかけた手は、やがて弱々しく垂れる。吹きすさぶ風がやけに冷たく感じる。



 ああ、俺は失恋したんだな。


 

 誰にともなく呟く。

 自惚れではないが、たしかに俺と理恵は仲良しだった。だがそれはあくまで幼馴染としてで、恋愛対象にはなれなかったのだと痛烈に思い知らされる。




 部屋に戻った俺は、それからの数時間を悶々として過ごした。ベッドに寝転がって枕を殴ってみたり、掛け布団を抱きしめてみたり。

 そうして行き場のない感情をもてあましていると、丁度12時頃。携帯に理恵から電話がかかってきた。





「もしもし」

『私だ。・・・夜遅くに悪いな。何だか、少し話がしたくなって』


 その言葉は、嬉しい。でも同時に苦しい。


「いいよ。話そう」

『ん。・・・ありがと』


 何故だろう。彼女の声が、ひびの入ったガラスみたいに、今にも壊れそうな危うさを帯びて聞こえる。彼女は平静を保っているつもりかもしれないけれど、長年一緒にいた俺には分かる。

 だがそれを訊く勇気は無くて。始まった雑談の話題はやがて、これからの大学生活の事へ移っていった。


「そういえば、理恵はどんなサークルに入るつもり?」

『サークル・・・迷ったんだが、文芸部に決めたよ。物語を書くのは好きだしな』

「中学校だっけ。理恵が小説を書くようになったの」


 何気なしに、俺はカーテンを開けて夜空を見る。数時間前は気がつかなかったが、奇しくも今日は満月。月が綺麗な夜だ。


『ああ。1番最初に書いた話――――――――今思うとひどい出来だったけれど、それを拓哉がおもしろいって言ってくれて。それがきっかけだ。結構嬉しかったんだぞ?あの時』

「よく覚えてるよ。たしか、喋る文房具の話だっけ」

『言わないでくれ恥ずかしい・・・・。うん、たしか、その時からだったかな』

「?何のこと」

『・・・言ってもいいか』


 うん、と俺は呟く。受話器の向こうで、理恵が息を吸う音が聞こえた。


『―――――私が、拓哉のことを好きになった時のことだよ』





 その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は固まった。

 今の言葉は、彼女の本心か。それともエイプリルフールのウソか。どちらなのか俺には分からない。

 ただもし後者だったら、たぶん俺はもうしばらく立ち直れない気がする。本心でありますようにと、いるのか分からない神様に向って祈る。


「それは・・・ウソだろ?さすがに分かるよ、理恵」


 情けない返事。

 保険のつもりか。

 それとも、少しでもダメージを軽くするための予防線か。

 声が震えているのが、自分でもはっきり分かる。返事を聞きたい思いと、聞きたくない思いとがせめぎ合っている。


 永遠の時間が―――――きっと本当は数秒にも満たなかっただろうが――――――過ぎた後。返ってきた彼女の声は、今にも消えそうなくらいに小さかった。


『・・・・・馬鹿』


 予想していなかった返しに驚いていると、彼女は少し大きくなった声で続ける。


『時計を見てみろ』


 携帯を見た。そこに映っている時刻は、4月2日、0時3分14秒。


『エイプリルフールは・・・・終わってるんだよ、もう』 


 じゃあ、それなら。今の彼女の言葉は。



 拓哉。


 俺の名前を彼女は呼んだ。それは甘い響きを持って、こちらを魅了してくる。

    

『返事を、聴かせて欲しい』


 そんなの決まってる。


「理恵。俺は―――――」


 区切りが悪いが、ここまで。分かりきった結末なんて、わざわざ語るに値しないだろうから。





 物事が上手くいきすぎな気もするが、こうして。俺と彼女は晴れて恋人同士になった。

 

 後に訊いてみたのだが、『4つのウソをつく』という彼女の言葉、あれはウソだったらしい。数えてみれば、たしかに彼女のついたウソは4つもない。どうやら最初から、俺は彼女の作戦に嵌まっていたようだ。





「ゲームは俺の負けってことか。それで、結局理恵のお願いって何だったの?」


 4月2日、俺の部屋にて。

 幼馴染としてではなく、恋人として。遊びに来た彼女にそんなことを言うと、彼女はいたずらっ子みたいな笑みを浮かべてきた。


「聞きたいか?」

「聞きたい」

「・・・拓哉と私が、死ぬまで一緒にいられるように」


 なんと。

 自然と顔がにやけてしまった。やっぱり、彼女には敵わない。 


「文句あるか?」


 そう言う彼女の顔は真っ赤だ。きっと俺の顔も、似たような感じなのだろう。






 こんなことを言っていると、それこそウソじゃないのかと疑われてしまうかもしれない。

 奇しくも今日は4月1日。だからそう思うのももっともだが、生憎俺は何1つウソをついちゃいない。

 

 そう、これは―――

   




 ―――――嘘のような、本当の話だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 理恵さん 実は、ウソを付くのが上手? ただ・・・ 感情を隠すのが下手!? ただし、彼の前に限り! 作品の始まりから最後まで 良いな♪×2 と想いながら読ませて頂きました(///) […
[気になる点] あー、口の中が砂糖でジャリジャリする(^_^;) [一言] オチがわかっていても、どうやってそこまで引っ張るかが問題で、これを「小説における水戸黄門問題」と言います(*゜▽゜)ノ 最後…
[良い点] もう、じれじれどきどきしました。 可愛くて好きです。
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